ゼロポジション近似肢位での肩外旋筋力と投球動作中の胸郭肢位との関連

田村将希先生(昭和大学スポーツ運動科学研究所、昭和大学藤が丘リハビリテーション病院リハビリテーションセンター)他
日本臨床スポーツ医学会誌:Vol.31. No.2 348-354

緒言

 投球動作の後期コッキング期では、上腕骨が肩甲骨面上に位置するゼロポジションに近い肢位を取ることが、障害予防のために重要である。田村らは過去の報告において、ゼロポジション近似肢位を肩甲骨面上で肩甲棘と上腕骨長軸が1直線状に配列する肢位とし、その肢位での肩外旋筋力をZero外旋筋力と定義した。そして、投球障害症例ではZero外旋筋力の低下が生じることや、Zero外旋筋力出力時に代償動作が出現することを報告してきた。Zero外旋筋力は、加速器で生じる肘伸展運動のための準備肢位を保持するために重要であると報告されている。また、ゼロポジションでは、肩甲上腕関節での回旋は生じないと考えられており、田中らはゼロポジションにおける回旋筋力の力源は、肩甲胸郭関節が主導していると報告している。このように、Zero外旋筋力を発揮するためにも胸郭・肩甲骨の運動参加は重要な因子と考える。
 投球動作では肩最大外旋位(Maximum external rotation:MER)で28~64Nmの肘内反トルクと約30~68Nmの肩内旋トルクが生じると報告されている。これらの力学的負荷が増大することによって投球障害につながると考えられており、投球障害予防のために過度な力学的負荷は軽減させるべきである。宮下らは、MERで生じる肩外旋運動は、肩甲上腕関節外旋、肩甲骨後傾、胸椎伸展で構成されると報告している。投球障害症例では、同相での胸郭・肩甲骨の運動参加が適切に行われず、肩甲上腕関節に依存した外旋運動となり、肩甲上腕関節への負荷を増大させることが多い。MERでの肩甲上腕関節と肘関節への力学的負荷軽減のためには、MERでの胸郭・肩甲骨・肩甲上腕関節の協調した運動が不可欠となる。
 Zero外旋筋力が低下している者は胸郭や肩甲骨の機能低下が存在することが多いため、MERにおいても胸郭や肩甲骨の運動参加は不十分であると考えられる。Zero外旋筋力とMERでの胸郭肢位の関係を明らかにすることで、Zero外旋筋力と投球動作の関係の一側面を検討できると考える。しかし、Zero外旋筋力とMERでの胸郭肢位との関係性は検討されていない。この研究の目的は、Zero外旋筋力と投球動作中の胸郭肢位との関係性を検討することとされている。仮説はZero外旋筋力と骨盤に対する胸郭前傾角との間には負の相関関係があるとされている。

対象および方法

 対象 野球歴約10年(8.0-12.3)の成人男性 14名
 投球側 右投げ11名、左投げ3名
 ポジション ピッチャー5名、キャッチャー3名、内野手3名、外野手3名
 以下、中央値(四分位範囲)として記載する。

対象者の中で、肩や肘関節に疼痛を有している者はいなかった。
なお、この研究は昭和大学保健医療学部倫理委員会の承認を得て実施された。
  5m先の目標物に向かって、全力投球5球を行わせた。最大肩内旋モーメントと最大肘内反モーメントが、最も大きく出現した1球を解析対象とした。
投球動作解析は、2台の床反力計(BP400600-OP-2K-STT,Advanced Mechanical Technology社)と9台の赤外線カメラ(サンプリング周波数240Hz)で構成される3次元動作解析装置(Vicon MX,Vicon Motion System社)を用いて計測された。
 解析には、解析ソフトNexus2.3(Vicon Motion System社)を用い、MERでの胸郭肢位と最大肩内旋モーメント・最大肘内反モーメントを算出した。Plug in gait full bodyのマーカーセットに準じ、全身39か所に赤外線マーカーを貼付し(下表)、Nexus plug in gaitモデルを作成した。

Plug in gait full bodyのマーカーセットに準じ、全身39ヵ所に貼付

第7頚椎、第10胸椎、胸骨切痕、剣状突起の4点からなるセグメントを胸郭セグメントとして定義し、胸郭座標系を設定した。胸郭肢位の定義は、全体座標系に対する胸郭前傾各、全体座標系に対する胸郭側方傾斜角とし、これら4肢位の角度を算出した。胸郭セグメントの角度定義として、胸郭前傾角は全体座標系に対し前傾する方向を+、後傾する方向を-とした、側方傾斜に関しては、非投球側へ傾く方向を+、投球側へ傾く方向を-とした。
 Zero外旋筋力の測定には、ハンドヘルドダイナモメーター(モービィ,酒井医療株式会社)を使用し、立位で行った。上肢の測定肢位は、肩ゼロポジション近似肢位(肩甲骨面上で、肩甲棘と上腕骨長軸が1直線上に配列)、肘屈曲90°、前腕回内外中間位とした。この肢位で、肩水平外転の代償動作が出現しない範囲での最大等尺性肩外旋筋力を測定した。明らかな代償動作などが生じた場合は測定をやり直した。測定は3回行いその平均値を算出した。
 統計解析には統計解析ソフトJMP pro.16.0.0(SAS社)を用いて行われた。解析にはSpearmanの順位和相関係数を用い、Zero外旋筋力と全体座標系に対する胸郭前傾角、全体座標系に対する胸郭側方傾斜角、骨盤に対する胸郭前傾角、骨盤に対しる胸郭側方傾斜角、最大肩内旋モーメント、最大肘内反モーメントとの相関関係を検討された。有意水準は5%未満とされた。
 

結果

 各パラメーターの測定結果を下表に示す。

 Zero外旋筋力と全体座標系に対する胸郭前傾角との間には、強い正の相関関係があった(ρ=0.76,P=0.0015,図3-a)。Zero外旋筋力と骨盤に対する胸郭前傾角との間には有意な相関関係はなかった(ρ=0.47,p=0.08)。また、骨盤に対する胸郭前傾角の値は最小で-32.3°、最大で-4.4°(中央値-21.0°)となり、全例で負の値を示した(図3-b)。Zero外旋筋力と全体座標系に対する胸郭側方傾斜角(ρ=0.03,p=0.91)、骨盤に対する胸郭側方傾斜角(ρ=0.45,P=0.10)との間には相関関係はなかった(図3-c,d)。Zero外旋筋力と最大肩内旋モーメント(ρ=-0.56、P=0.03)との間には有意な負の相関関係があった。

Zero外旋体重比との間には有意な相関関係がある項目はなかった(下表)。

考察

 仮説ではZero外旋筋力と骨盤に対する胸郭前傾角との間に負の相関関係があると仮定されていたが、相関関係はなかった。その理由として、Zero外旋筋力と全体座標系に対する胸郭前傾角と骨盤前傾角との相関関係では、胸郭前傾角のみに相関関係があり、骨盤前傾角煮は相関がなかったためであると考えられた。
 一方で、Zero外旋筋力と胸郭前傾角との間には強い生の相関関係があった。健常者のZero外旋筋力は前鋸筋筋力と正の相関関係があると報告されている。つまり、Zero外旋筋力が高値を示すものは、Zero外旋筋力発揮時に前鋸筋の作用である肩甲骨後傾と同時に生じる胸郭伸展の運動が起きている可能性がある。これらの運動参加が可能となっているとMERでの胸郭前傾角が高値を示しても、実際の投球場面では肩甲骨の後傾と胸郭伸展運動を伴いながらの胸郭前傾位となっていると考えられる。骨盤に対する胸郭前傾角との間に相関はなかったもの、骨盤に対する胸郭前傾角は全例で負の値を示していることから、胸郭は骨盤に対し伸展位を取りながら前傾していることがうかがえる。ただし、Zero外旋体重比との間には優位な相関関係はなかった。Zero外旋筋力値や胸郭肢位は体格の影響を受ける可能性があり、今後の検討課題と考えられる。
 Zero外旋筋力と最大肩内旋モーメントと最大肘内反モーメントとの間には負の相関関係があった。前述したように、Zero外旋筋力が高値を示すものは、Zero外旋筋力発揮時に肩甲骨後傾と胸郭伸展の運動参加が起きている可能性があり、MERにおいて力学的負荷を軽減するために肩甲骨後傾と胸郭伸展運動は必要である。よって、Zero外旋筋力が高値を示すものは肩甲骨・胸郭の運動参加が行えるため、関節モーメントは低値を示す負の相関関係を示したと考察された。
 本研究の限界点として、投球障害例での計測が行えていないことと、屋内での計測であり実際の投球環境とは大きく異なる点が挙げられる。しかし、本研究の結果から、Zero外旋筋力とMERでの胸郭前傾角には相関関係があることが分かった。今後は、投球障害症例との比較を行い、障害との関連を明らかにする必要があると考えておられる。

結語

 本研究は、野球歴約10年の野球経験者14名を対象に、Zero外旋筋力と投球動作中の胸郭肢位との関係性を調査する目的で行った。その結果、Zero外旋筋力と投球動作中の胸郭前傾角との関係には強い正の相関関係があり、最大肩内旋モーメントと最大肘内反モーメントとの間には負の相関関係があった。以上から、Zero外旋筋力が高値を示すものは、投球動作中の胸郭前傾角が大きくなる可能性がある。

感想
 今回の報告では、Zero外旋筋力と投球動作中の胸郭肢位との関係性についての調査であり、Zero外旋筋力が高値を示すものは、投球動作中の胸郭前傾角が大きくなる可能性があるとの結語であったが、Zero外旋筋力、胸郭前傾角が高値を示すものの球速や回転数、回転軸などパフォーマンスとの関係についての研究があるとより興味深い研究になると思った。また、ポジション別の比較についても興味があった。
 今後、研究する機会があれば、学童期や少年期の選手で測定し、Zero外旋筋力や投球動作中の胸郭前傾角の関係性について検討してみたい。

次回
いわゆるゼロ・ポジションにおける肩内外旋筋力の力源について
報告したいと思います。

投稿者:小林博樹

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?