肘関節の解剖

Summary


 肘関節内側を関節周囲の腱性構造に基づいて再考すると、従来のUCLはFDS、PT、Brachialisとその間にある腱性中隔からなる腱性複合体の一部であると考えられる。従って、肘内側の安定化構造は、腱性中隔に張力を伝えることで動的安定化する関節と想定される。「内側の痛み」=「UCL:靭帯の損傷」という論理だけでなく、回内屈筋群の機能評価および構造破綻の評価が重要である。
Key words:尺側側副靭帯(UCL)、外反性動性、腱性複合体

はじめに


 投球障害における肘関節痛の発生頻度は高く、あらゆる年代で発症する。特に、肘内側側副靭帯(UCL)損傷は投球時の繰り返しの外反ストレスによって生じ、その結果、投球時の痛みや不安定性症につながり、投球パフォーマンスに影響を与える。UCL損傷に対する治療には外反ストレスの軽減を目的とした保存療法がおこなわれていたが、その競技復帰率は低く、career ending injuryといわれていた。しかし、1986年にJobeによって考案されたUCL損傷再建術(Tommy John surgery)によって多くの選手が競技復帰可能となった。現在はその術式の改良によって、90%以上の高い競技復帰率が報告されている。一方で、その功罪として手術件数の増加や低年齢化が問題となっている。手術件数の減少には保存療法および予防の革新が不可欠であり、そのためにはUCLの構造の理解が重要である。

「靭帯(ligament)」という概念から一度離れて


 UCLの構造の前に、まず「靭帯(ligament)」について元来、「靭帯(ligament)」とはラテン語でligare
がその語源である。その意味は靭帯、索、間膜であり、関節を連続する束状構造であるが、組織学的な性状を定義した言葉ではない。一方で、組織学的観点からすると「靭帯(ligament)」は腱よりは不規則に腱膜よりは規則的に配列される膠原繊維と定義されており、それらの構造や関節包との間には明確な境界はない。従って、今までは“ligament”は骨と骨をつなぐ密性結合組織のみに着目され、周囲の腱、腱膜、関節包など他の密性結合組織と切り離して解析されてきた。

UCLの再考


 過去の報告では、投球動作における外反ストレスに対する静的な制御因子としてUCL、動的な制御因子として円回内筋、浅指屈筋、尺側手根屈筋などの回内屈筋などが報告されてきた。投球時にUCLに加わる張力はUCLの破断強度よりも大きいことが推測されており、静的支持のみでの制動は困難であることからUCLを補強する回内屈筋群の機能はきわめて重要である。その相互の解剖的関係は、肉眼解剖の報告ではUCLとその周囲の回内屈筋群は、筋線維による連続性をもつと報告されている。さらに、Otoshiらは、回内屈筋群は前方共同腱を形成しUCLに付着し、組織学的に双方の類似性について述べている。そこで問題となるのは、その境界である。回内屈筋群は内側上顆で共同起始を形成しているため、各筋腱の起始部を1つずつ分離して解析するのには適していない。円回内筋・浅指屈筋間には膜厚な腱性中隔が存在することがわかる。Masson’s trichrome染色による組織学的解析ではこの腱性中隔は濃染された疎性結合織であり、上腕筋の内側縁に位置する腱成分や、浅指屈筋の真相腱膜と連続していることがわかる。次に、筋成分を除去し、腱の配列や深層腱膜の観察を行う。回内屈筋群および上腕筋の筋成分を除去すると、円回内筋-浅指屈筋の腱性中隔は円回内筋の深層腱膜として内側上顆前壁から起始し、鉤状突起結節に付着していることがわかる。さらに、その基部には上腕筋腱が相まって停止している。腱性中隔を外側へ翻転し内側から観察すると、この腱性中隔は浅指屈筋の深層腱膜に移行しながら腕尺関節を被覆している。
 以上をまとめると、円回内筋―浅指屈筋間の腱性中隔は、上腕筋腱の内側縁、浅指屈筋の深層腱膜と結合し、分離することのできない厚みのある腱性複合体を呈して、腕尺関節を連結していることがわかる。従って、肘関節内側部を関節周囲の腱性構造に基づいて再考すると、従来のUCLは浅指屈筋、円回内筋、上腕筋腱とのその間にある腱性中隔からなる腱性複合体の一部であると解釈できる。

関節包について


 膝内側における関節包に関して、股関節(腸骨大腿靭帯や坐骨大腿靭帯、恥骨大腿靭帯)や肩関節(SGHLやMGHL、IGHL)のようにUCLもまた関節包靭帯であるとの報告や、UCLと関節包は区別された構造との報告がわる。また、UCLおよび関節包の付着花に関してUCLは1~4㎜の付着幅とその報告はさまざまで、関節包に関しては、鉤状突起外側においては12㎜の幅をもって付着していることは報告されているのみで内側に関する報告はない。
 星加らは、前述した腱膜構造、関節包、骨性構造のそれぞれの層関係を理解するために、腕尺関節内側部にて上腕骨内側上顆前壁を含む斜位矢状断面を作製し、組織学的解析を行った。まず、関節包は円回内筋-浅指屈筋間の腱性中隔の深層に存在していることがわかる。さらに、関節包は近位側では翻転して腱性構造とは分離され滑膜腔を形成し、遠位側では腱性構造とは分離できず、双方が結合し鉤状突起結節に付着している。
つまり、腱性構造と関節包の層関係は一様ではなく、部位により異なっていることがわかる。また、その関節包の付着幅に関しては、関節包と周囲の腱膜構造を温存しながら、一塊に骨から外側より剥離翻転し、鉤状突起結節における関節包付着部位とその付着幅を解析する。すると、鉤状突起結節の近位において関節包が幅をもって付着していること、鉤状突起結節の頂部における軟骨はほとんど厚みがなく、関節包は付着していないことなどに気付く。

UCL損傷の病態およびその予防


 肘内側は浅指屈筋、円回内筋、そして上腕筋などが腱性中隔に対し、各方向に張力を発揮し関節に力を伝えてバランスをとって動的に安定していると考えられる。この観点から「肘内側の痛み」=「靭帯損傷」という論理ではなく、「肘内側の痛み」=「筋バランス障害による動的安定性の低下」という考察が可能となる。従って、「筋バランス障害」の原因が機能障害なのか評価をすることで、さらなる病態の理解につながるものと考えられる。
 投球動作は最大外旋位直前とボールリリース後に二峰性の内反トルクが肘内側にかかる。そして、予防プログラムはこの内反トルクの軽減を目的として運動連鎖や肩、肘周囲の運動強化に着目して行われてきた。前述の複合体の観点から手関節、手指の機能が低下した状態での投球動作は、肘関節への負担を増大させ、障害の原因となりうる。特にボールリリースにおける手指の把握昨日は、外反ストレスを減じるために重要な役割を果たすものと推測される。指の機能向上はパフォーマンス向上に関連することが報告されており、今後は指屈筋を加えた予防プログラムによって障害予防を同時に、競技能力の向上を求める両者のニーズを果たすものになると考えられる。

感想


 肘内側の痛み=靭帯の損傷と解釈していれば、構造的な破綻となり、我々セラピストの守備範囲外となり、トミージョン術を行って下さる施設、医師を探すことが第一選択肢となる。星加先生が円回内筋、浅指屈筋、その間の腱性中隔、上腕筋からなる腱性複合体をご紹介いただき、肘内側の痛み=筋バランス障害による動的安定性低下とご報告されたことにより、セラピストにも出来る事が多々ありそうである。浅指屈筋、深指屈筋を中心とした指屈筋への筋収縮の促しなど、手術件の減少、低年齢野球選手の手術回避を目的に障害予防プログラムを熟考していきたい。

次回予告

 次回は、4月8日に肘関節外側部の解剖学的所見についての論文を紹介させていただきたいと思います。
次回 3月15日(水) 中井亮佑先生
『野球選手の内側側副靭帯損傷像と胸郭出口症候群の理学所見による鑑別の試み』

投稿者:小林博樹

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