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夕日・イン・ラヴ /-sweet teenager 2-

 夕暮れ、空が茜色に染まる頃、あたしの胸は高鳴る。部屋で遊んでいたウェルシュ・コーギーのペスを引っ張り出して(ペスごめん!)、
「おかあさーん、ペスの散歩行ってくるね!」
なんて言って、ペスのダイエット散歩にかこつけて外に出る。
 いや、コーギーが太りやすい体質なのはほんとだし、食事と運動の管理が必要なのもほんとだけど、だけど、目的は、それだけじゃない訳で訳で訳で。

 夕暮れの河川敷をペスと歩く。向こうからあの人が、いつものようにいつもの犬を連れて歩いてくる。一歩、ほら一歩、段々とあたしたちに近づいてくる。

 最初は去年の冬、紺のダッフルコートだった。あれ、同じコート、と思って、次の日も、その次の日も、あたしたちは同じ紺のダッフルコートで、それが妙に気になりだして。

 コートが気になりだすと、何もかもが気になりだす。
 背はあまり高くない。ひゃくろくじゅう……ごセンチくらい?だけどはおっているダッフルは背に比べて大きくて、重いフェルト地に逆に着られているみたい。髪の毛は、ヘアサロン、っていうより床屋、っていう感じがしっくりくるようなカットで、そこがむしろチャラくなくていい。女の子みたいにきれいな顔立ちだけど、いつもむすっとしたような仏頂面。不機嫌?

 連れている犬がまた、とんでもなく情けない顔をした雑種そのまんまの犬で、でも、欠かさず毎日散歩してるってことは、彼はそのとんでもなく情けない顔をした犬を、すんごく愛してるんだろうと思う(まさかあたしに会いたくて、なんて、ひゃー)。あたしはコーギー、なんて、親が一時のブームに乗って飼った感ありありの(しかも、コーギーのブームって、おとうさんおかあさんが若かった頃の話じゃないの?)犬を連れているのが恥ずかしくなる(あーペスごめん!ペスのことも愛してる!)。

 大きい手足。なんだかアンバランスでかわいい。犬や猫って、子どもの頃手足が大きいと体も大きくなるっていうけど、人間もそうなのかな。まだまだ背が伸びるのかな。

 幾つだろう、同じくらいだと思うんだけど、うちの近所にいたかな。もっともうちの中学校ここいらで一番生徒数多い学校だから、同じ学年でも知らない人が大半。みっちゃんあたりに訊いてみてもいいけど(人脈ハンパないから)、でもそれはその人脈のすみずみまで話が広まるのと大差ないことだから、リスクとしてはでかすぎる。

 本人に声をかけてみようか、あたしのこと、覚えてる?いつも会うでしょ、覚えてる?ああ、そうこうする間に彼はどんどん近づいてくる。どうしようどうしようどうしよう。夕日が燃えるーー。

「あの!」

 すれ違いそうになって立ち止まった彼が振り向いた瞬間、枯草の匂いがした。

「あの、あのね!」
 あたしはまるで、言いがかりをつけてるみたいな顔つきなんじゃないか。彼がものすごく怪訝そうな顔であたしを見る。
「あの、その犬、すんごく愛してるのね!」
 彼はますます変な顔になった。ああ、最悪!そうだよね、なんだよ、初めて口利くのに、口を出たのがアイシテルノネ、なんて。
「えっと、だってさ、だって、毎日散歩してんじゃん」

 彼は、変なこと言うやつ、みたいに目を細めて、でも鼻と口元を可笑しそうにむずむずっとさせて、
「お前もじゃん」
と言った。
 あ、嘘、あたしのこと、ちゃんと覚えてんのね。あたしはちょっとほっとして、そして今さらながら急におかしくなって、
「あ、うん、そう、そうだよね」
と言った。
 彼はちょっと口を尖らせた後、口元を崩すように笑って、
「それに、俺が拾ってきて飼い始めた犬なんだから、俺が世話すんの、当たり前じゃん」
と言った。それからとてもやさしそうな目で足元に控える犬を見て、犬は(ナニ?)っていうような顔で、彼を見上げた。

「やっぱ、愛してんのね」
 思わずまたそう言うと、彼は今度はちょっと照れくさそうな顔をして、また、
「お前もじゃん」
と言った。あっ、うん、そうね、あたしもペス、愛してるよ!

「また、会えるかな?」
と訊くと、彼はまるで、夕日が眩しくてくしゃみしそう、みたいな顔になり、
「お前がその犬と散歩に来んなら、会うよ」
と言って、あたしの顔を見てちょっと首を傾げた後、
「ゴロー、行くぞ」
と走り出した。遠ざかる、彼と犬(ゴロー。名前分かった。あ、彼の名前聞いてない!)の背中。

 あたしはしばらくその後ろ姿を見送り、河川敷の向こう端に彼の姿が消えていく頃、急にお腹の底からむずむずするものがこみ上げてきた。

 あたしはダッシュで走り出す。ペスが足をもつれさせそうになる(足、短いから)。
 走れ、あたし!あたしのラヴのおもむく限り。
 日は昇ってまた沈み、赤い夕日があたしたちを包む。今日も明日も明後日も、あたしのラヴは続くのだ。彼とあたしがゴローとペスと、ここで散歩をする限り。(彼の名前は、また今度な!)

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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、重涅 扇さんの写真を使わせていただきました。ありがとうございマス!


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