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ピンヒールじゃなくちゃだめなの/-sweet teenager 5-

 意気揚々と出掛けた筈なのに、あたしはもうべそをかきかけている。道路の縁石の上、座り込んで。ヒロキが苦い顔で縁石を緩慢なリズムで蹴っている。知らない、ヒロキには分からない、今日、あたしが、ピンヒールを履かなきゃいけなかったことなんて。

 白い洗い晒しのTシャツとボーイフレンドデニム。だから足元は、ピンヒールのパンプスじゃなきゃいけなかった。男の子みたいだから、色気ないから、スニーカーでもなく、ぺたんこ靴でもなく、女らしさをぎゅっと凝縮させた、ピンヒールのパンプスじゃなきゃいけなかった。知らない、ヒロキには分からない、今日、あたしが、ピンヒールのパンプスじゃなきゃいけなかったことなんて。

 月に1回のデート、着るものにあたしがどんなに頭を悩ませるかなんて、知らない、ヒロキは全然分かってない。あたしそんなに洋服たくさん持ってないのに、だけど制服脱いだらそういう恰好はしたくないのに、だからいつも前の晩は、着ては脱ぎ、脱いでは着替え、鏡の前に服の堆積が出来上がる頃にやっと何を着ていくかが決まるのに、知らない、ヒロキには分からない、今日、あたしが、ピンヒールのパンプスを合わせなきゃいけなかったことなんて。

 分かってる、あたしには分かってる、ピンヒールは歩くには不向きな靴だって。ヒロキとのデートはずんずん歩くデートだって。ここいらでデートするには歩くしかないんだって。だけど、だけど、もっと強く分かってた。今日はピンヒールを履かなきゃいけないんだって。だって、だって、今日はデートなんだからって。

 でも、ものの30分も歩くと、足は悲鳴を上げてしまう。今日のパンプスは素足に履かなきゃだめなの。だから、かかとも、アッパーも、足に食い込んで擦れて、水ぶくれができてしまう。

「ちょっと休憩して」
 あたしが10分おきくらいに立ち止まるものだから、とうとうヒロキがキレてしまう。
「なんでそんなクツ、履いてくんだよ」
 なんでって……!あたしの口が開く。唇が微かに動く。だけど、あたしの気持ちは喉で堰き止められる。だって、だって、分かるじゃん、今日はデートなんだもの!

 そうしてあたしは、縁石に座り込んでしまう。べそをかきかけてしまう。ヒロキは苦い顔で縁石を蹴る。滅茶苦茶、台無しな今日のデート。

 と、ヒロキが手を伸ばした。泣きそうな目で見上げると、仏頂面であたしの手を取って引っ張る。
「ババアの店行こうぜ。あそこ、絆創膏もベンチもあるからよ。マメできてんだろ」
「……どうして分かったの。マメできてるって」
「前にもあったじゃん、こういうこと。どうせ、今日はこのクツじゃなきゃいやだ、とか思ったんだろ」

 あたしの心は急速に解ける。胸の中があったかくなる。そしてなんだか、余計に泣きたくなる。

「そうだよ。今日はこのパンプスじゃなきゃだめだったの。分かんないでしょ、そういう気持ち」
「分かるかよ。俺はそんな凶器みたいなクツ、履かねえよ」

 やっぱり、知らない、ヒロキには分からない、あたしが、デートには洒落のめさなきゃいけないってこと、女の子みたいに、都会の女の子みたいに、ピンヒールを履かなきゃならないってことなんか。

 あたしはヒロキの手を握って立ち上がる。ヒロキの力強い腕がぐいっとあたしを引き上げる。

「ゆっくり歩いてね」
「分かってるよ」
「なんでデートなのにババアの店なんだよう」
「仕方ねえだろ、そこしかないんだから」
「なんかおごって」
「ババアがコーラ飲ましてくれんじゃねえか」
「ババアのおごりかよ」

 時は再び流れ出す。ピンヒールの足で、ババアの店へ、多分ババアがコーラをおごってくれて、あたしのピンヒールに小言を言って、ヒロキが絆創膏を貼ってくれて、そして、再び、さあ、いつものデートの始まり。

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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、青山 裕企 さんの写真を使わせていただきました。ありがとうございマス!

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