投球動作において損傷されうる肩・肘関節構造の解剖学的知識

二村 昭元先生(東京医科歯科大学大学院運動器機能形態学講座)
臨床スポーツ医学:Vol.39. No.4 (2022-4) 338-343

はじめに
 投球動作における肩・肘関節障害の代表的疾患は、肩であればSLAP病変や腱板関節包側断裂、肘であれば上腕骨小頭離断性骨軟骨炎やMCL損傷などである。これらにかかわる肩・肘の解剖学的知見は、誌面でも限られている。そのため、あまり注目されておらず、理解しにくい部位に注視するという意味で、肩は主に腱板関節包側不全断裂を想定して関節包とその周囲構造、肘はMCLの構造的解釈と関連して、回内屈筋群と腱性中隔について紹介されている。

肩関節腱板の上腕骨停止部と関節包


 棘上筋・棘下筋の停止部については、2008年望月先生らが報告されており、一般的になってきたと考えるので、今回は割愛させて頂きます。
詳細は、肩関節周囲炎、腱板断裂を診る上で必要な知識③筋、腱板断裂|小林 博樹 (note.com)にまとめてありますのでご参照ください。

肩上方関節包の付着と膜厚


 棘上筋・棘下筋の深層には、関節包が裏打ちしている。肩関節包はその実質部分においては単なる薄い膜でしかないが、上腕骨付着部においては数㎜の幅をなして付着する。その付着幅は場所により異なるが、ある種のルールに従っている。大結節は上面・中面・下面と区分されているが、上面と中面の境界、つまり棘下筋が最も幅広く付着する部位においては比較的幅狭く、約3~4ミリの付着幅をなしている。これに対して、腱板の付着していない大結節前縁や棘下筋と小円筋停止部の境界においては約10㎜と幅広く付着している。このことは、大結節という決まった骨性領域に対して、腱板筋が幅広く付着する部位においては、関節包は幅狭く、逆に腱板筋が付着しない部位においては、あたかも、その空隙を補填するように、腱板筋と関節包が相補的に大結節を被覆していると解釈される。
 腱板関節包側不全断裂と関連させて考察すると、この関節包の付着幅が最も幅狭い部分というのは、断裂の好発部位とほぼ一致している。投球動作におけるいわゆる関節内インピンジメントにより、この部分に断裂が生じた場合、初期には関節包のみの裂離を意味するが、断裂の深度や前後幅が広がるにつれ、棘上筋、棘下筋を含有した断裂となり、その重症度は増していくと推測できる。
 肩関節包を、さらに後方、下方、前方へと、肩甲骨関節窩と上腕骨より剥離を進めると、付着部の幅という観点では、腋窩嚢に対応する解剖頚と外科頚の後方に約15㎜もの幅広い付着部を呈していることがわかる。剥離した肩関節包を平面に広げて、その膜厚分布を可視化すると、腋窩嚢に対応する関節包は後方~上方と比べ、明らかに厚い。この肥厚した部分の関節包のことが、一般的には下関節上腕靱帯と呼ばれる。
 肩関節包は、周囲筋の腱膜の影響を受けていないように考えられているが、実際には上腕三頭筋長頭腱が、肩甲骨の関節下結節からの起始以外にも、一部の線維が関節下結節よりも上方の関節包上より起始し、さらに関節窩の6時においては関節包と合して、関節唇自体からも起始している。これらの腱膜が腋窩嚢の肩関節包、つまりは下関節上腕靱帯に厚みをなしているともいえる。

肘関節内側側副靱帯の解剖学的解釈


回内屈筋群の腱性中隔


 肘関節MCLと、隣接する回内屈筋群とは隣接しており、組織学的にもその類似性が報告されている。靱帯とは一見組織学的に明確に定義される構造のように考えられているが、実際は、関節周囲の腱や腱膜、関節包との境界は不明瞭である。そのため、回内屈筋群の腱膜とMCLの境界を見出す。つまり、その2つの構造を分離するには、組織学的な観点では不可能であると理解できる。肘関節の内側は回内屈筋群と呼ばれ、共同起始を形成している。そのため、各々の筋や腱の起始部を一つずつ分離して解析するのは不適当である。回内屈筋群とその深層構造を観察するために、尺骨鉤状突起結節レベルにおける軸位断面を作成し、報告する。腕尺関節を直接連結している筋腱を観察すると、外側から上腕筋、円回内筋、浅指屈筋、そして尺側手根屈筋が隣り合いながら配列している。注目すべきは、円回内筋と浅指屈筋との間には、線維性の腱性中隔が存在していることである。マッソン・トリクロム染色による組織学的解析によれば、この腱性中隔は上腕筋の内側縁に位置する腱成分や、浅指屈筋の深層腱膜に連続している。このように、筋自体が腱の卑劣や深層腱膜の観察に干渉する場合、筋組織を除去することにより、肉眼解剖的に線維性の構造に特化して、その起始停止部を正確に観察する。回内屈筋群、上腕筋の筋成分を除去すると、円回内筋と浅指屈筋間の腱性中隔は、円回内筋の深層腱膜として内側上顆の前壁から起始し、尺骨鉤状突起結節に付着していることがわかる。さらに、その基部には上腕筋腱が相まって停止している。円回内筋と浅指屈筋間の腱性中隔を外側へ翻転して、内側から観察すると、浅指屈筋の深層腱膜に移行しながら腕尺関節を被覆している。さらに、浅指屈筋と尺側手根屈筋との間にも薄い腱性中隔が存在し、上腕骨内側上顆後壁と鉤状突起結節後方を結合し、尺側手根屈筋の深層腱膜や腕尺関節の関節包へと移行している。総括すると、円回内筋、浅指屈筋、尺側手根屈筋の各筋間にある2つの腱性中隔、と各筋の深層腱膜、上腕筋内側部の筋内腱が線維性に連結して腕尺関節を安定化している。言い換えると、既存のMCL前方線維と呼ばれる部分は、円回内筋、浅指屈筋、上腕筋の腱膜構造を、部分的に分離した構造と解釈できる。現在まで、投球動作に伴う肘内側部痛は、MCLの前方線維という紐状構造が損傷した、という論理が通説であった。しかし、その議論の基盤となる構造理解を上腕筋、円回内筋、浅指屈筋などの回内屈筋群とそれらを結合する腱性中隔や深層腱膜などに置き換えると、隣り合わせる筋同士が微妙なバランスを取って成り立つ動作の破綻が発症に関与する、という仮説を立てることができ、今後の生体内検証や臨床研究に有効な仮説となる。ボールの波にかける示・中指の浅指屈筋機能という視点は、投球動作予防や復帰のためのリハビリプログラムとして発展する可能性が非常に高い。

肘関節内側における関節包


 肘関節MCLの前方線維は関節包靱帯であると報告されている主張が散見する。しかし、MCL前方線維とされる束状の部分は、深層において関節包を含んでいるが、ほぼ腱膜構造から構成されている。
 尺骨鉤状突起上の関節包付着は、外側においては上腕筋腱停止部と相補的な関係であり、約6~12㎜という幅広い付着部を呈している。さらに、鉤状突起の先端軟骨部分においては、領域が約6㎜の幅で関節包が付着していない。一方、内側においては、腱性中隔や浅指屈筋の深層腱膜は関節包とは分離できないが、約7㎜の付着幅を呈している。また、外側とは異なり、関節包の付着していない先端部分は1㎜にも満たない。つまり、肘MCLは深層に関節包は含んでいるものの、腱膜構造との比較でいえば関節包靱帯と呼ぶにふさわしくない。
 投球における肘MCL損傷の画像診断として、特に米国においては、MR関節造影における、鉤状突起結節上への造影剤の漏れ込み(Tsign)が重要視される。これまで、靱帯の不全損傷という解釈がされてきたが、今回の解剖学的知見によれば、漏れ込みの距離が短ければ、つまり初期病変において剝がれているのは、腱膜を裏打ちしている関節包である。関節安定化への寄与度から、Tsignが陽性であれば肘内側部痛という短絡的な解釈には無理を感じる。

まとめ

 肩における関節包側腱板不全断裂と、肘におけるMCL損傷は、腱・腱膜・関節包という詳細な構造で思考をめぐらせれば、投球傷害初期の病変は関節包の裂離であるとも解釈できる。病態解明という命題において、肩、肘のいずれも、腱板断裂や靱帯損傷という一義的な理解のみで、思考を停止させていてよい時代には終わりを告げたい。

感想

 棘下筋は大結節の前内側に限局して停止し、棘下筋が大結節の前外側まで幅広く呈していると望月先生らが報告されたのが2008年のことである。2024年現在、15年以上も経過した。関節包であったり、腱性中隔であったり、解剖学・運動学を好んで学んでいた私は苦手にしていた組織である。これを機にしっかりと見識を深め、投球傷害からの復帰、また予防に尽力していきたい。
 肘MCLについては、米国と日本における再建術へ踏み切る解剖学的根拠の違いを垣間見た気がした。ダルビッシュ有投手や前田健太投手、大谷翔平選手らがトミー・ジョン手術でプレー復帰が叶えられている一方で、田中将大投手や奥川恭伸投手らが注射を基本とする保存療法で復帰している。理学療法士の立場として選手が選択した治療方法に寄り添えるよう努めたい。

次回
 Zero外旋、Zero伸展筋力からみた投球フォームと組織損傷との関連について報告します。

投稿者:小林博樹

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