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一人五役、私の若草物語/ 『若草物語』(オルコット作/白木茂訳)/文:鵜木 桂

 小学生の頃、学校の図書室に通うのが私の日課だった。読み終わった本を返却し、次の本を選ぶのは至福のひととき。英米文学の研究者であった父の影響で、私が読むのはもっぱら欧米の翻訳もので、中でもお気に入りだったのはショッキングピンクの表紙が強烈な、岩崎書店の「世界少女名作全集」であった。繰り返し言おう、ピンクの「世界少女名作全集」である。今時、こんなステレオタイプな括りのシリーズがあろうか? でもあの頃はまだ、LGBTなんて言葉もなく、多くの少女が、この全集に夢中になった。『赤毛のアン』、『足長おじさん』に『アルプスの少女ハイジ』。この全集で、私はどれだけ多くの文学に出会ったことか。

 特に印象深かったのは、オルコットの『若草物語』だ。言わずと知れた、19世紀後半のアメリカを舞台とした、マーチ家四姉妹のお話である。当時、同人誌に短篇小説を書いていた私の憧れは、もちろんオルコット自身の分身で、作家志望の次女、ジョーだった。しかし、引っ込み思案だったので、内気な三女、ベスも身近な存在だった。姉妹の中でもこの二人が表裏一体といった感じで特に結びつきが強かったことを考えると、二人に共感できたのも不思議ではないだろう。でも、一人っ子だった私は家ではお姫様。対外的には末っ子のエイミーだったのかもしれない。また、一人っ子というのは長子でもあり、実は孤独で、常に道を切り拓いていかないといけないという使命感もある。そういった意味では、私は長女のメグでもあった。それぞれ個性豊かで全くの別人格、と思っていたが、四姉妹の一人一人に共感できるものを私自身が持っていたからこそ、『若草物語』に惹きつけられたのだ。

 しかしだ、私の視点は実のところ、お隣の好青年、ローリーのものだったのかもしれない。両親を亡くして、裕福だが厳格な祖父の下に暮らすローリーにとって、いつも笑いの絶えないマーチ家は憧れの存在。核家族の我家と比べても、四姉妹の生活は、実に楽しそうであった。そうだ、私は何よりも、賑やかな大家族そのものが羨ましかったのである。私はローリーになって、マーチ家の日常を体感していたのだ。

 さて、私の『若草物語』にはちょっとした続きがある。中学一年の時に、父の仕事の関係で、アメリカのマサチューセッツ州に住むことになった。『若草物語』はこの州の郊外コンコードが舞台だ。四姉妹が暮らしたオーチャード・ハウスを訪れた時、忘れていた『若草物語』の世界が一瞬にして蘇った。そして今、数十年ぶりにこの本を読み返してみて、読書に夢中になった小学校時代の思い出と共に、不安よりも好奇心だらけだった初めての異国での生活が、鮮やかに思い出された。巡り巡って今私は、日本からもアメリカからも遠く離れたオランダに住んでいるが、私の原点は、ひょっとしたらこの一冊に詰まっているのかもしれない。だから、『若草物語』というタイトルを聞いただけで、何だか切なく、甘酸っぱい気持ちになるのである。

『若草物語 世界少女名作全集2』
オルコット 作
白木茂 訳
初版 1972年
岩波書店 刊

文:鵜木 桂(うのき けい)
上智大学比較文化学部比較文化学科卒業。
スポーツニッポン新聞社勤務後渡蘭し、ライデン大学でオランダ語、美術史の学士、修士号取得。
訳書に『うんち工場で大冒険!』(河出書房新社)『月のボールであそぼうよ パンダとリスのおはなし』(徳間書店)がある。

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2023年5月/6月号より)

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