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「魚の存在感に迫るクレヨン画家」加藤休ミ『おさかないちば』

 青光りする背に、ふっくら白い腹をした大きく立派なブリ。薩摩焼の黒い釉薬のような艶やかな体でパックリ口を開けている大層大きなヒラメ。鱗取りを使えば、それぞれにきらきらした鱗が景気よく舞い上がりそうです。 魚市場を描いた絵本はいくつかありますが、加藤休ミの『おさかないちば』(2013年・講談社)は一味ちがいます。

 寿司屋でタイラギのにぎりを食べた男の子は、それがもとはとっても大きな貝で、魚市場に行けば実物が見られる。そう聞いて、お父さんと早朝の魚市場へ出かけることに…。

 まだ夜が明けきらない内から、魚市場は活況を呈していました。マグロのセリからはじまって、ずらりと並んだミルガイやアサリ、シジミにアワビ、ホタテもあればウニ、ウナギや色々な種類のエビもあります。イトヨリダイ、キンメダイ、カワハギ、ブリ、ヒラメにオコゼ等々。もちろん、顔の大きさくらいある貝、タイラギも。クレパス画による存在感ある魚貝がどのページにも登場します。

 加藤休ミは、1976年に北海道・釧路に生まれます。釧路は、水揚げ量で日本で1、2を争う漁港、サンマをはじめ、捕れる魚種の豊富さでも知られています。自身が語ったところによると、幼い頃から絵が好きで、それにも増して好きだったのが空想の「釣りごっこ」。葉っぱをむしった草の茎を窓から垂らし、釣り気分を楽しんだとか。幼い頃から、魚も漁も、身近な暮らしの一部でした。

 「とにかく何かをやりたい」と思って、上京。大胆で行動力のある加藤は、当初、役者になることを目指しますが、一年で挫折。ところが、いたずらのように描いていた絵を面白がってくれる人がいて、絵を描くことが仕事に繋がる可能性が見えたのは、20歳の時。まさに、「捨てる神あれば拾う神あり」です。とは言え、絵で生きていくのは簡単ではなく、世の中に認められるのは2010年。第11回ピンポイント絵本コンペで優秀賞を受賞し、ようやく、『ともだちやま』(ビリケン出版)で絵本作家としてデビューしました。それまでの苦節十余年!? の間も、この人はクレヨンやクレパスを使った画法、描法を研究、試行錯誤していました。

 絵は独学です。画材にクレヨンを選んだのは、田舎に帰っても、どこでも入手可能だからと言いますが、クレヨンで描く体感を含め、相性のよい画材だったのでしょう。クレヨンで描いた上に、クレパスを重ね、そこにニスを乗せると油絵の具のように混ざったり…と飽く事なき研究成果が、その絵には生きています。例えば、魚の描写では、「ニスごと削ってミゾにクレヨンを入れ込んで魚の鱗の立体感を出し」たといいます。

 こうして生まれる生の質感や立体感こそが、加藤休ミの描く対象の存在感の秘訣。加えて、この人の「何かをやりたい!」と行動を起こす力、サバイバーとしての生きる力が、その絵に「命」を与えているようです。

『おさかないちば』
 
加藤休ミ 作・絵
 初版2013年
 講談社刊

文:竹迫祐子(たけさこ ゆうこ)
いわさきちひろ記念事業団理事。同学芸員。これまでに、学芸員として数多くの館内外の展覧会企画を担当。絵本画家いわさきちひろの紹介・普及、絵本文化の育成支援の活動を担う。著書に、『ちひろの昭和』『初山滋:永遠のモダニスト』(ともに河出書房新社)、『ちひろを訪ねる旅』(新日本出版社)などがある。

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2023年3月/4月号より)

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