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[暮らしっ句]さくらんぼ[俳句鑑賞]

 一粒で幸せになる さくらんぼ  水谷芳子
 弁当の隙間を埋める さくらんぼ  谷添睦子

 両極端のようですが、これは受け止め方の違いでしょうか? それとも「さくらんぼ」に違いがあったのか?

 最初、「弁当の……」の句を見かけたときには「さくらんぼ」を雑に扱ってると思ったのですが、よく読むと違いますね。小さな働きをしている「さくらんぼ」に気づいたわけです。
 舞台に例えれば、前者の句は主役を務める「さくらんぼ」を讃えた句。後者は舞台の隅でキラっと輝く端役に気づいた句。
 ちゃんと見てくれてる人がいるから、端役人生もやめられません~
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 さくらんぼ一口 少女に返りたや  江木紀子
 少年の日へ 種飛ばす さくらんぼ  今橋眞理子

 前者の句を見て昔の絵本の少女が思い浮かびました。それはそれで夢の世界。女性だって過ぎてみれば、狂おしいほどに焦がれてしまうのでしょう。
 一方、後者の句は「おネエさんはね、昔は男の子だったのよ」(※どこかで耳にしたセリフ)という感じかな。
 種を飛ばした先は時間で云うと過去なんですが、「戻りたい、返りたい」ではないですね。あの頃の自分を、たとえば近所の元気な子どもを眺めるように見ている。そして、たぶんこう思っている。

 あんな子ども時代を過ごした自分だから、大丈夫。
 まだまだ、やれる!
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 いにしえの恋は三角 さくらんぼ  川副民子
 仮面夫婦の真ん中に さくらんぼ  津田このみ

 柄付の「さくらんぼ」から「三角」を読み取り三関関係を連想されたのでしょうか。云われてみると、少女漫画にありそうな構図ですね。やがて結ばれる二人も、はじめはぎこちない。共通の友人がいてくれないと間が持たない。でも、その共通の友人も仲介役をやりたくてやっていたわけではなく実は恋心を持っていた……。

 そういう淡い季節を過ごした恋人たちも季節が変わると「仮面夫婦」になったりする。
 後者の句の「柄」は二つの「さくらんぼ」を「つなぐもの」でありながら、同時にくっつかないように「間を保つ」働きもしている。思えば「さくらんぼ」自身には寄り添う主体性がないのかもしれない。そう見えるのは「柄」のなせるわざ。してみると「さくらんぼ」はなるほど「仮面夫婦」の象徴としてビッタリな表現! なんて云ったら怒られますね。
 ここが芸術的感性の難しいところ。「仮面夫婦」なんてことを意識せずに、「ちょっと倦怠期」とか「空気のような関係になってきた」と思っていれば、平凡な夫婦でいられるかも、ですから……。
 ん、「平凡」といいうのは、鈍感でいること?
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 さくらんぼ 去年は君の唇に  稲畑廣太郎

 一見すると意味不明。でも惹かれました。
「さくらんぼ」がものすごく貴重なものなら、昨年「君に食べられた」と。そんな食べ物の恨みの句かとも解釈できますが、そういうことはないわけで……。
 次に考えついたのが、「君」の死亡説。去年の今頃は「さくらんぼ」を食べてたのに……。という解釈。意味的には辻褄が合ってると思いますが、心は動きません。いったん匙を投げたんですが、他の句を見ているうちに、官能的な句か? と思い当たりました。
 昨年「さくらんぼ」を一つつまんで、「君の唇」にくわえさせたと。これ若い方の句ならさわやかですが、年配者の句だとエロティックでしょ? 言葉足らずなところも、むしろそういう理由でボカしているように思えてきました。いかがでしょう?

 その解釈のヒントになった句も上げておきます。
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 悪魔めく 新色ルージュ さくらんぼ  角田信子
 口びるで弄びをり さくらんぼ  角田信子

「さくらんぼ」って、女性性にすごく呼応している。いや逆か。「さくらんぼ」が「女」を呼び覚ましている。
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 さくらんぼ 女の機微を揺らしけり  岸田爾子

 これは男には、わかりませんね。「さくらんぼ」って、きれいだと思いますよ。わたしも一時期よく撮ってたんでその魅力は知ってるつもり。でも男の「機微」は揺れませんでした~ 女性が揺れていることにも気づかなかった。今回、いくつかの句を拝見してはじめて「機微の揺れ」がわかりました。ちょっとこわかったりして。というか、男が覗いてはいけない世界?

 ちょっと飛躍ですが、「鶴の恩返し」というお話。
 あれは、元のお話は官能的な描写があったんじゃないでしょうかね。自分の羽根を抜いて織り込むというのは単なる苦行・献身じゃなく、そこに一抹の倒錯した悦びがあったんで見られたくなかったんじゃないか…… まさに妄想ですが~

 最後は、お口直しに屈託のない句をいくつか
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 さくらんぼ 生後二日の大あくび  岡尚
 自転車の補助輪とれて さくらんぼ  山路紀子
 分校の最後の五人 さくらんぼ  江坂衣代
 留守番にも 留守番日和 さくらんぼ  鷹崎由未子
 お仕事は適当がいい さくらんぼ  朝日彩湖

 さくらんぼ 笑顔はじける媼ゐて  仁平則子


さくらんぼ ベンチで呆ける翁ゐて 愚作

 出典 俳誌のサロン 歳時記 さくらんぼ


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