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カメラを止めるな!に学ぶ「拡散」より凄い「感染」のヒミツ

この記事は2018年12月9日に東洋経済オンラインに寄稿した記事の転載です。

2018年もあと1カ月を切り、平成最後の流行語大賞やヒット商品番付が次々と発表されています。

今年も、オリンピックや安室奈美恵さんの引退など、さまざまな話題がありましたが、1年前の段階で誰も想像できなかった大ヒットと言えば、やはり映画『カメラを止めるな!』と言えるのではないでしょうか。

なにしろ本来、『カメラを止めるな!』の制作は2017年。監督&俳優養成スクール・ENBUゼミナールのシネマプロジェクトというワークショップで生み出された作品です。2017年11月には6日間の限定公開がされていますが、この段階では当然、全国公開はもちろん、本公開も確定していない状態だったと聞きます。

監督や出演者の方々も、公開後の反響に驚いたと話されていますから、当然昨年の12月に、この『カメラを止めるな!』の大ヒットを予想できた人はいないはずです。

2018年の6月にミニシアター2館で公開された映画が、あれよあれよという間に累計300館以上で公開され、観客動員数は200万人を突破。興行収入はヒットの目安とされる10億円を大きく上回って30億円を超え、このままいけば『劇場版ポケットモンスター』や『未来のミライ』『レディ・プレイヤー1』など並み居る定番映画や大作を抑えて、2018年の年間映画興行収入ランキングのトップ15に入る勢いだと聞きますから、凄まじいことです。

なぜ『カメラを止めるな!』はここまでの大ヒットになったのでしょうか?

そんな議論を、先日DVDと同日に発売された『カメラを止めるな!』のファンブックの企画で、さとなおこと佐藤尚之さんと対談させていただく機会がありました。

ここでは、ファンブックに紙面の関係で載せきれなかった細かい個人的な印象も含めて、ご紹介しておきたいと思います。

この映画が広まったポイントを表現するうえで、重要なキーワードと言えるのが「拡散」ではなく「感染」なのではないか。

そう、さとなおさんが、何度も繰り返し強調されていたのが、タイトルにも書いたこの「感染」というキーワードです。

いわゆるバズマーケティングとかバイラルビデオ。バズを起こす、拡散させたい、というフレーズは、ソーシャルメディアのマーケティングやクチコミの企画をするときに、よく使われるキーワードです。

このバズや拡散という言葉がイメージしているのは、ツイッターなどのSNSで一斉に大きな話題が巻き起こる現象。

多くの企業やメディアがネット上で狙うのも、話題の拡散。おもしろ動画を作ってみたり、話題になる企画を実施してみたり、それによってクチコミで大きく話題が拡散されれば、少ないコストでも大きな話題を生み出すことができる、というのがソーシャルメディア時代の1つの可能性ではあります。

ただ、この「拡散」というのは、一般的には一時的な話題として、短期間で終わってしまうのが通常です。

大きな注目を集めた話題にしても、炎上ネタにしても、日大アメフト問題のように次々に燃料が投下されない限り、通常は1週間もすれば忘れられて世の中は次の話題に注目するようになります。

大抵の大作映画の話題も、公開初日は多くのメディアが取り上げて話題になるかもしれませんが、通常は公開日がピークで後は落ちていくだけ、という曲線をたどるのが通常です。

ところが、『カメラを止めるな!』はまったく逆の曲線をたどりました。

公開当初の2018年6月には一部の人にしか注目されていなかったのに、日に日に話題が大きくなっていくという、まさに感染による”ポンデミック”現象を巻き起こしたのです。

この強烈な感染力はどこから生まれていたのでしょうか?

まず、映画のコンテンツそのものの完成度が非常に高く、感染力が強い作品であったことは間違いありません。

一般的にネット上で大きく拡散する話題には、3つの要素が含まれていることが多いと考えています。

■サプライズ
これはいちばんわかりやすいでしょう。

驚きがあるからこそ人に言いたくなるものですし、SNSでのシェアやリツイートのきっかけになります。

驚きの要素は、怒り、喜び、悲しみなどさまざまなケースがありますが、『カメラを止めるな!』がサプライズに満ちあふれた作品であったのは間違いありません。

■ネタバレ厳禁
最近ネットのクチコミで話題になる映画で多いのがこのパターンです。

ある意味サプライズの延長ではありますが、その内容自体を他の人に言えないのがポイントです。『シン・ゴジラ』『君の名は。』の大ヒットは典型でしょう。ネタバレできない映画だからこそ、相手が映画を見てくれたら映画の話題で盛り上がれるのに、というパターンは、『カメラを止めるな!』でも見事にはまったと言えます。

■判官贔屓
これは話題を拡散する要素というよりは、応援しようという気持ちを強化する要素です。

一般的には超巨大企業よりも、小さな会社の方が。
超有名人よりも、身近なアイドルの方が。
より応援してあげなければ、という気持ちになりやすいという傾向がクチコミにも明確にあります。

今回の『カメラを止めるな!』は何しろ制作費300万円で、当初は大手の配給会社も映画館もバックについていませんでしたから、典型的なケースと言えるでしょう。

『今回のカメラ止めるな!』は、この3つの要素が惑星直列のようにきれいに重なっている映画だったと言うことはできると思います。

ただ、個人的に今回の『カメラを止めるな!』の大ヒットの要因を、映画自体の完成度だけに置いてしまうのは本質を見誤るようにも感じています。

おそらくこれまでも、ミニシアターで公開された作品の中に、『カメラを止めるな!』に勝るとも劣らない完成度の映画は数多くあったはずです。

海外で受賞して話題になった作品も多数ありますし、多くの映画監督や関係者の方々が、「自分の作品はもっと評価されるべきなのに」とか「見てもらえさえすればわかってもらえるのに」とか「大手映画会社の作品だったらヒットしただろうに」と思っている人も少なくないのではないかと思います。

もしくは逆に、「『カメラを止めるな!』は上田慎一郎監督のように天才の監督が作った作品だから、今回のような奇跡が起こったのであって、天才でなければこんなことは無理だ」と考えるかもしれません。

もちろん、『カメラを止めるな!』が作品として素晴らしかったのは間違いありません。

ただ、いろいろ話を聞いてみると、実は今回の大ヒットが作品の力だけで自動的に生み出されたものではないという事実が見えてくるのです。


ちょっと時計の針を巻き戻してみましょう。

『カメラを止めるな!』が6日間の限定公開されたのは2017年の11月。

ある意味、2017年の作品としてそのまま知る人ぞ知る名作として終わっていてもおかしくなかった作品が、この11月の公開での反響を起点として、2018年3月にはゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018で三冠を受賞。4月のウーディネ・ファーイースト映画祭では観客賞2位を受賞するなど、映画賞を次々に受賞。

6月には、ついに正式に公開されることになるわけです。

ただ、今となっては信じられない話ですが、この6月の段階で『カメラを止めるな!』を公開した映画館は、新宿K's cinemaと池袋シネマ・ロサの2館だけ。

しかも当初は3週間の公開期間という前提で、目標の集客人数は5000人だったそうです。K's cinemaの席数が84で、シネマ・ロサが200弱のようですから、実はこれでも公開前の監督や関係者の方々からすると高い目標だったと聞きます。実際に、これまでのENBUゼミナールでの最高記録が6000人だったんだとか。

この時に上田監督をはじめ、関係者が持っていた宣伝手段は、チラシ5万枚と、ツイッターとウェブサイトだけ。

通常の大作映画であれば、シネコンに映画を見に行った時に、ほかにやっている映画のポスターも目にしますし、今後公開される映画の予告で公開時期を知るはずです。さらにもっと大作映画であればテレビCMを流すでしょうし、情報番組で公開直前に紹介してくれるでしょう。

でも、『カメラを止めるな!』はミニシアター2館だけしかないので、そういう「普通の」映画で使われている販促手法は一切使えないわけです。

そこで上田監督と関係者の方々は、自分達が持っている手段とクチコミを最大化する方法を全力で考え、試します。

まずは、チラシをとにかく色んなところに配ったそうです。

普通の映画でやるように、公開される映画館に山積みで置いておくのではなく、カフェとか本屋とか、普通だったら映画のチラシを配らないようなところにもお願いして置いてもらったそうです。

ダメもとで、シネコンにも行ってスタッフの人に配ったり、ドン・キホーテにも行ってみたりしたそうです。しかも、公開される映画館のある新宿と池袋だけでなく、下北沢とか渋谷にも遠征したんだとか。

それぐらい関係者が、多くの人にこの映画を見てほしいという思いが強かったことがよくわかります。

さらに宣伝活動を、単なる「宣伝」ではなく「エンターテイメント」にしようと、いろんな仕掛けにトライします。

例えば、公開までの60日を関係者60人でツイッター上でカウントダウン。自然と、このカウントダウンも大喜利のようになっていったとか。

また、関係者全員にできるだけツイッターアカウントを作ってもらい、映画に対する思いをつづったり、映画に関する投稿をしている人をエゴサーチして見つけて、発言にいいねをしたりコメントしたり、を関係者みんなでやったそうです。

最初の頃に映画を見に行った人が、映画の感想をツイッターに投稿して、監督や俳優の方々がいいねをつけてくれたら、驚くし、感動する人は少なくないはずです。

上田監督が、WEBグランプリの贈賞式の受賞挨拶で「毎日毎日見てくれた方の感想ツイートに、ありがとうという気持ちを込めて、スタッフ総出でいいねを押していくのを1年間ずっと続けてきた。全員のいいねの数を数えたら100万回を超える。その100万回のありがとうが起こした奇跡なのかなと思っている」と話されていたのが非常に象徴的でした。映画の公開後には、毎日のように舞台挨拶も続けられています。

通常の映画の舞台挨拶は、せいぜいやっても公開初日とか記念日だけだと思いますし、写真撮影が禁止されるケースも多いでしょう。

一方、『カメラを止めるな!』においては写真撮影OK。OKどころか積極的に関係者が観客と記念撮影をして、ツイッターへの投稿もお願いしていたそうです。

『カメラを止めるな!』ファンブックには、公開当初はまだ観客の入りが良くなかった池袋シネマ・ロサで、舞台挨拶でのある出来事がきっかけで満席になるようになっていったという逸話が紹介されていますが、こういう一つひとつの地道な取り組みが着実に感染者を増やしていったことがよくわかります。

実は、『カメラを止めるな!』のヒットの陰には、こうした映画関係者の方々の一つひとつの努力の積み重ねがあるのです。

メディアコンサルタントの境治さんによると、実は公開初日の昼間の回を満席にしたのは、新聞の映画評を読んだ年配映画ファンだそうです。

満席になったせいで見に来た若い層が入れず、入れなかったことをツイッターに投稿するので、この投稿がまた話題になります。

映画の話題が話題になったおかげで、7月14日にはチネチッタ川崎が一番大きなホールを『カメラを止めるな!』のために開けてくれて上映が始まります。

当然『カメラを止めるな!』の関係者はチネチッタでも舞台挨拶をするわけですが、まさかシネコンで上映できると思っていなかったので、感動で泣いてしまった人も多かったそうです。

6月23日に公開された『カメラを止めるな!』を、すぐに大手配給会社のアスミック・エースが配給するようになったのは、7月1日にアスミック・エースの事業担当者が話題になっていた『カメラを止めるな!』が気になっていて見たからだそうです。

アスミック・エースの担当者がTOHOシネマズに売り込み行ったら、チネチッタ川崎が盛況だということも後押しして、8月の夏休み映画のピークに、TOHOシネマズで『カメラを止めるな!』が多数放映されるという快挙が実現するわけです。

映画の公開前から公開後にかけての、上田監督を中心とした関係者の方々の一つひとつの努力が、一人ひとりの観客の熱量を高め、感染の確率を少しずつ高め、感染のスピードをちょっとずつ速くしていったと言えるのではないかと感じます。

もし、『カメラを止めるな!』の関係者60人全員が努力せず、映画の宣伝をプロデューサー一人に任せっぱなしにしていたら。

映画のコンテンツ力だけに任せて、5万枚のチラシをいろんなところに配らず、ツイッターでたくさんの投稿やいいねやコメントをしなかったら。

毎日のように誰かがどこかで舞台挨拶をして、自分たちの映画に対する思いを一人ひとりの観客に伝える努力を怠っていたら。

どこかで何かの偶然の連鎖がつながらず、6月公開の映画が、7月にシネコンで公開され、8月にはTOHOシネマズで全国展開という奇跡にはつながらなかったかもしれないのです。

『カメラを止めるな!』から学べるのは、面白い映画がクチコミで自然と拡散するようになった、という表面上の現象ではなく、面白い映画を奇跡の大成功に導いたのは、映画関係者の一人ひとりの地道な努力によるエネルギーの感染だ、ということです。

カメラを止めるな!の大ヒットは、たまたまの運や偶然による産物ではなく、関係者1人1人の地道な努力による必然だった、と考えるべきです。

皆さんは、予算がないとか、人手がないとか、マーケティングや広報専門の人がいないとか、言い訳をしてしまうことはありませんか?

「自分は、カメラを止めるな!の関係者ぐらい全力で、この作品を世の中に伝える努力をしているだろうか?」

これから全ての映画関係者だけでなく、コンテンツクリエイター、そして企業のマーケターは、自分にこう問いかけるべきなのではないかと思います。

この記事は2018年12月9日に東洋経済オンラインに寄稿した記事の転載です。



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