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三十三年目のレンコ/『お引越し』(ひこ・田中作)/文:西田俊也

 『お引越し』との出会いがなければ、ぼくは児童書を書くことはなかっただろう。
 
 平成の初めの日曜の朝、新聞書評欄の「子どもの本」コーナーに『お引越し』が載っていた。

 関西弁で書かれた、小6の少女の話らしい。ぼくは関西弁で書いた小説でデビューしたので興味がわき、本屋の児童書の棚で手にとった。

 『お引越し』とは、少女の引越し体験話ではなく、彼女のお父さんだけが「お引越し」したという話だった。というのは、両親が離婚したからだ。少女はそのことを、「お引越し」ととらえ、大人たちをふくむ身の回りの出来事をながめていく。関西弁(正しくは京都弁)がシビアな状況や心のうちを、やわらかく、ときにユーモラスに伝えていく。

 「子どもの本」棚に置いて、「大人たち」の目に触れないのはもったいない。会う人ごとに、最近こんな面白い本を読んだといって回るうちに、作者を知ってます、という人に会った。ぼくは作者に手紙を送った。

 それから33年。久しぶりに読んだ。

 子どもを持つ親の離婚を見る世間の目は変わった。あの頃はひとり親家庭はまだ少なかった。大人たちは、子どものほんとうの気持ちなど見つめず、かわいそうにといった目線を送りがちだった。子どもはそれを敏感に受け止め、自分の気持ちをたくみに装い隠した。

 この小説はそこにくさびを打つように、そんなん、ほんまはいろいろあるんえ、と軽やかに語った。

 当時は父親のお引越しだけに目を奪われて読んでいたけれど、少女自身の心のお引越しの物語だったことにも気がついた。最初はトラックの荷台に載ってお父さんの引越しを手伝った「レンコ」は、ラストでは一人でバスに乗ってお父さんの住む場所に向かう。この小説はそういった行動を語る中で、名字の「移動」や、生活の変化もうまく織り込んでいる。

 当時、こんな子ってほんとうにいるのかなと思って読んだことも思い出した。でも今回は、こんな気持ちを持つ子はふつうにいるだろう、そしてなによりもこの小説の中に、この子は今もしっかりのびやかに生きている、と思った。

 出版当時読んだ子どもは、今では大人だ。もう一度読み、自分の成長や時間を感じてほしい。児童書って、そんな楽しみ方ができるんだ。

 ひこ・田中さんは初めて会ったとき、ぼくに児童書を書きませんかといった。児童書は、推理小説や歴史小説があるように、ジャンルのひとつと思えばええのやで、と。

 その通りだった。そして子どものときと大人になったとき、少なくとも二回読めるお得な小説なのだとも思う。子どものときに読んだ本なんてもういらないよと捨てたりしないで、とっておいてほしい。その本はきっと何十年かしたあと、あなたにもうひとつの物語を届けてくれる。もしかすると「子ども」に渡すこともできるだろう。

 ぼくはこの本とひこ・田中さんとの出会いに、とても感謝している。

『お引越し』
ひこ・田中 作
福音館書店
(初版1990年福武書店刊)

文:西田俊也(にしだとしや)
奈良市生まれ。作家。マンガ原作、作詞、映画脚本なども手がける。
作品に『ハルと歩いた』『12歳で死んだあの子は』『夏に、ネコを
さがして』(以上、徳間書店)などがある。

(徳間書店「子どもの本だより」2023年7月/8月号より)

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