光の粒をまぶしたみたいに/-sweet teenager 11-

「……観覧車、乗る?」
 いい加減に暗くなって、だけど別れがたくて、あたしと河野くん、どちらともなくそう言った。

 ショッピングモールと小さな遊園地が一緒になったような複合施設。放課後、制服のまま自転車で二人乗りして駆けつけて、バーガーショップでお昼を食べて、チックタックとエーグルとカラコとABCマートとユニクロを見て回って、スタバでお茶して、ゲームセンターでプリクラ撮ってユーフォーキャッチャーと太鼓の名人して、もうすることなくなってきてもまだ、成城石井をぐるりと回って、ファミマまで見て、なのに帰ろうかと言えなくて、結局、思いつめたように、観覧車の遊覧券800円を買っている。

 つないだ手がどことなくぎこちない。あたしと河野くんは、付き合い始めて1か月。何がすきで何が嫌いか、まだよく分からない。それを探り合うように、毎日話したり遊んだりしている。

 乗り場は5F。エレベーターで昇る。降りてきた籠の扉を係りの人が開けて、「行ってらっしゃいませ!」の声に見送られて、少し危なっかしく揺れるそれに乗り込む。籠はゆっくりと、軽く震えながら上へ上へ昇っていく。

 昇るにつれて、窓から見える景色がきらきらしてきた。遊園地のアトラクションのイルミネーションの明かり、高層ビルの窓の明かり、うねるように連なる、道路を流れる車の明かり。
「ねえ、綺麗。見てみて、河野くん」
 あたしははしゃいだ声を上げるけど、河野くんは一言、「うん」。硬い表情のまま、顔を外に向けない。

 どうしたんだろう、あたし何かしたかな、河野くん楽しくないのかな、観覧車、すきじゃなかったのかな、ミスチョイスしたのかな。あたしはなんだかどきっとして、急に不安になる。言葉が止まってしまう。指先が冷たくなる感じ。だって、本当にまだ1か月、お互いを知り始めて1か月しか経っていないから、だから。

「あーもう、駄目だ!」
 突然河野くんが叫んだ。
「手ぇ、握ってもいい?」

「え、え、なに、どしたの?」
 軽くパニックになるあたしの手を、河野くんはぐっと引っ張って握った。汗かいてる。え、うそ、滅茶苦茶濡れてるけど、手のひらってこんなに汗かくものなの?

「俺、高所恐怖症なの。高いとこ、駄目なの」
「え」
「そうなの。駄目なの」
「じゃあ、そう言えばよかったのに」
「だって、なんだかみっともないじゃん」
「え、そんな」

 あたしは笑ってしまって、そして急に血が流れ出して指の先まで温かくなる。高いところが駄目、という河野くんも、我慢してたのにとうとうせっぱつまってカミングアウトしてしまった河野くんも、なんだかかわいかったから。高所恐怖症って、ほんとに手に汗かくんだな、え、これほんと?

「手、握ってれば大丈夫?」
「うん。あと、目ぇつぶってれば」
「それじゃあ、観覧車に乗った意味、ないじゃない」
「いいよ、豊田だけ見ててよ」
「あ、分かった。じゃあ、あたしが実況中継してあげる」

 あたしは俄然張り切って、四方を見回して見えるものを次々挙げていった。実況中継なんて初めてだけど、でも、ええと。

 ドームの屋根が見えてきました。大きいね。ぱんぱんに膨らんだ、アルミの風船みたいです。高いビルが、一杯見えます。みんなまだ働いているんだね。窓の明かりがたくさんついてます。それがずっと遠くまで、暗いビルの宇宙の中の、星みたいに光ってます。東京タワー?うーん、どうかな、見えないなぁ。あ、道路が車の光で埋まって、まるで流れる光の河みたいです。東京の夜は、光の粒をまぶしたみたいに、とてもとても綺麗です。

「豊田、上手いね。見えるみてぇ」
 目をつぶったままぎこちなく笑って、河野くんが呟いた。あたしは唇の先を尖らせてちょっと笑って、手にぎゅっと力を込めた。

 東京の夜は綺麗です。光の粒をまぶしたみたいに、とてもとても綺麗です――。

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カバーフォトは、「みんなのフォトギャラリー」より、 さんの写真を使わせていただきました。ありがとうございマス!

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