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「普通じゃない少年の夢と挑戦」きたむらさとし『ふつうに学校にいく ふつうの日』

 きたむらさとしの『ふつうに学校にいくふつうの日』は、「普通」って何? と考えさせてくれる絵本。

 普通の男の子は普通の夢からさめて、普通のベッドから出て、顔を洗い、服を着て……。何もかも「普通」で、変わり映えのしない普通の日に、突然、全然普通じゃない先生が、蓄音機とレコードを持って教室に入ってきます。その授業は、音楽を聴いて、好きなことを思い浮かべ、それをことばで書くというもの。男の子は、音楽に追いつかないほどイメージが広がり、夢中で書き続けます。生徒たちのイメージもまちまちなら反応もバラバラ。中には、居眠りしたりマンガを読んでいる子も。教室に画一的な「普通」はありません。2006年日本絵本賞翻訳絵本賞受賞作です。

 先日、オンライン講演会で、作者のきたむらさとしさんの話を聴く機会がありました。

 1956年、東京生まれ。絵を描くのが好きな少年は、高校を中退後、しばらくして単身イギリスへ。英語が好きだったから、と言いますが、当時の時代の空気には、とりあえず外国へ、というものもあったと語ります。その頃は、横尾忠則や和田誠の似顔絵に惹かれていたとも。グラフィックアート全盛の頃です。

 ロンドンでの暮らしぶりは、連載「ロンドン・ラウンドアバウト 僕が絵本を書き始めた頃 1979~1981」(日本児童図書出版協会「子どもの本」2012―13年)に詳しいのですが、「安宿を転々」としながら絵を描く日々。一時期を過ごした格安ホステルでは住人の多くは日本人バックパッカーで、彼らは世界を放浪し、お金が無くなるとパリかロンドンで皿洗いをしてお金を貯め、次の地へ。そんなロンドンで、きたむらはこつこつ書いては、出版社に絵とストーリーの原稿を送る日々。けれど、出版には至らぬままが続きますが、アンデルセン・プレスの代表クラウス・フルーガーとの運命的な出会いが人生を変えました。絵はいいけど、物語が……とコメントしたこの名編集者は、少ししてひとつの絵本の原稿を手渡してくれます。フルーガーは慧眼で、無名の日本人青年の才能を見出し、道を開いてくれました。それが、「ANGRY ARTHUR(邦訳『ぼくはおこった』)きたむらのデビュー作です。以後、数多くの絵本を創作。子どもの本だけでなく、大人の文学の作家も彼との仕事を楽しみにしていると……。作家のイメージを良い意味で裏切ってくれる画家への信頼故でしょう。

 きたむらの絵本の魅力は、子どもの軽やかな日常の生活感と、そこに忽然と現れる非現実の想像世界。フリーハンドの表情豊かな線が魅力を膨らませます。金属ペン、ガラスペン、万年筆、スポイト等による太さも多彩な線は、生き生きとした表情とコミックスに通ずる独特のユーモラスな空気を持っています。

 絵を描くのが好きで、日本を飛び出した普通じゃない少年の夢と挑戦は、絵本となって、若い世代の手に渡っています。

『ふつうに学校にいくふつうの日』
コリン・マクノートン 文
きたむらさとし 絵
柴田元幸 訳
初版 2005年
小峰書店 刊

文:竹迫祐子(たけさこ ゆうこ)
ちひろ美術館主席学芸員、同財団事務局長。これまでに、学芸員として数多くの館内外の展覧会企画を担当。財団では、絵本文化支援事業を担い、欧米のほか、韓国、中国、台湾、ベトナム等、アジアの国々での国際交流を展開。絵本画家いわさきちひろの紹介・普及、絵本文化の育成支援の活動を担う。著書に、『ちひろの昭和』『永遠のモダニスト 初山滋』(ともに河出書房新社)、『ちひろを訪ねる旅』(新日本出版社)などがある。

(2020年11月/12月号「子どもの本だより」より)

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