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「怖い+可愛い化け猫・妖怪ワールド」石黒亜矢子『ねこまたごよみ』

 コロナ禍で、広く知られるようになった妖怪アマビエ。江戸時代の摺物には、肥後(現代の熊本)の海に現れ、6年間の豊作とともに疫病の流行を予言し、疫病の流行時には自分の姿絵を見るように託宣した、と紹介された妖怪です。災害や疫病など人知を超える災禍に見舞われたとき、古人は神力とともに、異界の存在を思い描き、納得したり慰められたりしたであろうことは想像に難くありません。妖怪や異形の絵と言えば、室町時代の「百鬼夜行絵巻」以降、江戸時代には曽我蕭白、鳥山燕石、河鍋暁斎、近くは『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげるがいますが、現代の絵本作家には石黒亜矢子がいます。

 『ねこまたごよみ』は、何百年も生きると言われる化け猫「猫又」一家の歳時記。ちなみに、「猫又」は生き物を次々に殺して富士山を追放され、富山に巣くい、そこでも殺生をしつづけたこの上もなく強い伝説の化け猫に由来したもの。でも、この絵本の猫又たちは、猫の目は少し怖いけど、愉快で可愛い仲間たちです。ねっこんしき(結婚式)、ねっこんりょこう(新婚旅行)、五つ子誕生から子育ての一年など、猫又界の諸行事が展開します。尾が二つに分かれたたくさんの猫又と不気味な妖怪たちが、カーニバルやらお花見や盆踊りやらを賑々しく繰り広げます。

 とは言え、油断はできません。画面には、恐ろし気な鬼や龍、大蜘蛛や大入道に海坊主、地獄の釜から顔を出す閻魔や猫を呑みこむ蝦蟇など、伝承の妖怪はもちろん、石黒のオリジナル妖怪まで、ぞろぞろ。

 石黒亜矢子は1973年、千葉県生まれ。幼い頃から絵を描くのが好きで、いつも絵を描いていました。ディズニーや手塚治虫やサンリオ、兄弟が読んでいた少年漫画で出会った諸星大二郎等々と幅広い。専門学校に進んでデザインを勉強しますが、20代ではアルバイトをしながらも部屋に篭りがちで、色々なことを妄想していたとか。糸井重里氏との対談でも、「次、生まれ変わるとしたら、虫だったら何がいいかな、とか」考えていたと語っています。その頃の妄想がこの画家を育んだのでしょう。

 絵は独学。だから、「自分で考えて描くしかない」と、ひたすら描きに描き…。その後の個展がきっかけとなって、『平成版 物の怪図録』(2001年 マガジンハウス)に繋がりました。それが石黒の初出版です。画材の選び方も分からず、様々な画材を試行錯誤。でも、線描は和紙に墨が、目下一番描きやすいと。線の柔らかさの秘密がそこにあります。

 石黒は細密な妖怪画も手掛けていますが、そこには、江戸の妖怪画家たちに通ずるものを感じます。一方、絵本では、「めざせ! かこさとし」だと…。『ねこまたごよみ』は、自作の中でも描き込みが多い絵本だといいますが、画面に色々なものをいっぱい描き込むところは、『だるまちゃんとてんぐちゃん』等を思わせます。石黒亜矢子のコワ+カワイイ世界は、ちょっとクセになりそうです。

『ねこまたごよみ』
石黒亜矢子 作・絵
2021年
ポプラ社 刊

文:竹迫祐子(たけさこ ゆうこ)
いわさきちひろ記念事業団理事。同学芸員。これまでに、学芸員として数多くの館内外の展覧会企画を担当。財団では、絵本文化支援事業を担い、欧米のほか、韓国、中国、台湾、ベトナム等、アジアの国々での国際交流を展開。絵本画家いわさきちひろの紹介・普及、絵本文化の育成支援の活動を担う。著書に、『ちひろの昭和』『初山滋:永遠のモダニスト』(ともに河出書房新社)、『ちひろを訪ねる旅』(新日本出版社)などがある。

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」
 2023年7月/8月号より)


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