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散文:賽は投げられた、いや振ったのはこの私。

私はこの世ならざる者と「双六やる?」と投げかけられたことがあった。

そいつは、幽霊でも神でもなく、ただ物理的には存在しないがいつだって傍に在る者と自己紹介した。幼い頃の私は何も考えてなかったから、ただ声に従って「やる!」と返事をしてしまった。それから、人生に数度、双六の順番がまわってきた。私は誰かと人生をかけた双六をしている。

順番がまわってくると、心がざわついた。まわりの音が聞こえなくなり、まわりの景色がとまる。そして、サイコロが宙に現れれる。大きな双六を抱えて思い切り転がす。この前、私はサイコロを振った。すると「交通事故にあって一カ月とまる」と文字が出た。サイコロを振ったのは高校入学して間もない頃。新緑の緑の中、私は道路をはみ出して走行してきた車にひかれてしまった。全治、一カ月。足と腕の骨折ですんで良かった。

いいこともあった。幼稚園の頃、私はサイコロを振った。すると「次の人が振った目で一か六が出たら、五年進める」と出た。そのときは何もなかったのだけど、そのあとしばらくして、私の時は一気に加速した。記憶はあるのだけど、映像として実感する感じ。他のプレーヤーがいることを意識したのはこのときが初めてだ。一か六が出たようだ。

私は十歳になった。幼稚園の頃をすっとばしていきなり成長した。そのときは面倒なことをすっとばして成長できてラッキーくらしか思わなかった。

コマは進むこともあれば停まることがあった。この前は私の順番じゃなかったけど、「ひとりだけコマをすすめることができる人が出ました。それまで他のプレーヤーはいったん休み」と出た。とまる、って順番がまわってこないだけでしょう? と思ったのだけど私はなんと同じ一年を二年繰り返した。2020年を二回も繰り返したのはうんざりきた。二回で済んでよかった。年があけて再び両親が「あけましておめでとう、2020年はオリンピックの年だな」と同じセリフを言ったときは、こういうことか! と思わず叫んでしまった。昨年と違う選択肢をして過ごすしかなかった。その年、私にできたことはすでに読んだ漫画を買わずに新しいジャンルのものを手に取る、とか。カラオケ行ってめちゃ音を外した記憶のある会には参加せず「家の用事があるんだ」と適当にごまかして行かなかったとか。その程度。

今年、サイコロが出てきて、私は少し振るのが怖かった。もし、あなたはここで十年休みって出たらどうしたらいいの? または、次の人が四を出したら、あなたは死にますって出たら? 誰かが上がったらこの双六はどうなるの? 解放されるの?

震えながらサイコロを振ると五が出た。いつも声が聞こえる。あいつの声で説明がある。「五コマすすむ。残念、三カ月前に戻る」と出た。まだ、近似値なのでほっとする。ここ三カ月は特に何もなかった。試験で赤点出したくらい。今度はちゃんと勉強しよう。じゃなくて。

怖くなって、ネットのお悩み掲示板に私と同じ双六をしている人を探してみることにした。

『私は昔、双六やる? という声のせいで時々、サイコロがまわってきます。人生の時をかけた双六をやっています。時が戻ったり、去ったり、とまったりします』

長々書いてもどうせ信じてもらえる内容ではないので、短くまとめた。都市伝説のカテゴリーだ。すると続きのお話を書く人や、頭おかしい人? とか、俺も戻りたいとか、ドラえもんのネタ? とかいろいろ書き込まれた。予想どうり。わかっている。

書き込みも忘れていた頃。しばらくして、書き込まれた内容に私は目を見開いた。

『この前、ひとりだけ進めるコマを出した者です。他の参加者は、きっと同じ一年を過ごしたことかと思われます』

そうだ、この人のせいで2020年を二回繰り返した。こういう書き方ができるのはプレーヤーのみ。私はあわてて、返信をした。掲示板ではなくメールでやりとりすることにした。ひやかしの書き込みが増えるからだ。

彼は私と同じ高校生で男性だとわかった—―今は。本当は社会人だったらしい。コマを進めることはうれしいが、小学生から一気に高校生になったようだ。それまで人生を戻るコマしか出ていないらしい。社会人から、小学生に戻り、一気に進んで高校生。あの目が出なければ赤ん坊にまで戻っていたかもしれないと彼はこぼした。正真正銘、彼は参加者だと感じた。この双六の恐ろしさをよくわかっている。

会って話がしたいと思った。相手に言うと快く了承してくれた。もう一人、双六の参加者を知っているというので連れてきてもらうことにした。私の高校の近くのファミレスで落ち合うことにした。ありがたい。

既にファミレスには彼らしき人が来ていた。すぐにわかった。老女を連れてきょろきょろしていたからだ。違う高校の制服だ。私が様子をうかがっていると向こうから「サイの子さん?」とはHNを言われた。彼は好青年でイケメンであった。こんな出会いでなければ恋をしていかもしれない。背が高く、細見で髪は染めておらず黒髪、眼鏡をかけていた。

「ぞろ目さんですよね」と返す。彼はうなづいた。そして席に案内される。彼の隣には老女が腰かけている。なんだか嫌な予感がする。

「ひょっとして彼女がもう一人の参加者ですか?」「そうだよ。本当は、僕より若い。まだ中学生だよ。出会った頃はそうだった」

嫌な予感があたってしまった。手が震えてきてしまう。運ばれてきた水を飲む。ファミレスでいろいろ頼もうと思っていたけれど、食欲がなくなってしまった。とりあえずドリンクバーだけにした。

「彼女が出たコマは、おめでとう、時を一気に進めることができる、60年もというものだ。彼女が中学生だったからいいものの、もし40代だったらどうする? 死んでいかもしれない。次に彼女は『残念、次の人が5が出るまで記憶を失ってしまうというコマにすすんだ。5はそれから出ていないようだ。記憶が戻らない」

彼は高校生ではないというのがよくわかった。雰囲気が先生に似ている。

ん? 5が出るまで記憶が戻らない? この前、5が出て三カ月前に戻ったかれど。あれは違うのかしら。次のプレーヤーでなかったから? 私は確認しようか迷った。けれど、ぞろ目は話を続けている。

「僕はこのくだらない双六から離脱したいんだ。君も協力してほしい」と言われた。私はぜひと答えた。だって、私は今まで運がよかっただけだ。そして、彼は言った。

「この双六のあがりは、もしかしたら死に向かっているのかもしれない。すると参加しているメンバーは誰かの手の上で躍らせれて見世物になっただけだ。そんな人生ってあるか?」

彼はあいつ、この双六の主催者に怒っているようだった。となりの老女がせき込んだ、お水をこぼしながら飲む。この人が中学生って信じられる? 両親は彼女を追いだしたようだった。本人は失踪したとして今も探しているようだ。ぞろ目さんは生活保護が出るよう申請してあげたりしたと答えた。さすが、見た目だけ高校生。老女はひとりでアパートで暮らしている。

「君はあの掲示板を消したほうがいい。変な輩もいるからね。すぐに接触したのが僕でよかった」

彼は老女がトイレに行くというので、気を付けてねて答えた。足元がおぼつかないので、私がついていこうとすると、君にそこまで迷惑かけられないから僕が入口までついていくよ、と言った。女性同士の方がいいのではとも言ったけど、彼はいいから、と笑顔で言った。なんだか圧を感じたので、任せることにした。

彼とはラインを交換して別れた。家に帰宅して掲示板を消そうと思ったら気になる書き込みがあった。

『ぞろ目には気をつけろ』

—―一体、どういうこと?

混乱しつつも、帰り際に感じた違和感をぬぐえないでいた。伊達に人生を後戻りしたりしていない。いやな人ってそのときに会ったとき何か違和感があるものだ。あとでわかったりする。時が戻って、観察しなおすとよくわかる。言動の端々とか。態度が最初だけ妙に優しいとか。自分のことばかり話していたな、とか。

それに話の中に矛盾を感じた。私はこの前、5を出した。老女は記憶を失ったままという。

私は気をつけろ、とだけ書かれた「零」とメールで話したいと言った。零はぞろ目と会って話したことを書くと「彼の言う通り、すぐに掲示板を消すように」と指示してきた。零は、彼を恐れているように感じた。

「いいか。彼が言ったこの双六のあがりは死に向かっているだけという説はデタラメだ。この双六で最初にあがった者は何でも願いを叶えてもらえる。何でもだ。不老不死、死人を蘇らせる、時を戻せる、または未来に飛べる、違う銀河へ行く……宇宙の法則なんて全くもって無視された願いが叶えられる。世界だって滅ぼすことができるぜ」

零の言葉もにわかに信じがたい。でもそれが本当だとしたら、ぞろ目はどうして私なんかと協力したいと言ったのだろう。それに零はどうしてあがったら願いを叶えてもらえるということを知っているの。

一体、だれを信用したらいいんだろう。私はとりあえず、いったん、掲示板を削除することにした。とりあえず、願いなんてものはどうでもいい。私は双六をやめたい。零にも相談しよう。零は会うことを拒んだ。電話ならいいらしい。

学校が終わって私は、早速携帯で零に電話をかけた。

まるでオフ会をするみたい。胸が高鳴った。コール音がしばらくして今日は出てくれないのかと思ったら「もしもし」と相手が出た。

出た相手の声は—―女性だった。

「零さんは女性だったんですね。私、てっきり……」

「誤解するな。俺は男だった。だがこの最低な双六で出たコマのせいで今日からあなたは女の人生を生きれると来たもんだ。望んでねぇし」

確かに粗野な話し方をする。でも、綺麗な笑顔で好青年であることを崩さなかった彼より感情がわかりやすい。零は、電話越しに言った。

「俺らの人生なんてものはさ、盤上で起きる双六のように一瞬でチンケな物なのかもしれねえな、どこかにいる誰かからしたら。生きて死ぬだけのつまんねー、コマを順々にすすめるだけの、さ」

—―だとしても、この世界に生まれたことはきっとだれもが感謝しているんじゃないの。それを奪う権利って誰にもなくない?

私は鼻の奥が深くにもツンときてしまった。

何もかもが不条理だわ。



つづく、かもしれない物語。





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