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ガブリエル・夏 38  「ホケンジョ」

2本のスキーで、もう1人の2本のスキーを挟んで、縦にドッキングして滑ってみた。お父さんが、小さい子に、一緒に滑りながら教えてあげるときのスタイル。フィギアスケートのペアのように、どこでバランスが取られてるのかわからない合体スタイルは、どうやるのかわからなかったし、スキーが引っかかってうまくいかなかった。上の人を下の人の頭より上に持ち上げるリフトもできなかったので、昭和のお母さんが赤ん坊をおんぶするスタイルをやってみた。レイは、背はずいぶん高くなっているけど、まだとても細くて、重くないので、まみも母さんの赤ん坊にもなれた。デススパイラルのイメージで、前の人が死体のようになって、後ろの人が支えて滑るというのもやってみた。腕だけでは支えるのが難しかったので、脇を抱えるようにしてみると、安定した。レイは、死体をやるのがとても好きだった。手をつないで、それぞれが後ろ向きで滑るのもおもしろかった。ディフェンス中のアイスホッケー選手のように、お尻を後ろに突き出して滑った。レイの脚トンネルをまみもが通り抜けるのは成功したが、まみもの脚トンネルは長さが足りず、レイは引っかかって、2人ともこけた。

2人がケラケラ笑いながらリフト乗り場に戻ると、係員が店じまいを始めていた。リフトの運行時間は、17:00まで。今、16:50。あーはーん。上まで行けるのは、これで最後か。

「ガブくん、リフトはこれで終わりだね。最後はどうやって滑るにする?」
「ぼくが死体で、まみもちゃんがマリアさんみたいに死体を抱えて運ぶやつ。」
「ああ、本当。ピエタのキリストとマリアさんみたいだね。いいよ。あれで降りてこよう。」
「で、木のところに寄り道して、おいらのクッキーを食べて帰ってくる?」
「うん。いいプラン。それでそのあと、板とブーツを返したら、あそこにくっついてた小さいレストランに行ってご飯にしようか。」
「うん。レストラン、行きたい。」
「ガブくん、レストランに行きたいっていう歌あるの、知ってる?」
「ううん、知らない。どんな歌?」


レストラン

レストラン レストラン
レストランに行きたい
カツ丼 サラダ 冷やっこ
おなかいっぱい
明日 保健所が来たら
捨てられちゃうようね ぼくたち
レストラン
レストランに行きたい

レストラン レストラン
レストランに行きたい
カツ丼 サラダ 冷やっこ
おなかいっぱい
明日 どこかの交差点で
ひき逃げされちゃうかも
みんなが笑ってる

(THE BLUE HEARTS/ レストラン)


「ホケンジョって、なに? 保健室みたいなところ?」
「んふふ。ちょっとちがう。保健所ってさあ、いろんな仕事してるけど、野良猫や野良犬を捕まえて行って、殺しちゃうとこだよ。近所に野良犬がいます〜とかって、通報があって、保健所が来て、捕まえていく。そのうち、新しい飼い主を探してもらうグループに入れられる子も少しはいると思うけど、多分少ない。まだ日本では、ペットショップで動物を買う人が多いから。それで残った子たちは殺されちゃってる。これ、古い歌だから今は変わってるかもしれないけど。」
「えー。かわいそうだね。」

レイの眉毛が髪の毛ごと下がってきて、自分のどこかが痛いような顔になる。

「ひき逃げも。」
「うん。」

まみもの頭の中で、道路の真ん中で車が急接近してくる。急いで逃げようと思うが、必要なほど速く動けない。ひかれる!

「レストランで、おなかいっぱい食べるのが夢なんだね、きっと。いつもは、多分少ししか食べるものが見つからないから。」
「それなら、サラダはやめといた方がいいと思うけど。せっかく行くなら、カツ丼の大盛りにして、ちゃんとおなかいっぱいになる方がいいじゃない? 冷やっこも美味しいけど……。」
「ふふ。冷やっこ好き? 新鮮な野菜は、ゴミの中からは見つからないから、ぱりぱりのサラダにドレッシングがかかってるのも、憧れなのかもよ。」
「あ〜。そっかー。」

♪  
かつ〜どん、
サ〜ラダ〜、
ひややっこ〜〜、

多分、あそこのレストランにはないね。あるのはなんだろう? 
うん〜〜……


ソ〜〜セージ、
シュニッツェル〜、
キャベツの酸っぱいやつ〜、

は、あんまり食べたくない! ははははは。


太陽は、遠くの山頂の向こうの方に、ほとんど隠れてしまった。
レイとまみもの笑い声は、うすい灰むらさき色の景色の中で、ちょっとこだました。まみもの頭の中で、レストランに行きたい野良猫と野良犬と、レイとまみもが重なった。まだ誰にもつかまりたくない。ひき逃げにもよく気をつけようと思った。

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