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金木犀と私と君と。

いつも、アンニュイな感情にさせるのが夏と秋の狭間。金木犀が香る頃。いつ頃かつくつくぼうしの声は聞こえず、夜には鈴虫の声。窓を開ければ涼しい風が入ってくる。夜風は毒とよくいうくらいには涼しすぎる風。たばこを吸う時だけ窓を少し開ける。

季節の変わり目はよく人が亡くなる。

私の母の兄、叔父が亡くなった。喪服に身を包み、親戚が集まる式に母と待ち合わせて合流した。うちの父も後で来る。本当は親戚の子供たちのようにぼーっとしていたいけど、妙齢の女は邪魔であっても台所へ立たねばならない。いまどき、催事場で済ませないあたり、田舎ならではである。東京以外はきっと田舎で、いつになってもこの風習は消えないのかもしれない。

私は今年で三十五で独身。その東京で派遣で事務員をしながら独り暮らしをしている。何のためか。小説を書くためだ。私は本当に特別な才能もない薄っぺらい人間だ。小学生の頃それに気づき、好きなこと、得意なことがない自分に絶望した。足が早かったり、算数ができたり、字が綺麗だったり、美人でもない。これから、どうやって生きていけばいいのだとさえ思った。小学生でそんなことで悩むのは早すぎるが、小学四年生の頃に担任になった先生が個性的で自由な先生だったのがいけない。生徒ひとりひとりの個性を伸ばそうとする先生だった。そして、みんなにあだ名をつけた。みんな得意なことや特徴を捉えたとてもいいあだ名がついた。たとえば、いつもポニテールをしてた矢沢さんはポニワちゃん。最終的にポニになっていた。絵が得意な芦田さんは画家ちゃん。足が早い山田君は韋駄天からイダちゃん。足が早い子は幾人かいたので、他にもサラブレッドからサラちゃん、マラソンからマラちゃん。先生は変なあだ名をつけることで、いじめとか発生するのを防いだのだ。あだ名を覚えてもらうためにかわいい手作りバッチを作ってきてれくた。クラス全員のを作ってくるとは、徹夜したに違いない。それかすごく暇なのか。

その作戦は功を奏し、みんな先生がつけたあだ名で呼びあった。その子たちは高校に進学しても同じあだ名で呼びあった。

私はというとあだ名は鈴木だったので『鈴木さん』だった。嘘でしょ、って思った。いつもむすっとしていたから、あだ名なんていらないなんて見えたのかもしれない。せめて、鈴ちゃんで良くない? あと特徴なさすぎたのか。

いつも一人でいたのが特徴といえばそう。でも『鈴ボッチ』なんてつけたらいじめになってしまう。回避するのはいいとして、意識しすぎたのか何もつけてくれなかった。何もつけてくれてないことで、余計に浮いたのは確かだ。私はまあ、人生でその頃に挫折した。心が弱すぎるのだろうか。

叔父の葬式には地元の人がよく来てくれた。ほとんど、みんな顔見知りだ。叔父は酒屋をしていたので、交流もよくあったほうだ。その叔父の息子も未だに独身。その叔父の息子、つまり今回の喪主が現れたとき、私は顔には出さないけれど、どきっとした。自意識過剰かもしれないけれど、周りが私と彼に視線を向けた気がした。親戚同士で付き合うとかないでしょと思うのに、独身同士、年も近いでどうしても視線が飛び交う。

明るい親族の男性がやってきた。この人は声もでかいし、すぐ恋愛の話に結びつけるから苦手だ。台所へやってきて後で出す酒の手配をしている。もうお酒の心配か。すると予想通り、私の方にやってきて声を潜めた。潜めた、と言ってもでかい。

「彼氏できたんか?」

「はあ、まあ」

「できたんか!」

「いえ、まあ。今のところは……」

ぼかそうと思っても無理なようだ。男性は、「アキちゃんもいないってさ」と嬉しそうに言う。アキちゃんとはその叔父の息子。千秋という名前だ。顔がいいが、いつも無愛想。無口。優しくない。子供の頃、同じ年の子がいなかったので仕方なく遊んだことがあるけど、私も無愛想なので話が続かなかった。

「アキちゃん、寂しそうだった。お父さん、まだ若いのに可哀そうにな。これから伝統ある酒屋を継がんといかん。本当に身をかためないとな」

最後は独り言のように言って無責任に去る男性。すると女性陣がよってきた。本当にいい人いないの、アキちゃんはダメなの、東京から帰ってきたら。

助けて、と思ったらその「アキちゃん」がやってきた。アキちゃんは少し痩せた顔をしていた。疲れているのだろう。無言になる台所。今更、千秋と呼んだこともないので、アキちゃん、と声をかける。

「大変だったね」

「うん。ありがとう。来てくれて」

アキちゃんはだいぶ大人びていた。私は御礼を言われただけで目を見開いた。無愛想なアキちゃんがちゃんとしている。冷蔵庫からお茶を取り出して葬儀場へ戻っていった。

そのあと、立派に喪主を果たしたアキちゃん。特にそのあと、何も顔を合わせることなく私たち女性親戚たちは男どもの酒盛りの注文に忙しく働いた。もうやめよう、お葬式で酒飲むの、と言いたい。亡くなったのが酒屋であるのもいけない。お開きになったのは夜中のことだった。

実家に戻ろうとしたとき、アキちゃんが走ってきた。田舎道は危ないという理由で送ってくれるという。徒歩で歩ける範囲であるが有難い。親戚たちは解散しているか眠っているので誰も見てないし。

話す内容は世間話程度。二人とも大人になった証拠。一応、会話が続く。楽しいかはさておき。アキちゃんは、家の前まで来たとき、ぽつりと言った。

「小説書いているの?」

「だ、誰から聞いたの!」

「君の母親」

これは恥ずかしい。結婚もせず、子供も産んでない私。たまに小説を書いていることを隠したくなる。今がそう。

「本、読むの好きだから今度読ませて」

ところが、詮索でもない言葉が相手から出てきた。アキちゃん、本読んだっけ。大人になったから、読書もするようになったのかな。

「面白くない小説ばかり書いているけど。いいの」

「うん。君が何を考えているのか知りたい」

「そう思って読んでくれるの」

「悪いかな」

「全然。そう言ってくれる人いなかったから驚いた」

「ペンネームあるの」

「うん。鈴木ひとりって言うの」

小学生の頃、あだ名がなかった私は勝手に自分でつけたあだ名を自身の胸に刻んだ。見返してやるという執念も混じっている。そんな後ろ暗い理由を知らない彼は、ふうんと言って「覚える」と言った。

アキちゃんは携帯に早速入力したようだ。文字を打ちながら続ける。

「小説って考えていることを文章にすることだろ。だから読めば作者の心の中が読める。それってすごいことじゃん――がんばれ」

「……ありがとう」

そう言って、暗闇に解けていく後ろ姿。蛍光灯の下から消えて金木犀の香りがどこからともなく香ってくる。落ち着く香り。

なのに、どうしてか私の頬に熱が帯びていく。好きになったわけじゃない。この感情は何だろう。

嬉しいのは確かだった。

私は今すぐ喪服を脱いで文字を、物語を、私の内面を、描きたい衝動に駆られた。たくさんの読者はまだいない。

でも、君が読んでくれるなら。私を知ってくれるなら。

私は、書くよ。



おわり。

#小説 #男女 #アラサー



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