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『わんだふるらいふ! -forever with you-』 周防パトラ二次創作小説 #01

2023年12月30日(土)開催のコミックマーケット103で、バーチャルYouTuberの周防パトラさんをテーマにした二次創作小説のパイロット版を頒布しました。
当日は申し訳ないことにコピー本でしたが、ありがたいことに完売となりましたので、本文のみ公開しようと思います。

※完成版は1話完結型の5章構成の想定で、今回はそのプロローグ〜第1章に当たります

 * * * * * * * * * * * * * * * * 

 ある小さな島国の、小さな街のどこかに、この世ならざる者——悪魔の女王さまたちが営む「夜の喫茶店」と呼ばれる場所がありました。

 五人の女王さまたちは、その美貌と魅力で人間たちを虜にし、束の間の夢と悦楽を与え、その対価として彼らの「愛」を求めました。

 悪魔と人間、一見して一方的な支配・搾取とも思えたその関係性は、不思議と奇妙な均衡を保ち、人間たちもまた、自らの意志で彼女たちに「愛」を捧げることを望むようになっていきました。

 でも、そんな時間もいつまでも続くことはありませんでした。

 あるきっかけのもと、その「店」は失われ、まるで「家族」のように互いを思い合っていた女王たちも、それぞれに新たな道を選ぶことになったのでした。

 ところが、人間たちに対してとりわけ強い愛情を抱いていた女王のひとりは、人間たちとの繋がりが失われてしまうことを拒みました。

 もっとみんなと一緒にいたい、これで終わりになんてしたくない!

 そうして彼女は、他の女王たちの誰とも違う、別の道を選ぶことにしました。

 それから、しばらくの時が経ち、「彼女」は……。

■1st Stage - ReStart! 開店・わんだふるらいふ!

 体重を預けた電車のドア越しに、カタンカタンと一定間隔の音と振動を感じる。都心を走る平日の車内は、帰宅ラッシュのピークを過ぎたこの時間帯でも人で溢れている。
 今日もまた、残業でこんな時間になってしまった。ここしばらく、まともな時間に家に帰りつけた試しがない。
 朝起きて、出社して、働いて帰る頃には日付が変わっている。そんな生活の繰り返しで、休日はほぼ家からどころかベッドからも起き上がれないことも少なくない。食事と睡眠以外で、まともに「自分の時間」なんてものを過ごしたのは、いつのことだっただろう。
 特に理由もなく視線を向けていた外の景色は、都会らしいビルの明かりやネオンでキラキラと輝いている。こんなものに憧れていたこともあったなと、まだ将来に対して少なからず希望を抱けていた頃の自分自身を思い出す。
 不意に、胸のあたりに振動を感じた。
 スーツの胸ポケットからスマートフォンを取り出すと、画面に表示されていたのは『スタミナが全回復しました!』という、端的な文面。インストールしているゲームの行動値が、時間経過で回復したことを告げる通知だった。
 ただ流されるように過ごす日々の中で、唯一趣味と言えるものがこれだった。RPG、シミュレーション、アクションといった定番ジャンルから、端末のGPS機能を利用した位置情報ゲームまで。ゲームといえば、ゲーム機本体とソフト、そして家のテレビが揃わないと遊べなかった昔に比べて、今ではこの手のひらの中ですべてが完結する。便利な時代になったもんだ。
 通知の表示をタップして、ゲームを起動する。メーカーのロゴが表示され、次いでタイトル画面に切り替わる。画面に映し出されたのは、最近リリースされた、ファンタジーRPG。キャラクターデザインやテーマ曲に人気のイラストレーター、アーティストを起用したりとネット上で話題になっていたので、インストールしてみたばかりだった。
 キャラクターの表現や音楽の演出は確かに際立ったところもあった。ただ、実際にプレイしてみると、根本的なシステムは他のスマートフォン向けのゲームと似通ったところも多く、「このゲームならでは」という魅力的な要素があるかといえば、正直いまひとつだった。
 ゲーム内で指定された、今日のデイリーミッションをすべてこなし、アイテムを獲得する。それが終われば、アプリを閉じて、またスマートフォンをポケットに仕舞う。
 手軽さを売りにした、隙間時間で楽しめるのが売りのアプリゲーム。ゲームとしての物足りなさを感じないわけではないが、ある意味、これが多忙な現代人に最適化された形なのかもしれない。
 プレイ可能な状態になるたび、決まったミッションをこなし、時々イベントや追加されたストーリーに触れる。毎日、ほぼ同じルーティンワーク。まるで仕事のようだ。でも、今の自分には、娯楽としての満足度よりも、日々の退屈や憂鬱から、一時的にでも目を逸らせるものがあれば、それでいいのかもしれない。
 ゲーム、か——。
 子どもの頃は、随分と熱中して遊んでいたような気がする。時間だって、今とは比べ物にならないほどあったし、何より、自分自身もゲームに対してもっと積極的だった気がする。
 時代が変われば、文化も流行も変化する。その中で生きている、自分すらも。
 疲れた頭の隅でそんなことを考えながら、先ほどと同じように外の景色に目を向けていると、流れる景色の中に、先ほどプレイしていたゲームの看板を見つけた。他にも、放送中のアニメや他のゲームの広告に、大型家電量販店のビルも。見覚えのある街並み。どうやら、秋葉原が近いらしい。
 思えば、アキバもだいぶご無沙汰だったな。就職のために上京したばかりのころは、仕事帰りや休日になるたびよく通っていたものだけど。今では、目当てのショップの営業終了の時間までに仕事を終えられるほうが珍しく、そんな生活にも慣れてしまっていた。
 ——久しぶりに、寄っていこうかな。
 終電までには、まだ少し余裕もある。どこかで夕飯を済ませてから帰るのも悪くないかもしれない。
 食事くらいなら最寄駅までのルート上でいくらでもできるし、わざわざ途中下車する理由も特になかった。ただ、なんとなく——、代わり映えしない景色を見続けていることに、うんざりしてしまったのかもしれない。

 電車を降り、そのまま電気街口の改札を出る。正面玄関の閉まったラジオ会館前を通り、駅前の大通りへ。近くのビルから流れるメイドカフェのテーマ曲は相変わらず賑やかだ。横断歩道を渡って、飲食店の多いブロックへ向かう。この時間帯でも、ラーメンか牛丼くらいならありつけるだろう。抱いていたそんな期待は、悉く裏切られることになった。
 記憶を頼りに、かつて通っていた飲食店を何軒か回ってみたが、どこも臨時休業や営業時間短縮ばかり。なんとか営業している店を見つけたと思ったら、自分と同じ、仕事帰りと思しき疲れた顔した客で満席。ただ腹を満たせればいいと思って来たのに、わざわざ長時間待たされるのは耐えられそうになかった。
「参ったな……。余計なこと考えずに、真っ直ぐ帰れば良かったかな」
 ため息をつきながら、仕方がないのでもう駅に戻ろうかと雑居ビルの並ぶ路地を歩いていると、視界の隅で、ひとつの立て看板が目に留まった。

 【カフェ&バー with レトロゲーム わんだふるらいふ!】

 薄暗い路地の中にぽつんとたたずむその看板には、店名らしき名前に、ゲーム機のコントローラー、そして何故か犬の絵(わんわん!と鳴き声が吹き出しで添えてある)が描かれている。白地のポスター用紙にマジックで描かれたそれは、まるで学生が学園祭で作る出店のチラシのように思えた。
「なんだろう、この店……?」
 訝しみながらも、「レトロゲーム」の文字に、つい目を惹かれる。今日は不思議と、ゲームのことばかり考えてしまう日だなと、胸ポケットの中のスマートフォンを意識する。
 どんな店かわからないが、仮にもカフェというなら、何か夕飯がわりの軽食にでもありつけるかもしれない。そんな僅かな希望を抱いて、目の前のビルへ足を踏み入れた。

 エントランス(というほど立派なものではないが)に入ると、すぐ目の前に急な階段があった。手すりを掴みながら薄暗い階段を登っていくと、頭上からかすかに、懐かしいチープな電子音が聞こえてくる。
 三階分は登っただろうか。普段デスクワークで運動不足な身体に鞭を打ち、若干息切れを感じて来た頃、ようやく踊り場と、そのドアに行きついた。
 ピンクを基調としたLEDのライン照明でカラフルに彩られたガラス戸は、昔よく通っていた地元のゲームセンターを思い出させた。ちょうどドアの目線の位置にかけられた、「OPEN!」の看板。どうやら、まだ営業しているようだ。
 何気なく立ち寄った秋葉原で、偶然見つけた変わった看板につられて辿り着いた、不思議な店のドア。
「なんだか、RPGの導入みたいだな」
 無意識のうちに、自分の気持ちが高揚しているのに気付く。この中で待っているのは、今日の夕飯か、それとも知らない世界への冒険か。
 不意に、心の中に選択肢が浮かぶ。
「ドアを開ける」と、もうひとつは「家に帰る」。
 迷わず「ドアを開ける」を選び、目の前のドアを押し開けた。

 店内へ一歩入ると、賑やかな電子音に全身を包まれた。16bit時代の音楽をイメージしたBGM、チップチューンというやつだろうか。
 目の前には、受付らしいカウンターがある。奥を覗いてみても人影は見当たらないが、よく見るとカウンターの上に「呼んでね❤︎」とポップのついた、ファミレスによくあるような呼び出しボタンが置かれていた。とりあえず押してみると、頭上から突然「ワン!」と犬の鳴き声が響いた。不意を突かれて驚いたが、どうやらそれが呼び鈴代わりのブザーだったらしい。でも、何で犬?
 こちらの鳴き声(?)が届いたのか、はーい!と応える声がして、奥からパタパタと足音が聞こえてくる。
「あ! もしかしてお客さん!?」
 カウンター越しにこちらを認めると、その子は顔一面に笑みを浮かべて駆け寄って来た。
「こんばんわんわん! ようこそ『わんだふるらいふ!』へ!」
 出迎えてくれたのは、ピンクのエプロン姿の、淡いグレーとシルバーの中間くらいの艶やかな髪をした女の子だった。
 歳は二十歳前後だろうか。左右でお団子にまとめたショートヘアに、小悪魔風なイメージなのか、赤黒い小さなツノのような髪飾りで留めている。この秋葉原で、ゲームやアニメの世界からそのまま出てきたと思ってしまうくらいに、まさに「美少女」と呼ぶのが相応しいような、かわいい女の子がそこにいた。
「こ、こんばん……? えっと、初めてなんだけど、ここって一応カフェ、なのかな?」
 下に書いてたのを見たんだけど……、と言いかけると、
「あ、看板見てくれたんだ! まだ始めたばかりのお店だから、来てくれて嬉しい!」
 こんな時間に訪れた客にも関わらず、彼女はニコニコと嬉しそうに答えた。
「あの看板、へたっぴな絵でごめんねぇ。デザインが得意なお友達にお願いしようと思ってたんだけど、まだいろいろ追いついてなくって」
 えへへ、と照れ臭そうに笑いながら、店員さん(?)は言う。
「それじゃあ、簡単にお店の説明しちゃうね」
 そう言うと、彼女は店のシステムについて教えてくれた。
 この店、『わんだふるらいふ!』は、下の看板にあった通り、ゲームを楽しめるカフェバーらしい。
 料金は時間制で、滞在中は店内にあるゲームはどれでも自由に遊べること。追加料金で、簡単な食事やドリンクも頼めること。「まだあまりメニューはないけど、どれも愛情たっぷりで美味しいよ!」と、飲食メニューを開きながら話してくれた。フードのページには、変わった名前のメニューばかり並んでいる。何故かポトフと表記されたカレーの写真に空腹の胃を刺激され、つい腹が鳴りそうだった。「かにプ」とだけ書かれたデザートが気になったが、何となく今は忘れた方がいいような気がして、一旦メニューから目を逸らす。
 あらためて店内を見渡すと、カウンター席とテーブルのあるボックス席、そのそれぞれに、大小のモニターが設置されている。ゲームをする時は、あれを使うんだろう。
「レトロゲームカフェってことは、古いハードもあるのかな?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれました……! ゲームはソフトも本体も、パトが専門店とかネットで集めた、おすすめや名作揃いだから、お兄さんが昔遊んだことある機種もあると思うよ! あ、もちろんレトロゲーだけじゃなく、最新機種もあるからね」
 好きなのそっちで選んでね、と彼女が指さした方を見ると、店の入り口脇に、いくつものゲーム機、そしてソフトが並んだ背の高い棚が鎮座している。ファミコン、メガドライブ、初代プレステといった、最近のレトロゲームとして親しまれる定番機種から、最新のXboxやSwitchまで、幅広く取り揃えられていた。
「すごいなぁ、どれも本当に懐かしいのばかりだ」
 天井まで届く棚を埋め尽くすほどのコレクションに、つい見惚れてしまう。まるで、子どもの頃に何度も通った、おもちゃ屋のショーケースを見ているようだった。
「あ、これ……」
 ファミコンと並んで置かれていたカセットの中から、見覚えのある、懐かしいラベルを見つけた。
「ん、どれどれ? おぉ、『ジョイメカ』! 名作だねー!」
 いつの間にか隣に来ていた店員さんが、ひょいと横から覗き込んでくる。
 青色のカセットに、プラモデルのランナーのようなタイトルロゴと並んで、ピンクの丸いキャラクターが描かれている。頭、胴体、両手、両足、それぞれの部位が分かれたロボットを操り、コマンドで必殺技を駆使して戦う、いわゆる格ゲーだ。
「懐かしいなぁ。もうずっと昔だけど、兄弟や友達とよく遊んでたんだ。これ」
 ラベルを見ているだけで、当時の記憶が蘇ってくるようだった。まさか、こうしてまた手にすることになるとは思いもしなかった。
「ねえねえ、お兄さん。もしよかったらだけど……」
 そう言いながら、店員さんが何か言いたげな表情で、上目遣いでこちらを伺っている。
「もうそろそろお店閉めるとこだったし、他にお客さんもいないから……、よかったらそれ、パトと対戦しない?」
 何を言い出すのかと思ったら、突然闘いを申し込まれた。
 カフェ店員が 勝負を 挑んできた!
「え、対戦? いいの? 俺はいいけど、仕事の邪魔にならないかな」 
「そんなことないよ! もともと、自分がわんちゃんたち……じゃなくて、お客さんたちと一緒に遊べたらいいなって思って、このお店を始めたんだから。一緒に遊べるならパトも嬉しい! あっ、でも、もちろんお兄さんが一人でじっくりプレイしたいなら、全然大丈夫だよ!」
 一応こちらに気を遣いながらも、一緒に遊びたくてうずうずしている様子が言外にも伝わってくる。こんな店で働いているくらいだし、余程ゲームが好きなんだろう。
「そっか。それじゃあ……、うん、せっかくだし、お願いしようかな」
「本当!? やったー! それじゃ、すぐ準備するから、ちょっと待っててね!」
 やるぞー!と声を上げながら、テキパキとテーブル席の大きめのモニターに、ゲーム機を繋ぎはじめる。
 考えてみたら、誰かと一緒に画面に向かってゲームをするなんて、何年ぶりだろう。鼻歌まじりに準備をしている彼女の楽しげな様子を見ながら、ふと思う。
「お待たせしました~! さあさあお客さん、どうぞそちらのお席へ」
 妙に芝居がかった口調で、テーブル席の対面を指し示す。
「あ、これはどうも」
 つい彼女のノリに合わせて、対面に腰を下ろす。
 目の前には、懐かしいゲームと、不思議な美少女。本当に、これは現実なんだろうか。
「それじゃ、始めるよ~」
 彼女が本体の電源を入れると、画面にかつて何度も目にしたタイトル画面が表れる。
「うわっ、懐かしいなぁ」
 あまりの懐かしさに、思わず声を漏らしてしまった。そんな自分を嬉しそうに横目で見ながら、「どーぞ!」とコントローラーを手渡してくれる。
「ありがとう。でも、対戦なんて久しぶりで、なんだか緊張してきたな」
「大丈夫大丈夫。勝っても負けても、一緒に遊べばきっと楽しくなるから! あ、でも、たとえ相手がお客さんでも、遊ぶときは全力で行くからね!」
 負けないよ~!とフンフン言いながらコントローラーを握る彼女につられるように、こちらもなんだかワクワクしてきた。
「こっちだって、昔は相当やり込んだからね。接待抜きでもそうそう負けないよ」
 顔を見合わせ、お互いにニヤリと笑う。
 キャラクター選択画面に進んで、当時愛用していたキャラを探してみる。だが、流石に記憶が薄れているのか、どうにもピンとくるキャラがいない。とりあえず、どことなく見覚えのある赤い炎のような見た目のキャラを選び、決定ボタンを押す。
「お、お兄さんもう決めた? よーし、それじゃパトはこの子ね!」
 キミに決めたー!と、彼女が選んだのは、カセットのラベルにも描かれている、丸みを帯びたピンクのキャラだった。
「あ、それ主人公キャラだっけ?」
「そうそう! この子、かにかまみたいでかわいいよね!」
「? かにかま……?」
 かにかま、ってあのスーパーで売ってるアレのこと……?
 いまいち噛み合っていないような会話を交わしながら、互いにキャラを選択し、いよいよ対戦が始まった——。

「か、勝てない……」
 画面には、ライフゲージが無くなり、こちらのキャラが倒されるところが映し出されていた。
 これでもう何セット目か覚えていないが、初めのうちは、もう何年ぶりのリハビリ戦だし、負けても気にしないつもりだった。でも、対戦を重ねるごとに次第に勘を取り戻してきたのを自覚しながらも、毎回あと少しの所で敗北してしまう。そうしたうちに、段々と悔しくなってきた。昔あれだけやり込んだのに、自分の方がずっと昔からやり込んでいたはずなのに!と。
「あ、そろそろ時間も遅くなって来たし、次で最後にする?」
 店員さんの言葉に、自分のスマートフォンの画面を見ると、そろそろ終電も近づいてくる時間だった。いつの間にか、随分と熱中していたらしい。
「ちょっと惜しい気もするけど……。それじゃあ、最後はお互いにキャラはランダムにしようか」
 キャラクター選択画面であるコマンドを入力すると、互いのプレイヤーキャラがランダムで選択される。お互いの技量と、そして運で勝負が決まる。最後は勝っても負けても悔いのないようにしよう。
「りょーかい! それじゃ、いっくよー」
 店員さんがコマンドを入れると、自動的に選択されたお互いのキャラが表示される。
「あ、これって……」
 選ばれた彼女のキャラは、ストーリーモードでラスボスとして登場する、ゲーム中最強と呼ばれていたキャラだった。よく言えばラスボス補正、悪く言えばバランス崩壊と言える能力値。まさか最後でこれを引かせるなんて、ゲームの神様も今日はこちらに勝たせてくれる気はないらしい。
「お兄さん、ごめんね……。でもパトは、お兄さんを倒すね」
 どこか切なそうな表情と声で、可哀想だが容赦はしないと、そう告げられる。
 これは流石に負けたかな……と、こちらの選ばれたキャラを目を向けると、
「あ」
 思わず、画面に目が釘付けになる。そこに表示されていたのは、今日最初に選んだキャラに似た、青い炎を象ったようなキャラだった。
 そうだ、どうして忘れていたんだろう。「隠しキャラ」だ。
 このゲームは、条件をクリアすると、ストーリーモードで登場した敵キャラを、対戦で使用することができる。その条件のうちのひとつが「コマンド入力でランダム選択すること」だ。最初に見た画面で、記憶の中の使い慣れたキャラが見つからなかったのは、この店のカセットのデータでは、おそらく隠しキャラが選択できない状態だったから。
 ドットで描かれた、静かに燃える青い炎のようなデザイン。画面に映るそのキャラクターを見ていると、当時の記憶が洪水のように、とめどなく溢れ出してくる。
 もしかしたら、これなら……。思わずコントローラーを握る手に力が入る。
 そうして、最終セットが始まった。
 店員さんは宣言した通り、キャラの性能を存分に使ってこちらを攻め続けてくる。こちらができることは、ライフゲージを守りながら、ただ冷静に、慎重にタイミングを見計らうだけ。
「おりゃおりゃおりゃ~~!!」
 対面に座る彼女がパワープレイで押し続ける。
 何度も対戦してわかったが、ここまでの連敗は、自分の腕が鈍っているだけじゃない。純粋に、この子はゲームが上手いんだ。相手との距離の取り方、攻防のタイミング、そのどれもが、対戦を重ねるごとにどんどん上手くなっていくのを感じていた。
 それでも……。まだ、まだ大丈夫。このキャラは、この攻撃パターンだけは、何度も見た。
 止むことのない攻撃を、ただひたすら耐え続けた。そして、ようやくその時が来た。
 一瞬、彼女がこちらに向けて放った技の硬直で、僅かにできた隙。タイミングとコマンドは、指先が覚えていた。
「えっ! 嘘でしょ?!」
 ほんの僅かな、相手が動けない間に距離を詰め、攻撃に転じる。ダウンを取り、相手の起き上がりから繋げられる、このキャラ独自のコンボ。抜けられないように、冷静に、だが必死にコマンドを入力し続ける。そして——。
「あーー! 負けたぁ~~!!」
「やっと、勝てた……」
 今日初めて見た、自分の勝利画面。最後の最後で、ようやく勝ち星を残すことができた。
「くやしぃ~~! でも! お兄さん、最後のコンボすごかったね!」
「すごいのは君の方だよ。もう何十戦したかわからないし、結局勝てたのは最後の一回だけ。ゲーム、上手いんだね」
 負けちゃったねぇ~と笑う彼女は、ただ純粋に、この時間を楽しんでいるようだった。
「そのキャラ、昔友達がよく使っててさ。キャラの性能が高過ぎて最初は全然勝てなかったんだけど、絶対に別のキャラで勝ってやりたいと思って。それで、あの最後のキャラで鍛えて負かしてやったんだ。何度も負けて、何度も何度も練習してさ」
 もう20年以上も昔の記憶。とうにセピアに色褪せた思い出の中で、懐かしい友人に会えたような気分だった。
「あ、やばい。そろそろ終電だ」
 はっとして再び時間を確かめると、もう急がないと帰る電車がなくなる寸前だった。
「大変! 急いで準備するね!」
 会計を頼み、大急ぎで支払いを済ませ、帰る支度をする。
「気をつけて帰ってね? 今日は一緒に遊んでくれて、ありがとね!」
 店を出る寸前、店員さんがそう言って見送ってくれた。
「あの……、こっちこそ、本当にありがとう! ずっと忘れてた気がするんだ。ゲームって、誰かと同じ時間を共有するのって、こんなに嬉しくて、楽しかったんだって」
「ほんと? パトラもゲームが好きだから、一緒にみんなと遊ぶ時間が大好きだから、そう言ってくれるの、すっごく嬉しい!」
 時間に余裕があるわけではない。でも、どうしても、今感じたことを、感謝の思いを、言葉で伝えておきたかった。
 不意に、電車の中でプレイしていた、あのアプリゲームを思い出す。今のゲームが悪いわけじゃあない。日々の忙しさの中で、純粋に何かを楽しもうとする気持ちを忘れていたのは、きっと自分の方だ。
「うん、だから……、今日は本当にありがとう。店員さん」
「パトラ! パトラって呼んでね! あ、パトちゃんでもいいよ!」
 あっ、ごめん隠れちゃってた!と、エプロンの陰で隠れていたネームプレートを、よく見えるように見せてくれる。そこには「店長❤︎周防パトラちゃん」と書かれていた。
「えっ! 君、店長だったの……!?」
 二十歳そこそこの外見から、てっきりアルバイトのスタッフさんか何かとばかり思い込んでいた。
 ふと、彼女のエプロンのポケットから、ピンクのぬいぐるみのようなものがこちらを覗いているのに気づいた。頭の上に大きなハート型の飾りのようなものが付いた、マスコットキャラのようなデザイン。最近はキャラクターの小さな人形が、よく「ぬい」とか「パペット」の名称で販売されているのを見かける。この子も、そうしたゲームかアニメのキャラクターだろうか?
「あぁ、えっと……、パトラ、ちゃん?」
 あらためてそう名前を呼ぶと、満足そうに彼女は満面の笑みを浮かべた。
「うん! 今日は来てくれてありがとう。またいつでも遊びにきてね!」

 夜の秋葉原の歩道を、駅へと急ぐ。この時間帯は、どの店もとうに照明を落としている。
「あ、そういえば」
 ゲームに熱中し過ぎて、食事を摂るのをすっかり忘れていた。そもそもそのために秋葉原で降りたというのに、思わず苦笑してしまった。
 でも、不思議と満足している自分がいた。ただ、楽しかったという思いだけで、胸が満たされている。
 帰ったら、久しぶりに地元の友達にでも連絡してみよう。今は昔のゲームも、移植されてオンラインで遊べるようだ。

 離れていても、楽しさは共有できる。
 今も消えない胸の高鳴りを抱いたまま、帰路についた。

                          1st Stage, Clear!!

 * * * * * * * * * * * * * * * * 

 今年春に実施された上野パセラでのコラボカフェ内企画で、少しだけご本人とお話しさせていただいた際に交わした約束への、個人的なアンサーとして書き始めたものです。

 次回(第2章)以降は、パトラ店長視点でのお話しになります。こんな内容でももしご興味ある方は、完成版頒布の際にはお手に取っていただけたら幸いです。

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