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別府市長は大谷翔平グローブを飾りたかったし、僕も大谷翔平トレカを飾りたかった

先日、Yahoo!ニュースを開いてみたら1つの見出しが飛び込んできた。

「物議 大谷グローブを市役所に展示」

あらま。なんとも滑稽な役所があるなと思って開いてみたら、まさかの地元、別府市の話だった。吹き出しそうになった。

コメント欄には「市長の私物じゃないか」「飾るのは本来の趣旨ではない」など批判コメントで溢れかえっている。

別府市長はこれまで、かなりの「やり手市長」として地元でもわりと評判が良かった。事情はあるにせよ、まさか地元の市長がこんな展示をするなんて思わなかった。

市長本人だって、まさかこんな大ごとになるなんて思わなかっただろう。

そう、いつだって「まさか」は突如として訪れる。

かくいう僕もまた、大谷翔平にまつわる「まさか」を年明けに経験した。あまりに恥ずかしい話なので、このまま墓場まで持って行こうとさえしたが、別府市長のしくじりに乗じて、僕もまた懺悔したい気持ちになった。

時は2024年の正月休み。

別府の実家でこたつの中に丸まりながらみかんを食べた後、大晦日に放映されたWBCのドキュメンタリー録画を観ていた。至福の時間だった。

そこで大谷翔平の活躍に感化され、ネットでいろいろ調べていると「大谷翔平のトレカが高額になっている」という記事を見つけた。

トレカ。トレーディングカードの略だ。

世間ではこれがどうも急騰しており、中古市場で数万円は当たり前で、億単位の値段がつくものもあるらしい。

何気なくフリマアプリを開いて、大谷翔平トレカで検索してみると、まぁ、いろいろな大谷翔平トレカが出てくる。

「直筆サイン」「1点もの(1of1)」「ルーキーカード」「旧サイン(大谷翔平はサインの書き方が途中から変わったらしい)」「PSA評価(第三者によるトレーディングカード真贋鑑定)」「bowman」「パラレル」

知らない言葉だらけだ。希少性が高いほど高額になるらしい。中には1枚800万円を超えるものもある。

ぼんやり眺めているうち、すごく素敵なデザインのトレカを見つけた。商品へのいいね数も100を超えている。

世界にたった1枚しかない「1of1」という直筆カード。新品・未使用。金額は数万円。800万円だの400万円だのが闊歩する桁違いのショーケースを見ていたせいで、その金額がかなり安く見えてしまった。(この時点で感覚が少し麻痺してしまっていたことを後悔している)

トレカなんてまったく興味もないし、買う気もなかったが、大谷翔平のトレカを部屋に飾ってみたくなった。

そのカードは彼がまだ今ほど活躍していなかった時代のもので、自分もまたしんどい時に、その大谷翔平トレカを眺めて「こんなところで負けてたまるか」と己を奮起させるイメージが湧いた。(イメージが湧いてしまうということが一番怖い)

コメント欄は一円でも安く買おうと値引き交渉する人たちのコメントで溢れかえっている。

まずい、このままでは、先に買われてしまうかもしれない。しかしトレカに数万円も払うなんて信じられない。けど、一度誰かに買われてしまったら、もう二度とこのデザインは手に入らない。それに、もしかしたらいつか価値が上がるかもしれない。だって「1of1」(1点もの)なんだから。

ついさっき知ったばかりの「1of1」を恥ずかしげもなく脳内再生していた。お酒を飲めない体質なのに正月祝いで軽く飲んで酔っ払ってしまっていたこともあり、気持ちが大きくなっていたことも認めよう。僕はスッと息を吸って、フッと息を吐くように購入ボタンをそっと押した。

・・・そう、悲劇はそこから始まったのである。

購入するなり、いきなり出品者が「購入ありがとうございます!今からすぐに発送してきますので、お待ちください!」と言ってくる。

え、真夜中なのに。。。いや、別に急がなくて大丈夫です、と伝えて返事を待っている間に、発送された伝票番号が伝えられた。

ためしにそのカードをネットで調べてみると、過去にオークションサイトで落札された履歴が見つかった。「1of1」だからこそすぐに特定ができた。そして驚いたのはそこに記載されていた出品情報だ。

「このトレカには一部剥がれている箇所があるので、あらかじめご了承ください」

注意書きとともに、その剥がれている画像が拡大されて写っている。

そんなバカな!僕が買った「1of1」は「新品・未使用」と書いてあったはずだ。傷や汚れがあるなんて一言も書いていない。写真もアップされているが、その剥がれている部分が微妙にわかりづらいアングルの写真だったり、画像に載せたテキスト文字によって、巧妙にその剥がれている部分が隠されたような状態になっている。

でもよく見ると、他の写真は剥がれている箇所がピントのずれた状態でうっすら確認ができなくもない。

僕はあわてて出品者に連絡をした。「念のための確認ですが傷とかないですよね?」というと「目立った傷や汚れはないのでご安心ください」と返ってくる。「新品・未使用ですよね?」と聞くと「はい、新品を引き当ててからずっと大事に保管していました!」という。

傷が目立つかどうかは本人の主観でいかようにも言える。しかしオークションサイトで一度流通している時点でこれは本人が新品で購入したものではない。よく見ると他にもフリマアプリで販売され、誰かが購入した形跡がある。

手垢がつきまくってるじゃないか。怪しすぎる。

しかし「発送後にキャンセルはできない」と言われ「目立たないなりにも傷があるから相場より安くしている」「購入前に質問してくれればちゃんと答えていたのに何も質問しなかったほうが悪い」「写真をよく見れば判断できるはずなのに、気づかなかったほうが悪い」という感じの口調で返ってきた。

逆ギレされてるようで腹も立つが、一方で、相手の言い分も一理あるなと思った。もっと注意深くあるべきだった。

恥ずかしい話、WBCのドキュメンタリー番組に感化され「ちょっと舞い上がっちゃった」のだと思う。

別府市長もたぶん同じだ。本人は元野球少年で、心底大谷翔平が好きだったんだろうなと思うし、良かれと思って市民の皆さんに見せたかったのかもしれないが、やっぱり、どこかで「ちょっと舞い上がっちゃった」んだと思う。

市長はグローブを役所に飾りたかったし、僕はトレカを部屋に飾りたかった。悪意はない。純粋な気持ちだった。しかしグローブもトレカも「子供たちの夢のための贈り物」に違いない。本筋から外れてるのも認めよう。

別府のおじさんたちが、新年早々にちょっと舞い上がって、やらかしちゃったのだ。

ふと、お世話になっている写真スタジオに飾られていた1つの言葉を思い出す。

あぁ、そうだ。必要だったのはこの言葉だ。舞い上がった時には、この言葉を思い出すようにしよう。

結果的にトレカに関しては無事取引をキャンセルできた。

過去のオークション情報を出品者に提示し、相手も急にばつが悪くなったところで、それ以上の真実は追及しなかった。別に探偵ごっこをやりたかったわけでもないし、相手をひざまずかせたかったわけでもない。

不親切な情報開示の仕方に対して謝罪はあったし、カード自体は本物だったかもしれないけど、モヤモヤした気持ちで買いたくなかった。

無事にキャンセルできたあと、能登の震災の全貌が少しずつ明らかになり、これは只事ではない、トレカ1枚に右往左往してる場合じゃないと、お金を寄付に回した。

そして、この時の悔しさをバネに、しんどい時にも気持ちで負けぬよう、年明けからジムに通い始め、ランニングを始めた。

大谷翔平を飾らず、大谷翔平に頼らず、自分の力で自分の価値を見つけていこうと、そういう気持ちにさせてくれたことに、今となっては幻となったトレカに感謝している。


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