見出し画像

勇者たちの中学受験~わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき①

なかなか忙しい日々が続き更新が滞っていますが、読書は続けております。すでに10冊以上レビューを書けずにいる本がありますが、地道にアウトプットをしていきたいと思います。

さて、表題の本はおととい読み終わった一冊です。私は現在都内の私立中高一貫校で教師をしており、中学受験は我々と切っても切れない関係にあります。その中学受験を題材にして、限りなく実話に基づいたエッセイを教育ルポライターのおおたとしまささんが上梓しました。

おおたとしまささんの著書はこれまでにもたくさん読んでおり、過去にnoteに感想を記したこともあります。

本書ではアユタ、ハヤト、コズエという3人の小学6年生の受験を実話をもとにリアルに描いています。しかも本書は先月(2022年11月)に出版されたばかりなので、描いているのが2022年度入試(2022年1月2月に実施された入試)であり、直近の受験の話なのでよりリアリティーを感じます。

AMAZONより

これよりネタバレを含みますので、もし本書にご興味がある方はこれ以降は読まないようにしてください。ちなみに、本書はAMAZONのレビューでも絶賛されていますが、中学受験関連の本としては最高品質の一冊かと思いますので、お子さんが私立受験をした/これからする保護者の方にとっては一読に値する本だと思います。

まず全体を俯瞰するために三人の状況を整理します。ここでは、以下のブログから引用させていただきます。

エピソードⅠ アユタ
家族:水崎大希(父)、真澄(母)、妹(小2)
塾:サピックス(小4冬期講習~)、早稲アカ(新小3~小4冬期講習前)
偏差値:46(サピックス)
受験校
 1月:佐久長聖⇒〇
 2月1日午前:サレジオ⇒×
    午後:山手学院⇒〇
 2月2日午前:鎌倉学園⇒〇
    午後:中大横浜⇒〇(進学)
 2月3日:浅野(第一志望)⇒×
 2月4日:サレジオ⇒×

エピソードⅡ ハヤト
家族:風間悟妃(母)、由弦(父)、タカシ(兄・中2)、ナツミ(妹・小4)
塾:早稲アカ(新小4~)、スピカ(小6夏~)、四谷大塚(小3秋~小3冬)
偏差値:7?(四谷大塚)
受験校
 1月:栄東(東大特待)⇒〇
    灘⇒×
 2月1日:開成⇒×
 2月2日:聖光学院⇒〇(進学)
 2月3日:筑駒(第一志望)⇒×

エピソードⅢ コズエ
家族:奥山咲良(母)、健志(父)、アズサ(姉・中3)
塾:うのき教育学院(新小4~)
偏差値:51~52(四谷大塚)
受験校
 1月:盛岡白百合⇒〇
 2月1日午前:香蘭⇒×
    午後:三輪田⇒〇
 2月2日午前:恵泉⇒〇
    午後:香蘭⇒×
 2月4日:普連土⇒〇(進学)

いかがでしょうか。上記を見て、情景が把握できるのは首都圏に住んでいて、かつご自身、またはお子様が中学受験を経験している方のみではないでしょうか。そもそも地方に住まれている方は「受験=高校受験」が常識だと思うので、中学を受験することの意味もよくわからないのではないかと思います。要因は複数あるので、興味のある方は下記の記事をお読みいただければと思います。

世界的に見ても極めて深刻な少子化の中、私立受験者数は増加の一途を辿っています。首都圏ではその傾向が顕著であり、私立の中高一貫校は激しいパイの奪い合いをしている状況です。

さて、アユタ、ハヤト、コズエの3人に話し戻しましょう。彼らの受験データを見てみると、アユタは「佐久長聖(長野)」、コズエは「盛岡白百合(岩手)」という地方の学校を1月に受験しています。彼らは東京や横浜といった首都圏に住んでいますので、受かってもこれらの学校には進学しません。この辺りは中学受験に疎い方はよくわからないと思うのですが、東京と神奈川の私立中学の受験は2月1日から始まります。ゆえに中学受験においては「2月1日」が決戦の日となるのですが、それ以外の県では1月に入試が行われる学校が多くあります。つまり、本命の学校を受験する前に「場慣れ」のためにこれらの学校を受験するのです。しかも上記のような学校は現地に行かなくても、東京や大阪で受験ができます。当然のことですが、子供たちにとっては人生初めての受験となるわけで、その独特な雰囲気に少しでも慣れるため、そして進学しない学校であっても合格をもらえれば大きな心理的安心につながるので、1月受験をするのです。(ハヤトが受験した栄東は埼玉にある進学校で、上記と同じ理由で東京・神奈川の名門校を受ける子たちが軒並み受験します。受験生の数はなんと7000人を超えますが、入学するのは300人程度です(2022年度))

また、彼らの偏差値を見たときに違和感を感じる人もいるのではないでしょうか。例えば、アユタの偏差値は46(サピックス)とあり、かなり低いと勘違いするかもしれません。しかし、多くの方にとって偏差値とは高校受験、大学受験の基準となるものであって、それらの偏差値と中学受験の偏差値は圧倒的に異なります。なぜなら、ほぼ全員が高校に進学するのに対して、中学に進学するのはごくわずかな子供たちだからです。つまり母集団の数と質が圧倒的に異なるわけです。ましてやサピックスは日本で最高レベルの中学受験専門塾であり、そこに通う児童たちが母集団なのだから、平均値は当然高くなります(=偏差値が低く出ます)。ちなみに、アユタの偏差値46は立派な数字で、実際に神奈川の名門校であるサレジオ、鎌倉学院、大学付属で人気が高い中大横浜などを受験しています。本命の浅野(神奈川男子御三家)はややチャレンジでしたが、ここまでよく頑張ってきたことがうかがえます。

アユタ

では、そのアユタと彼の家族について触れていきたいと思います。

このストーリーの主人公はアユタではなく、完全に父親の大希です。大希は茨城出身で中学受験の経験はありませんが、長男の受験にどんどんのめりこんでいきます。これは中学受験ではごく一般的なことなのですが、大量に出される宿題やスケジュールの管理(週末の模試や特別講習など含む)などは保護者が行います。子供は勉強に集中して、親がそれ以外のマネジメントを行う感じです。ゆえに中学受験はよく「親の受験」とも言われます。親も多大な時間と労力をかけなければ中学受験の準備は成り立たないのです。

しかし、大希が受験にのめりこめばのめりこむほどアユタは感情を失っていきます。当然受験勉強はすべてが順風満帆に行くことなどはあり得ず、その現実に対して大希は苛立ちと焦りと怒りをにじませるようになります。

そしてアユタはただ決められたことだけをこなすようになっていきます。スケジュールに関しても、大希と二人で相談しながら決めてはいるものの、決められたこと以上のことは一切やりません。そこに自主性は皆無で、それがまた大希を苛立たせます。

「スケジュール通りやっているんだから、文句を言われる筋合いはないよね」と言わんばかりの態度をとるアユタに対して、「もう100日を切っているんだから、もっと危機感を持ちなさい!」と煽る大希。そんな風に親子で口論になると、アユタは時々プチ家出をするようになりました。

小6の11月は一般に「中学受験魔の月」と言われています。ストレスが最高潮に達し、場合によっては破裂してしまうこともあります。これは子供に限った話ではなく、焦った親がぶちぎれて子供のモチベーションをずたずたにしてしまうこともあります。そうなれば「教育虐待」に発展しかねません。(「二月の勝者」ではその様がリアルに描かれていました)

「魔の11月」を乗り越えてアユタは最後まで受験を戦い抜きます。それだけでもとても尊いことなのですが、結果はアユタも大希も望んでいたものではありませんでした。第一志望の浅野、第二志望のサレジオに玉砕し、第三希望の鎌倉学院、第四志望の山手学院、第五志望の中大横浜に合格という結果が彼らの手元に残りました。

人生において、いくら努力したって、思い通りの結果が得られる保証などどこにもないということは、多くの大人はわきまえています。同時にそれでも人生は続いていくことも知っています。

それなのに、中学受験ともなると、多くの親が努力に見合った結果を期待してしまいます。そしてその勝手な期待が裏切られると、ほとんど絶望に近い気分を味わうことになります。親の絶望は、口には出さなくても子供に伝わります。それはどんな鋭利な刃物よりも深く、子供の心をえぐることになります。

傍から見れば、鎌倉学院、山手学院、中大横浜に合格できたのなら、とても充実した受験だったのではないかと思えます。しかし、受験が終わり、憑き物が落ちたようにすっきりした表情のアユタとは対照的に、4年間もかけてあれだけ時間と労力を割いたのに、第三志望どまりという結果に打ちひしがれる大希。

そして追い打ちをかけるように、アユタは3校の中では偏差値が最上位の鎌倉学院ではなく、母親や友達と話したうえで第五志望の中大横浜に進学することを決心します。大希は長い時間をかけてアユタと志望順位を選び、どこに受かったらどうするかというシミュレーションをしてていたにもかかわらず、結局母親の鶴の一声で進学先も変えてしまったのです。大希はふがいなさとやるせなさでいっぱいになります。

アユタ家の受験は中学受験における極めて一般的なケースかもしれません。親が子供以上に受験にのめりこみ、その結果に一喜一憂し、主役が子供ではなく自分たちだと勘違いしてしまっている。こうなってしまうと受験が子供にとって有益だったのか否か、判断が難しいところです。

大希自身も受験が終わって以下のように述べています。

目標に向かって頑張る経験がさせたいと思って中学受験を始め、中学受験は結果ではないと何度も学習し心に刻んでおいたにもかかわらず、最後は結局結果だけに目がいってしまった。我ながら情けない。
アユタはもう十分すぎるほど、親の期待に応えてくれた親もまだ未熟だから、いろいろ勝手な期待をしてしまうかもしれないけれど、これからはそんなものは気にせずに、親には気づけない大きな可能性にかけて生きてほしい。それを応援するのが親の役割だ。

そうです。受験は子供だけではなく親をも成長させる機会になりうるのです。もしそうであれば、中学受験はする価値があるものと考えることができますが、そんなきれいな話ばかりではないことを次のハヤトのエピソードが示してくれます。ハヤトの話は壮絶です。そして受験業界の恥部も克明に描き出しています。

長くなってきたので次回に続きます。最後までお読みいただきありがとうございました。


この記事が参加している募集

読書感想文