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はちみつ/-sweet teenager 4-

 ちいさな、口笛のような、ラインの通知音を待ってる。

 毎日毎日待っちゃう。学校で会うのに待っちゃう。たいした話もしないのに待っちゃう。5分くらいしか話さないのに待っちゃう。さっき別れたばかりなのに待っちゃう。

 なんにもない町なの。デートするところもないの。あたしたちは毎日学校に行って、顔を合わせて教室で過ごし、そして一緒に帰るの。彼は自転車を押してあたしはその左側を歩いて、時々彼はサドルにまたがってあたしはスタンドの付け根に足をかけて彼の肩につかまって、時間が過ぎるのも惜しげにゆっくりゆっくり道を辿るけど、とうとうふたりの道の分岐点が来てあたしたちは、あたしの家に至る坂の下で別れる。彼が言う「じゃあ、夜ラインする」あたしが言う「分かった、また後でね」、そしてあたしは待っちゃう、毎晩毎晩。

 トモコは笑う「あんたらまだ付き合って3か月だからでしょー?新鮮だもんね、もうあたしたちなんて、ライン来ても次の日学校で会うまで放置する」。でもね、多分そういうことじゃないの。多分あたし、6か月経っても1年経っても、通知音を待つと思うの。

 お風呂から上がり髪の毛を乾かして、パジャマ姿でベッドに転がる。スマホで軽く動画を眺めながら、でも、動画で流れていくのはどこか遠い知らない世界の話。ネコのプー太郎がいつの間にか部屋に入ってきてあたしの上に乗る、重い。プー太郎のあごをまさぐる。プー太郎が喉を鳴らす。ひげがこそばゆい。ちょっと体重おもすぎ、ダイエット必要。

 彼もネコ飼ってるの、でもプー太郎よりずっとワイルドで、いっつも外でネズミ捕ってくるから、彼のうちでは困ってんの。そう、あたしたちがしてるのは、ずっとこんな話。どうでもよくて、とりとめもなくて、でも笑っちゃって、体が軽くなるような、そんな話。

 動画を止めて、ラインの過去の会話をたどってみる。

『じいちゃんが』「うん」『やつのひげ切るって』「え」「なんですと」『ひげさ』「うん」『ネコのひげ切ると、ネズミとれなくなるから』「聞いたことある」『じいちゃんが言ってた』「ひげ?」『そう』『やつ、ネズミとりすぎだって』「何匹くらいとるの」『1日3匹』「やばい」『やばい』

 あたしはこんな会話をしてると、彼が好きでたまらなくなるの。いろんなことが取るに足らないことのように思えてくるの。なんだかとても、こんな田舎にいてもどうでもいいなって思えてくるの。だからあたしは毎日毎日、ラインの通知音がちいさく鳴るのを待つの。

 突然トーク画面上に写真が現れて、不意を突かれておどろく。床に転がったネズミの写真。『びっくりした』そんな言葉が続くから「なにが」と返すと、『すぐに既読』。ああ。あたしはおかしくなって、「予知能力あるから」と返すと、『やっぱり』。あたしは思わず笑ってしまう。

『それよりネズミ』「うん」『やばい』『やつ、オレの部屋に持ってくるようになった』「じいちゃんじゃなく?」『多分、ひげ切られそうなの察知してる』

 高校を卒業しても、多分あたしはこの田舎町にいる。だけど彼とこんな話をしているこんな時は、まるで全身はちみつの中にいるような、黄金色で、ねっとりとした、甘いしあわせの中に浸かるの。

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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、青山 裕企 さんの写真を使わせていただきました。ありがとうございマス!

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