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ガブリエル・夏 12 「ツノダ・スー」

 まみもは、くすぐったい。
 まだ、あと何回か聞きたいので、すぐには答えないでおく。それにまだ考えていなかった。子供の好きな食べ物と言えば、のハンバーグでいこうか。唐揚げか。パスタか。ポテトか。グラタンか……。 山を降りたら、買い物して料理して片付けるの日常か。でもレイがいる。

「あ、黄いろちゃんは? カタツムリ。」
「そうだった。まだいるかな。この辺に……。いた!すぐここに。」

 黄いろに薄い水色のシマシマは、まだレイのポケットでひとまとまりになっていた葉っぱ団子のそばにいた。さすがカタツムリだ。のんびりしている。さっきまで住んでたところとは全然違う、こんな茂みも日陰もないところへ連れてこられて、これからどう生きようかと途方に暮れてもいいところだ。でも困っているようには見えない。カタツムリの威厳か。プライドか。本能か。ただ何も考えていないだけか。不安ではないんだな。不安って、人が勝手に膨らませてがんじがらめになったり、たまに悪いやつが利用して、人に物を買わせたり、権力を握るのに使ったりする。なんの進化で始まったんだろう。想像力から……? 私がやられてるのは、不安とは違う。ないものを膨らませてるんじゃなくて、あるものに囚われてる。でもどっちも見えないんだから、知らんぷりして、ないことにもできる……?
 レイは、カタツムリを近距離から、愛おしそうに見ている。寄り目。カタツムリは、あんなに見られても、恥ずかしそうにしたり、迷惑そうにしたりしない。恥ずかしいし、迷惑だけど、その表現を私が見て取れてないってこともあるかな。または、持ってるけど表さない。それか、見られて当然、自分は観察に値する生き物という意識でいる? まみもの思考は、あっちへこっちへ流れて行く。

「まみもちゃんは、この子がメスだと思ってる?」
「考えてなかった。メスだと思ってるのかなぁ。黄いろちゃんって、さっき、つい、ちゃんつけて言ったね。ツノだす、で、ツノダ・スーさんだったら、オスメスどっち寄りでもなくて現代に通用しそうな名前になる? LGBT Q+かもしれないしね。」
「カタツムリはオスとメス、両方なんだよ。hermaphroditic。日本語でなんて言うんだろう? 一匹でも卵を産めるすごいやつだよ。LGBTQにはまだ入ってなかったねー。」
「わお。それは、日本語では雌雄同体っていうやつかな。メス、オス、同じ体(に入ってる)って書くよ。そうなんだ。カタツムリは一匹でも子孫を残せるんだね。自分と全部同じ遺伝子の子ができちゃう?」
「うん、そう。クローン。僕もメスオスドウタイだったら、たくさん子供を作って、面倒臭いことはそいつらにやらせようかなあ。」
「そしたら、お父さんでお母さんのガブくんは、何するの? 暇じゃない?」
「……ゲーム?」

2人は下り坂を、歩き始めた。すごくゆっくり。帰らなくてよければいいのにと、まみもは思う。でも下り坂の重力に、下へ下へ引っ張られる。負けるもんかと、でも誰にも気づかれないように、そ〜っと筋力を使って、スピードが出ないようにする。レイは、ツノダ・スーと一緒に暮らせそうなカタツムリを探して、右の茂み、左の茂みとヒョコヒョコ見て回っている。1匹でも卵を埋めるが、パートナーがいたら、受精して、2匹ともが卵を産むらしい。そしてその方が強い子供ができるそうだ。1匹より2匹。やっぱり、1人より2人なのか。

「1人くれる?」
「なに?」
「ガブくんのクローンの子ども、たくさんできたら、1人くれる? 大事に育てるから。」

レイは、足を止めた。たくさんの子どものうち1人をまみもに渡して、まみもが育てているところを想像しているのだろうか。中学生の柚と研の、小さい赤ちゃんの弟を想像しているのだろうか。ああ、そうか。人間だから、3kgぐらいで生まれて、ミルクを飲ませたり、オムツを変えたり、泣き止むまで抱っこしたりの、人権を持った、ああいう子供が生まれるのか。まみもの頭の中では、クローンレイは、カタツムリのサイズだった。そして生まれた時からもうレイになっていて、話し方も笑い方も、大きな身振り手振りも、髪のこんがらがってるところも、全部今のレイのようであることを想定していた。

「ダメ。」

レイは、首を何回も横に振る。すごく悪いアイディアだったと言われているようで、まみもの眉毛が下がってくる。

「僕のクローンがたくさんできて、僕の代わりに学校に行ったり勉強したりしてくれるようになったら、僕がまみもちゃんちに来る。」

まみもの眉毛は、花火が打ち上がるように音もなく上昇する。そして体の中で、バチンバチンバチンバチン、ドンドンドンドーンと、火花が激しく飛び散って、たくさんの花になり、パラパラパラパラパラパラパラパラと消えた。

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