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螺鈿細工に魅せられ一生の仕事に出会う

IWATE PRIDEとは
岩手で活躍する”人”にスポットを当て、魅力を伝えるコンテンツです。さまざまな角度から、大切な”人の想い”を伝えていきます。


お話しを伺った方

塗師 伊藤博子さん(2023年取材)


まるで宇宙のように輝く酒器

一関市出身の伊藤さんは、現在、塗師として活動している。器やスプーンなどを製作する一方で、自らの感性を発揮した螺鈿細工も手掛ける。

彼女の作品を知る人からは「まるで宇宙みたい」という声が多く上がるそうで、実物を見ると「確かに」と納得してしまう。

伊藤さんが手掛けた酒器。ずっと眺めていたくなるほど不思議な輝きを放つ

漆黒の酒器の底に輝く、銀河のような貝の連なり。

伊藤さんは「螺鈿は水を入れるとより輝くので、酒器を作ろうと思いました」と言って微笑む。

そのふんわりとした雰囲気からは想像できないほど、彼女の中には螺鈿や漆への情熱が燃え盛っていた。

尽きることのない漆への思い

伊藤さんが漆に興味を持ったのは、あるとき購入した漆塗りのお椀がきっかけだった。初めて漆器に触れ、手の平から伝わる不思議な温もりに感動したという。

「触れた瞬間、温かくて柔らかい感じがして、サラサラしているのにしっとりする。今まで感じたことのない感触に感動して、漆に興味を持つようになりました」

伊藤さんが作るお椀もまた、美しい輝きを見せる

そんな伊藤さんの興味は、漆器を使うだけでなく漆を塗る方向へもシフトしていく。

いろいろと調べるうちに、八幡平市の安代漆工技術研究センターで漆を塗る職人「塗師」を育成していることを知るが、当時は子育ての真っ最中。
研修期間は2年間で、平日は毎日講習がある。小さな子どもを育てながらでは、とても通うことができなかった。

しかし、ここで諦めないのが伊藤博子という人なのだ。

「それから10年くらい気持ちを熟成させました」と語る彼女は、子どもたちが成長して自分も働くようになると、再び漆への思いが湧き上がってきたという。

“今ならできるかもしれない”

そう感じた彼女の心の中は、「これからは自分がやりたいことをしよう。しかも、一生できる仕事を」という思いであふれていた。

「細かい作業で肩がこるんです」と言いながらも、どこか楽しそうな伊藤さん

自分が「これだ」と思う道を選ぶ

実は当時、伊藤さんは勤めていた会社から「正社員にならないか」と打診されていた。
しかし彼女は、安代漆工技術研究センターに通う道を選択。周りの人たちは一様に「なんで?」という反応を見せた。

一般的に考えれば、正社員として働く方が安定した人生を歩めるように思える。しかしその選択は、伊藤さんにとっての“正解”ではなかったのだろう。

念願を叶えて漆の世界に飛び込んだ伊藤さんは、朝7時前に家を出て八幡平市へ通う日々を送り始める。

「最初はセンターの近くに引っ越そうかと考えましたが、子どもたちが友達と離れることを考えると踏み切れなくて…。冬の雪道は少し大変でしたが、家族の協力もあって通い続けることができました」

学びの中で出会い、魅了された螺鈿細工

安代漆工技術研究センターに通い始めると、多くの人が漆によるかぶれを経験する。伊藤さんも例外ではなく、講師が驚くほど顔がパンパンに腫れてしまったこともあるという。

「すごく腫れたのは最初の2週間くらいです。センターで過ごした2年間はずっと漆にかぶれていて、本当に耐性がつくのかと思っていました。今は直接触れない限りかぶれないですし、腫れることもなくなりました」

店頭に並ぶ漆器は、漆が完全に乾いているためかぶれることはない。しかし生の漆に触れる塗師は、ほとんどの人がかぶれに苦しむ。

「漆のかぶれに対する特効薬はないので、耐性がつくまで待つしかないんですよね」と言って、伊藤さんはあっけらかんと笑った。

酒器の側面に地粉(じのこ)や炭粉をまき、凹凸をつけた所に漆を塗る。さらに上から錫粉(すずふん)をまき、漆で固めて金属のような風合いに仕上げている

安代漆工技術研究センターでは、漆の知識を深めながら塗りの技術を習得していく。伊藤さんはさまざまな学びを通して、螺鈿細工に興味を持つようになった。

螺鈿細工は古くから日本に伝わる伝統技法で、アワビなどの貝を使って模様を描く。漆を塗り重ねた上に貝を貼り、再び漆を塗ってから研ぎ出すことで、貝の輝きを浮かび上がらせていくのだ。

「日々の研修で螺鈿をやる時間はありませんでしたが、卒業制作ではどうしてもやりたくて。先生に『欲張りだな』って言われながら必死で技術を習得しました。決して良いとは言えない出来でしたが、そのときの学びが今の作品に生きています」

これからも、螺鈿の輝きとともに歩み続ける

そんな伊藤さんが手掛ける螺鈿細工は、どこまでも緻密で美しい輝きを放つ。

「形を美しくしたいから」と、使用する貝は手作業でカット。小さな酒器でも、貝を貼るだけで20時間以上を費やすという。

小さな貝を一つずつ丁寧にカットして貼り付けていく

「貝を研ぎ出す瞬間が一番緊張するけれど、そのときの輝きがすごくキレイなんです」

楽しそうに語る姿から、彼女が螺鈿細工を愛してやまないことが伝わってくる。

「これからも螺鈿細工を施した作品を作っていきたいです」と言う伊藤さん。今は小箱やボンボニエールなど、蓋付きの小さな箱物を構想中だ。

かつて、漆器に触れて感動していた伊藤さんは、今、自らの作品で人の心を動かしている。

「自分がやりたいことをしよう。しかも、一生できる仕事を」

その決意通り、伊藤さんは一生をともに歩む仕事に出会えたのだろう。

そしてそれは、彼女の人生に螺鈿細工のような輝きを与え続けていく。


◆伊藤さんの漆器が購入できるお店
漆屋/岩手県盛岡市緑が丘4-1-50アネックスカワトク2F


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