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「週刊文春」と大人の事情 オレらの親分5

 部屋の隅っこで、鉄がなんだか不機嫌な様子だった。

「鉄、どうしたんだ」

「兄貴、週刊文春を読んでるんですけどね」

「すごいじゃねえか。そうかお前も、社会人としての自覚がでてきたんじゃないのか。オレたちも実話ものばっかり、読んでちゃいけねえやな」

「ええ、そうなんですけど。そんな立派なことでもないですよ。友達から聞いたんですが、ある時、その文春記者が東北のJRのスキャンダルをつかんだそうです。
 ところが、上から止めとけといわれて、ボツになったんです。どうしてかといわれたら、そんなことしてみろ。駅のキオスクから、そうスカンされて、雑誌を置いてもらえなくなる。そう言われたって。
 まったく、テレビに出てくる評論家やタレントみたいじゃないですか。テレビ局やプロデューサーの顔をうかがって、コメントするのと変わってませんよ。じっさい」


「それが大人の事情ってもんよ。新聞雑誌、テレビ。いろいろソンタクして生きているのさ。大きい組織になればなるほど、社員を養って行かないといかん。それから、報道される政治家や官僚も考える。築地の汚染されてないところに、立派な新聞社。汚染されている土地の上に移転して、われわれの市場を作ろうってんだから。
 それにオリンピックのマラソン、アメリカのテレビ中継にあわせて、日中の暑い時にやるってんだよ。文句言わせないために、テレビ局や新聞社をオリンピック協賛させ、儲けさせているんだ。ひどいもんさ。あんな暑い時間にマラソンやってたら、死んじゃうようよ。そんなのじぶんに関係ないと思ってんだな」

「そうなんすか。ひどい話ですね。オレたち以上ですね」

「そう、オレたち以上。オレたちは怖い顔して、悪いこともする。けど、あいつらは紳士ずらして、平気で悪いことする。どっちもどっちだけど、言行一致しているだけオレたちがマシかな。
 それに数年前、オレがファンだった理系女のオボカタちゃんをいじめやがって。テレビのコメンテーターは、みんなテレビ局のまわし者。テレビ局に利害ないから、タレントも顔をうかがって平気で言うし、出てくる評論家も理研にお世話になっている者ばかり。しゃべる前に何を言うか、すでに決まってるわけ。
 あたし、ジャニーズ事務所の顧問になりました、と彼女がひとコト言ってみな。そうしたらとたんに、奴ら、あたふたするだろうなと思ったね。弱い者いじめばかり、しやがって。
 強い者になびくのは、生きている動物の常といっても、どうだろう。オレたちもえらそうに言えねえけど、どんなもんかね」


「それじゃ、いったい何を信じて生きて行けばいいんですか。信じるものがなければ、この世は闇じゃないですか」

「そんなこと言われてもなあ。オレはお釈迦様じゃないし、親分に聞いてもらわないとわかんない。このご時世、わかんないことばかり。ただひとつ言えるのは、本音を見るってことだな。さっき言った、大人の事情抜きでね。
 今回の風邪ウィルスのおかげで、政治家や評論家は大恐慌が来るとか、国際的大混乱が来るといってるけど、どんなもんかね。本当の専門家はちゃんと見てるよ。株価がどうなっているか、見てるんだ。
 ウィルスは大変、関係しているところはホント大変。でも株価が、本当に大暴落しているかい。じぶんに関係すること、お金に関係することに対しては、じつにシビアに見ているんだ。建て前や理想で動きはしないんだ、さっきの文春みたいにな。見ていてわかるだろう、そんなもん」


「そんなもんすかね」

「そんなもんだよ」


            ○


 二人は話がひと段落したのか、のんびりタバコを吸って、くつろいでいた。やおら鉄は立ち上がって、向こうの方へ行ったと思ったら、しばらくしてコーヒーを作って戻って来た。
 おっ、ありがとう。そういって、兄貴は持ってきたコーヒーに口をつけた。いくらオレが兄貴ブンだと言っても、この頃はちゃんとサンクスを言わないとな。そうだろう、鉄。へい、と鉄はいやに神妙そうに答えるのだった。


「でも兄貴、どうしてふつうのインスタントじゃなくて、本式なドリップ式のコーヒーを飲むんです」

「バカやろ。いつ何どき別荘暮らしがあるかわからないのに、シャバにいるときぐらい、贅沢したい。それだけだよ。特に食べ物はそうなんだよ」

「わかりやした」

「ところで、鉄。お前、競馬やるのか」

「いや、全然ダメですね。負けてばかりです。えっ、おいらに馬、まかしてくれるんすか」

「まあ、そのうちにな。そうじゃなくて、じつはダナ、この前、電車に乗ってたんだよ。休日の昼さがりの頃。そしたら、ドアが開いて、若いカップルが乗り込んできたんだ。通路をはさんで、二人がオレと対峙するようにすわった。
 女の子がオレの前に、若い男は横にすわって、なぜか競馬新聞を持って頭をかかえこんでいた。女が前を向いて、オレを見つめるようにすわったんだ。
 突然、女が何を思ったのか、オレの方を見て怒った顔をして、あなたのことがわからないわ。そう言うんだよ。オレは、一瞬ぎょっとして、オレにそんなこと言われても、と思ったんだ。すると、隣の若い兄ちゃんが言うんだよ。おれは、馬の気持ちがわかんないよってね。オレはおもわず顔には出さなかったけど、腹の中で笑ったね。なっ、おもしろいだろ」


「別にそうでもないですけど。最初の大人の事情とは、あまり関係ないすよね」

「まあな、だがよくできた話だと思ってな」

「そういうもんすかね」

「世の中って、なんだかんだいって、うまく調和してできあがってんだ。おっと、親分のお出ましだ。この続きは、あしたの心だ」

「兄貴は、ホントに古いギャグが好きだな。この文章を読んでる人、わかるのかな。心配だよ」






































 
























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