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「君たちはどう生きるか」によせて、今一度「風立ちぬ」を語る。

話題の宮崎駿監督最新作「君たちはどう生きるか」を視聴してきた。
公開中の映画であるため内容への言及は慎ませていただくが、実に素晴らしい名作がまた一つ誕生したように思う。御年82歳にしてのあの創造力は実に恐れ入る。個人的にはウォルトディズニーやジョージルーカスらと伍しても決して劣ることのない世界を代表する名監督の一人であると思う。

そして今こそ、氏の前作である映画「風立ちぬ」について語ろうと思う。
名作であるため粗筋の紹介は省略させていただくが、私は人生でこれまでに観た映画の中で本作を最も好んでいる。本作を愛する理由は山ほどあるが、中でも最大の要因は「創造的人生の持ち時間は10年」と言う言葉にある。
これはカプローニが二郎に言った台詞であるが、この言葉は私の社会人人生に余りにも大きな影響を与えた。

「創造的人生の持ち時間は10年だ。芸術家も設計家も同じだ。君の10年を、力を尽くして生きなさい。」

私はしがないクリエーター風情であり、他者と比べ取り立てて優れている訳でもなんでもないが、それでも一端のプロとしての矜持を持って全力でデザインなどに取り組んでいるつもりである。企画を立てたり、デザインを起こしたり、映像を作るなどを生業としているのだが、デザイナー人生を歩む上でこの言葉は13年の公開当時、私にとって実に多くの事を教えてくれた。

10年と言うのはあくまでも氏による比喩であり、人によっては5年であったり20年であったりすると思うが、要は創造力とは有限であると言う事と、栄枯盛衰の無常を教えてくれおり、これは全くもってその通りだと私は痛感して来た。
明らかに脂の乗ったキレのあるクリエイターやプランナーをこれまでに多く見た一方で、逆に賞味期限が切れ誰からも相手にされなくなり過去の実績に縋り付く哀れなベテランも同様に見てきた。また私自身創造性の様なものを、他人から必要とされある程度の評価を得て来た一方で、それが何時迄も自動的に持続するようなものでは決してない事を、やがては枯れてしまう、旬があるものである事を心のどこかで自覚している。

本作はものづくりを行う全ての者に対して、それが芸術的であろうが、商業的であろうが、ものを作り出す力とは有限で永遠でない事、なればこそ限りある時の中で努力し、力を尽くさねばならないと言う事、夢が叶わずとも、失敗し儚く散ろうとも、それでもその道を真っ直ぐに歩んで行かなければならない道程の困難さを、美しき恋愛劇と共に教訓として描いている作品であると私は理解している。

また公開当時、非難の嵐を呼んだ「結核患者の菜穂子の横でタバコを吸う二郎」についても言及したい。言わずもがなだが副流煙は健康に害があり、批判は正論である為、意見を否定しようと言う気は無いのだが、そうした批判姿勢は本作の正しい見方では無いように思うのだ。
二郎と菜穂子は一分一秒を何よりも大切にしていた。菜穂子の身体を慮るのであれば、二郎は仕事を辞め、病院に付ききりになるのが正しい行動なのかも知れないが、二人はそうした選択をしなかった。二郎は限りある創造的人生を全力で生き、菜穂子は二郎のその人生にこそ最愛を持って寄り添った。

いつかはその火が尽きる事を覚悟しながら、二郎は最後まで夢を絶やさずに生き抜き、菜穂子は最後まで美しいままの姿で愛に生きて死んだのだと思う。
音も立てず消えるように二郎の元を去った菜穂子に対し、黒川夫人が「美しいところだけ、好きな人に見てもらいたかったのね。」と言うシーンは何度観ても涙が溢れる。
タバコは身体に悪いと言う正論など軽く飛び越えた地点で「仕事をしている二郎さんを見るのが一番好き。」と菜穂子は言った。

数ある名作映画に登場するヒロイン達の中でも最も美しい女性だと私は思う。菜穂子の人物像は宮崎氏の目線による、男の手前勝手な女性観の押し付けである所が多分にあるとは思うが、可憐で奥ゆかしく、儚くそして健気な彼女の生き様には、大いに胸を打たれた。瀧本女史の名演にも喝采を送りたい。

愛する者を失い、そして二郎が設計した飛行機は全てが潰え、一機として戻って来なかった。
希望を持ち続ける事の困難さに比べて、絶望に身を浸すことは余りにも容易い。然し悲しくとも辛くとも、然りとて人は生きねばならぬと言う事を本作は、ものづくりへの情熱を絶やさずに夢を追いかけた男の半生を通して描いた、後世に残すべき名作映画であると思う。

私は彼此20年、デザインと言うものに向き合って来た。私の持ち時間は後どれくらい残っているだろうか。とっくに期限が切れているかも知れないし、未だそんな大層なものは始まってすらいないと言う可能性さえある。
願わくは、試合終了の笛の鳴ることのないロスタイムの中で、力を尽くし踠いて行きたいと思う。

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