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『シン・ゴジラ』/世文見聞録110【5部作映画談】

「世文見聞録」シーズン2。川口世文と木暮林太郎が11月3日の『ゴジラ-1.0』公開に向けて、シンプルに『ゴジラ』というタイトルがついた映画を「5部作」として括って、1作ずつ語っていきます。

○『シン・ゴジラ』について(ネタバレ注意!)

川口世文:『シン・ゴジラ』というタイトルを最初に見たときはかなりイヤな予感がしたんだけど、見事なまでにその不安はくつがえされた。

木暮林太郎:「予想は裏切るが期待は裏切らない」──私の好きな言葉です(笑)

川口:何をやって何をやらないかというポリシーがしっかりしていたことが勝因か? 政治家と官僚と自衛隊しか出てこないというのは徹底している。

木暮:「太平洋戦争」と1954年版、「東日本大震災」と『シン・ゴジラ』──そもそも公開されたタイミングからしてよく似ている。

川口:作品が成立する背景まできちんと組み立てた形になったわけだから、これまでのところゴジラのリブート作品としては最強だ。

木暮:もちろんあえて削ぎ落した部分もあるから、その反動も当然起きるだろうな。

川口:確かに『三丁目のゴジラ』──じゃなくて『ゴジラ-1.0』では、予告編を見るかぎり、“虫の目”視点がありそうだからなぁ。

木暮:「朝ドラ」のキャスティングとかぶっているからますますそういう印象が強いんだ。

川口:『シン・ゴジラ』に話を戻すと、前にも話したとおり、①「家族や恋愛」を描かない。②「初代ゴジラ」が存在した世界にしない。③「超兵器」を登場させない──の3つの「NO」があった。

木暮:人類がはじめて出会ったゴジラを描いたわけね。だから、どんどん「形態」が変化していくアイディアも取り入れられたんだな。

川口:あれが最初の驚きだった──“蒲田くん”

木暮:オキシジェン・デストロイヤーもスーパーXも出てこないという意味ではいちばん人間が頑張った(笑)

川口:もちろん完全にリアルというわけじゃないけど、「原発事故」からわずか5年の時期だから、ゴジラは冷却される必要があったし、相当に説得力のある描き方が求められた。

木暮:東京のど真ん中でゴジラが“凍りついて”終わりというラストもよく考えればすごいな。事故を起こした原発を東京に持ってきて、さあ、これからどう共存していきますか?って問いかけたようなものだ。

川口:そういう意味で映画としての“完結性”は非常に高いんだけど、一方あれからどうなっただろうとずっと考えさせる作品でもある。

木暮:なるほど、そう考えると『日本沈没』の観たときの感想に近いかも。続編を作ってもそれ以上の出来栄えにはならないってわかっているんだけど、“それから”が知りたい。『日本沈没』は小説の“第二部”が書かれたから、『シン・ゴジラ』も誰か書いてくれないかな?

川口:小説にしちゃうと、あの怒涛どとう「説明ゼリフ」のインパクトが無くなっちゃうんだよな。

木暮:そこがいいんじゃないか、ゆっくり読めるから。

川口:いやいや、そうじゃない。「説明する気のない説明セリフはもはや説明セリフではない」という“真実”におれはこの作品で教えられたんだ(笑)

木暮:何度も観客をリピートさせるための意地悪な作戦だったじゃないの?

川口:まあ、珍しくおれも2回劇場に行ったからなぁ。

木暮:あの“超速ゼリフ”でいちばん得をしたのが尾頭ヒロミを演じた市川実日子で、反対にいちばん割を食ったのがカヨコ・アン・パタースンの石原さとみか。

川口:でも、あの二人がもっと普通のキャラで、英語も自然だったらどうなったと思う? この映画が“フィクション”だと感じさせる要素が一つもなくなっちゃう。

木暮:そういう効果を狙っていたとは思えないけどな。

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