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斉藤洋『ベンガル虎の少年は……』

 この連載では、1980年代に話題になり、今は書店で手に入りにくくなっている作品を紹介していきます。

 斉藤洋は、1986年に『ルドルフとイッパイアッテナ』でデビューし、翌年には講談社児童文学新人賞を受賞するなど、一躍人気者になります。デビューから2年後の6冊目に出版したこの作品も、それまでの作品同様に、独特のユーモラスで饒舌な文体を駆使してサービス満点。徹頭徹尾、面白く読ませる仕掛けが満載です。

 まず、虎についての色々なウンチクが披露されます。虎は8から10種類いて、ベンガル虎は、インド虎ともよばれ、ネパールからインド、バングラデシュに棲む、など…。そしてベンガル虎の男の子は、生まれてすぐには名前をつけてもらえません。女の子は名前がつけられますが、男の子は親元を離れて長い冒険の旅をしてからでないと名前がつかないのです。だから主人公は、作中ではずっと「少年」と呼ばれているのです。

 少年の父さんは、そろそろ名前をつけなくてはと考えますが、少年は旅に出る気がまったくありません。母さんは、父さんみたいに、強くて女の子にもてる立派なベンガル虎にならなくちゃと、少年を急き立てます。少年は、しぶしぶ旅立ちの儀式を受けて、住み慣れた洞窟を出て長い旅に向かうはめになるのです。

 最初の晩、ひとりで森の中に住んでいる母さんの従弟のおじさんに出会い、中国には、ためになる話や面白い話がいっぱいあると聞きます。サルとカッパとブタのオバケを連れて旅した坊さんの話に興味を持った少年は、ためになる話はともかく、面白い話を聞きたくなって中国を目指して旅を続けます。

 父さんから、人間がいちばん危険だから気をつけろと言われていたけど、遊牧民の小さな女の子に「あ、虎ちゃんだ。かわいいっ!」と、ミルクをもらって仲良くなります。女の子はなぜか虎と会話ができるのです。それを見た女の子の父親はびっくり仰天しますが、女の子のおじいちゃんも少年の話を理解できるのです。人間でも、世俗に染まっていない子どもと、長い人生を経験して達観し我欲も捨てた老人が、動物と言葉が通じるというのもなかなか含蓄が深い設定です。

 面白い話をいっぱい知っているという竹林の七賢人を探して旅を続けていく途中で竜の双子と出会ったり、三人組の悪者に竹林を追われて、いっそのこと虎に食われて死んでしまいたいと思っている竹細工師の老人に出会ったり。

 双子の竜と協力して、老人に死を思い留まらせようと三人組を撃退するなど、少年の冒険は意外な展開をしますが、果たして少年は無事に洞窟に帰り、父さんから名前をつけてもらえたのかどうか?

 少年の奇想天外で通過儀礼的な自立への修行の旅は、まさに抱腹絶倒。抜群の面白さとおおらかな笑いの底には、現代文明や社会常識に対する批評精神がこめられているようにも読みとれます。それは、作者の強かな人間観察力から紡ぎ出されたもののようでもあります。

『ベンガル虎の少年は……』
斉藤洋 作
伊東寛 絵
初版 1988年
あかね書房 刊

文:野上暁(のがみ あきら)
1943年生まれ。児童文学研究家。東京純心大学現代文化学部こども文化学科客員教授。日本ペンクラブ常務理事。著書に『子ども文化の現代史〜遊び・メディア・サブカルチャーの奔流』(大月書店)、『小学館の学年誌と児童書』(論創社)などがある。

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」 2023年5月/6月号より)

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