キシが物を投げはなし

キシが物を投げるはなし

名前は岸田勝(きしだまさる)、通称キシ、という。
表札を見たので、キシは一人暮らしであることは間違いない。
ほかの誰も名前がなかった。

キシの見た目は、いわゆるキチガイではなかったし、
地域住民からも愛される「街の聖者」という風情ではなかった。

キシは、すぐキレる、しかもキレる様が面白いということで、
近所の子ども達におちょくられていた。

まあ、はっきりいって僕らが悪い。

キシを見かけると、かかってこいよみたいなことを言っては
走って逃げていた。
中学生の子どもたちに、追いつけるべくもないキシは、
そこでかならずブチキレて、物を投げた。

道路に落ちている小石、ポケットから出したライターが定番で
ときには、人の家の植木鉢を投げたりしていた。
僕は道路工事現場の脇に置いてあったカラーコーンを投げられたこともあるけど、
1メートルも飛んでいないと思う。
ようするに、子どもに馬鹿にされて、
腹立ち紛れに物にあたっているという状態だ。

唐突で恐縮だけれど、
実際にあったことなので理解してもらいたい。
ある日キシの家が火事になり、全焼した。
小さい木造モルタルの2階建ての家は、
界隈に煙と、化学薬品が焼けたような臭いをまき散らして役割を終えた。
見事な全焼で、ところどころに、黒こげた柱が立っている以外は、
真っ黒な灰と、焼けきれなかった家電製品が溶けているだけだった。

そして、キシが焼死したという記事を、僕らは見た。

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