身体機能不全からみた投球フォームと組織損傷との関連性から考える治療-肩関節インピンジメント症候群と肘内側障害へのアプローチ

船橋整形外科 小川靖之先生 臨床スポーツ医学 2022年4月 文光堂

はじめに


 投球動作で生じるオーバーユースやコンディショニング不良は可動域制限・筋力低下などの機能障害を引き起こし、本人が自覚的できないまま構築されることが多い。これらは連鎖的な全身運動を阻害する要因となり、投球フォームの乱れを招き、その結果適度なメカニカルストレスが肩関節複合体や肘関節に加わり、疼痛や組織破綻へと進行していくと考えられる。単に解剖学的な損傷に対する局所的な治療だけでは再発の可能性があり、リハビリテーション介入初期から投球動作の再獲得を考慮した機能改善アプローチが必要となる。今回の報告では投球障害の中でも機能障害の影響を受けやすい、肩関節ではインピンジメント症候群、肘関節では肘関節内側障害を中心に報告されている。

関節内インピンジメントと関節外インピンジメント


 投球障害肩で比較的多く見受けられるインピンジメントは関節内と関節外に大別できる。関節内インピンジメントはPSIとASIに分類される。
 関節外インピンジメントとして代表的な一つに肩峰下インピンジメントが挙げられる。

1.PSI


後上方関節唇損傷、腱板関節包断裂
投球動作においてPSIが発生しやすい時期は、late cocking期からacceleration期にかけて肩関節の過度な水平外転や、外転位での最大外旋を強いられるときである。大結節と後上方関節窩が衝突し、関節唇および棘上筋・棘下筋の腱板関節包面断裂が起こり疼痛を生じる。屍体肩を用いてlate cocking肢位を再現し、肩甲骨関節窩後上方の接触圧は増大する。さらに後下方関節包の拘縮や前方関節包弛緩、肩甲下筋の出力低下、肩甲骨上方回旋や内転可動域制限など肩関節の機能障害を反映した条件下でも接触圧は増加したことから、PSIを助長させる可能性が考えられる。

2.ASI


上方関節唇損傷、上腕二頭筋腱基部損傷
 ASIはfollow through期での水平内転・内旋時に関節窩上方部で棘上筋などの腱板や上腕二頭筋長頭腱(LHB)
などが上腕骨頭と関節窩縁に挟みこまれ疼痛を生じることが多い。
 follow through期に疼痛を訴える症例の関節鏡調査では、上肢を屈曲内旋させるとLHB基部と棘上筋、上関節上腕靭帯(SGHL)とのインピンジメントが認められた。水平内転・内旋運動が繰り返されることでSGHL損傷が生じ、前上腕関節包の弛緩により全情報部の組織損傷が生じると報告している。また、上方関節唇の前方・後方ともにcocking期では張力が増大するが、減速期には増大しないとする実験結果から、上腕二頭筋腱の捻れ(peel back mechanism)により、上腕二頭筋腱に損傷を認める場合はacceleration期(ボールリリース付近)での投球動作に問題がある可能性を示唆している。

3.肩峰下インピンジメント


 肩峰下インピンジメントは肩峰と烏口肩峰靭帯により構成される烏口肩峰アーチと、この下を走行する腱板と肩峰下滑液包との衝突によって疼痛が生じる病態の総称である。肩峰下の組織接触圧が高まる運動方向として肩関節最大内旋位、90°挙上位内旋の中間域や水平内転最終域が挙げられる。投球動作ではearly cocking期でのテイクバックやトップポジションまでの内旋位での外転運動や、follow through期で肩関節の過度な水平内転や内旋運動が強制されることで憲法下でのインピンジメントが引き起こされることが多い。また、肩関節後方関節包の拘縮が起こると屈曲時の接触圧が有意に上昇することから、肩関節後方組織の柔軟性低下は接触圧の変化をもたらし、肩峰下インピンジメントの要因となる。

肘関節内側障害


 投球動作における肘関節への過度な外販ストレスは静的安定化機構のUCLに大きな負荷を与える。外反ストレスに対してはUCLの中でもAOLが主要な安定化機構となる。前方・後方の両線維の張力は肘関節屈曲60°で均一となり強い張力を発生する。
 投球動作での外反ストレスの最大ピークはlate cocking期からacceleration期にかけて約64Nmという強大な外反ストレスが作用していると報告されている。さらに投球時の外反ストレスは2峰性を示し、肩関節最大外旋位(maximum external rotation:MER)の直前で肘関節80°~90°屈曲位で最大ピークとなり、次のピークはボールリリース直後の肘関節完全伸展付近となる。
 また、late cocking期からacceleration期にかけて尺側手根屈筋や浅指屈筋などの前腕屈筋群が担う動的安定化機構の重要性が報告されている。投球動作における肘関節障害において肩複合体の筋力低下を肘関節や前腕筋群の過度な使用で補っている場合が多く、その動作を繰り返すことが障害発生の要因と考えられる。

投球動作と機能障害の関係

early cocking期


肩関節はテイクバックからトップポジションまでに内旋位での外転運動を行う。その際に肘が肩の高さに達する直前に内旋位にあった上腕を中間位に近づけるとこが肩峰下インピンジメントを回避する上で重要である。しかし、内旋位での外転運動は後方タイトネスによる制限を受けやすく、代償的に水平伸展を伴った外転運動により肩峰下インピンジメントを生じやすくなる。また、MERでの肘関節外反ストレスは肩関節90°~100°外転位において最小となることから、この外転角度が得られなかった場合には過度な外反ストレスが加わることになる。
良好な投球動作を獲得するためには軸脚の股・膝・足関節が屈曲位の状態で並進運動が行われているかを確認する必要があり、投球方向へ真っ直ぐ踏み出す必要があり、投球方向へ真っ直ぐ踏み出すことが理想とされている。しかし、並進運動の際に軸脚の股・膝・足関節を屈曲位に保持できない場合は早期に股関節を伸展し、クロスステップ方向に踏み出すことが多い。その場合、投球目標に対して通常のリリースポイントよりも外側となり、acceleration期からfollow through期にかけて過度な肩関節内旋・内転運動、前腕回内運動を強いられ、肩関節ではASIや肩峰下インピンジメントを生じる原因となりやすい。このような投球動作はブレーキ作用として遠心性に収縮する棘下筋や小円筋により強い負荷が繰り返し加わることで障害を引き起こす。肘関節においては前腕屈筋群を過度に使用したボールリリースとなるため、前腕屈筋群の機能低下から肘内側障害の原因となることがある。

late cocking期


 early cocking期からlate cocking期ではMERまでに直線的な並進運動からステップ脚を軸にした回転運動へ転換し、骨盤回旋から体幹回旋へと順番に運動が起こる。
 MERまでの肩関節街宣運動は骨盤・体幹回旋運動や肩関節水平屈曲運動により上腕・前腕近位端は投球方向へ移動しボールを持った手部は後方に残った結果生じる受動的な運動(lagging backメカニズムである。MERは肩関節外旋に加え胸椎伸展や肩甲骨上方回旋・後頚で構成され、その中の一部分が制限を受けることで肩甲上腕関節での運動を強いられ、PSIや肘関節内側障害の要因となる。
 

acceleration期~follow-through期


 ボールリリース直後における肩関節への圧縮力は前奏を通して最大となり、最も肩に加わる負荷が高いとされる。腱板筋群の筋活動は他の時期と有意差はなく一定の筋出力発揮を示し、高速で運動する肩関節の求心位を保つ役割がある。
 MERからボールリリースまでの肩関節角度変化は外旋から内旋への回旋変化量が最も大きくなる。肘関節伸展機能が低下している場合、代償的に肩関節内旋優位の運動となり肩関節ではASIや肩峰下インピンジメントを引き起こし、肘関節で肩峰下インピンジメントを引き起こし、肘関節では伸展機能の補いとして回内運動を強め、前腕屈筋群を過度に使用したボールリリースとなる。
 また、cocking期では並進運動から回転運動への移行により蓄えられた運動エネルギーをボールへと伝える時期となる。このときにステップ脚による十分な支持が得られない場合、回転運動の支点が不安定となり代償的に体幹を非投球側へ傾斜させ、ボールリリースへ移行することとなる。肘関節においては体幹傾斜角の10°増大に伴い肘関節内反トルクは3.7Nm増大することからもステップ脚の支持機能は非常に重要であると考える。

アプローチの実際について、詳細に関して成書をご確認ください。

おわりに


 投球動作は身体全体で行う高度で複雑な動きであり、一部の機能障害が投球動作の乱れを招き組織損傷の要因となる。そのため機能障害の改善と全身的なアプローチから投球動作の改善を行うことが競技復帰。再発予防につながると考える。

感想


 小川先生らがおっしゃる通り、投球動作は高度で複雑な動きである。臨床の場においても日常生活やキャッチボールには支障がないが、ノックや試合時の送球動作で痛いと訴えられる選手にもよく遭遇する。解剖学や運動学の知識だけでなく、投球動作に対する理解、投球動作の改善を行うために必要なアプローチを立案する能力が重要だと思った。

次回は6月13日(火)
『肩関節 身体各部位における可動性-hypomobilityとhypermobilityへの対応』
投稿者:小林博樹

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