見出し画像

【映画日記 l love Cinema 】    パーフェクト デイズ                

🔳監督 ヴィム・ヴェンダース 
🔳主演 役所広司 
★★★★★ 
https://www.perfectdays-movie.jp/

公衆トイレの清掃員の毎日を描くヴェンダースの映画

 (ネタバレあり)
 役所広司が演じるのは東京渋谷の公衆トイレの清掃員平山さん。平山さんは東京の東側、私の家から20分位、スカイツリーのある墨田区押上という街の古いアパートで一人暮らしをしている。50代くらいの男性だ。
 
 昭和な畳の部屋は綺麗に片付き、本棚と音楽カセットを入れる棚。余計なものは何1つない部屋で、平山さんは早朝にせんべい布団から起き上がり、歯を磨いて、髭をそって、ハンガーにかけた青いツナギの清掃ユニフォームに着替える。

 玄関の棚にきちんと並べられた、車のキー、小銭、携帯電話をポケットにしまい、清掃用具を積んだ小型のバンで清掃現場のトイレに向かう。
 平山さんは寡黙に熱心に丁寧に公衆トイレを清掃する。昼には公園のこもれびの当たる同じベンチに座って1人昼食をとり、家に戻って、銭湯に行き、少し読書して眠るとまた朝がやってくる。

 寡黙だが、読む本にも、音楽にも生活スタイルにも実は、 独自のこだわりを持つ平山さん。トイレ清掃員として下町のアパートで質素な一人暮らしをする背景の事情が映画の中で詳しく語られることはないが、何か訳のある人生であることは感じられる。でも何よりの魅力は平山さんが毎日、とても幸せそうに生きていることが伝わってくることだ。

 映画は平山さんのほぼ同じ一日を繰り返し描く。毎日押上から首都高速を取って渋谷区のトイレに通勤するドライブシーンは、ヴィム・ヴェンダースらしいロードムービーのスタイルになっている。
 
 平山さんが生活の中で見せる穏やかだけどさまざまな心情を表現する役所広司の役者としての顔や体の佇まいが素敵だ。
 そして、平凡に見える平山さんの日々の繰り返しの中に挿入される出来事やエピソードを支える俳優陣に、三浦友和や、歌手の石川さゆりや舞踏家の田中泯などそうそうたる顔ぶれが揃っている。どの人もほんの少しの出演なのに、平山さんの毎日にさまざまな彩りを与える。
 実は同じように見えて一つとして同じ日はないのだ。東京の下町にのこる昭和的な猥雑さと静謐さの両方が心の深いところにじわじわと沁みてくる。

清潔に綺麗になっていく東京という街を描くこと

 ところで最初に「トイレ清掃員」の映画だと聞いた時には、主人公が生理用品とか吐瀉物を片付けるとか、ある程度、汚れたところを片付けるシーンがあるだろうし、それは大きなスクリーンで一体どう描かれるのだろう?と下世話な興味もあった。しかし結論からいうと、清掃員平山さんは本当に丁寧に便器の中に手も入れて清掃していたが、それらの公衆トイレは、全てとても綺麗でピカピカなもので、汚いシーンは一切なかった。

 それはこの映画の企画が、もともとユニクロ(株)ファーストリテーリングの取締役である柳井康治氏が、東京オリンピックのおもてなしの一つとして始めた『THE  TOKYO TOILET』という渋谷区の公共トイレのデザイン企画からスタートしたことと関連があるそうだ。
 映画の舞台となった渋谷区の17ヶ所の公共トイレはみなモダンでおしゃれで、有名な建築家やデザイナーの手によるものでアイディアに満ちた素敵な建築物ばかりだった。トイレ情報だけでも、東京の観光案内に載せて見学してみたいくらいだ。(書籍も出版されている)また実際に、それらのトイレは、平山さんと同じ本物のの清掃員の方達の手で毎日ピカピカに清掃されているそうだ。

PERFECT DAYS  パンフレットより

  映画制作は、ユニクロやTOTOが制作費を出すなど協力して、巨匠 ヴィム・ヴェンダースに製作を持ちかけたプロジェクトだという。小津安二郎が大好きで、ロードムービーが得意なヴェンダースが撮った令和版・東京物語。

と言っても別にコマーシャルなところは1つもなく映画は本当に美しい仕上がりとなっている。

 本来であればトイレ清掃員は、もっと汚れたトイレを清掃しなければならない仕事なのだし、そのシーンがないことはちょっと叙情的すぎるという見方もできるけど、平山さんが映像の中でそれをしなかったことに、私はどこかほっとしている。 また最近の東京の変わりようから見て、こういう清潔さがすでに近づく未来の姿なのかもしれないとも思った。

同じだけど違う毎日を丁寧に丁寧に生きていくこと

 映画は16日間で撮影されたという。パンフレットの表紙には、「PERFECT DAY」と単数系で文字が活版印刷のように16行書かれている。それは時々かすれていたり、重なっていたりする。
映画のタイトルは『PERFECT DAYS』と複数だけど、単数系の毎日の文字がほんの少しずつだけ姿を変えながら16個続いていく。これはきっとこの映画に関わったスタッフ全員が、一日一日を本当に楽しみ慈しみ、自分の中の平山さんをみんなが探した16日間の時間を表しているのだろう。そして観客席で映画を見た私も、その一員に入れてもらった。


映画をみたあとの私の3つのおまけ的幸せ
1 ホームレス役をしていた田中泯の舞踏を見た
2 カセットテープの音楽の音を思い出した
3 幸田文の本を読もうと思った












プログラム PERFECDAY




よろしければサポートをお願いします。いただいたサポートは取材、インタビュー、資料の入手などに大切に使わせていただきます