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[ひとりごと]秋晴れの日

「七十歳になるまでは
 オレって死なないかも て思ってたよ
 今は もうだめだけどな」

そんな声が聞こえてきた
知らないけど 知ってる人だった
古書店の親父である

そうか、七十を越えたのかと思った
たぶん、四十年近く前から知ってる
そうだ、印象は四十代だ
ふーん、七十を越えたのか

今度、来た時には
あの頃は、まだ元気だったのにな
と思うかも知れない 
ひとごとではないが……

今日の古本市
三割程度は たたき売られていた
どうやら 廃業に舵を切った店が
何軒もあるようだ

一時は 息子が後を継ぐほど
勢いがあったが
もう三十年くらい前のことか

オレにとって 古本市は
人生の故郷のようなものかもしれない
どれだけの時間を過ごし
どれだけのお金を使ったか

登山のザックに一杯買ったことも
何度もあった
ついこないだのことのようだ

売る時も 一回に一万円分くらいあった
貴重書など皆無で一万円だぞ
どんなけ買って どんなけ売ったんだ

なにもしてないような人生だが
そんなことをしていた
愉しい時間だった

旅は 計画している時が愉しいと云うが
本だって 品定めしている時が愉しい

どんな未来が開けるかと思っていたが
本を踏み台にすることなく
本と一緒に歳を取ってしまった

しかし あの親父の云うように
時間は 永遠には続かない

最後の時間が
たたき売りだというのは さみしい

たくさん集めた夢のカケラを
せめて一度は 仕上げたい
砂の城のように
どうせ消えてなくなるものだとしても

「七十歳になるまでは
 オレって死なないかも て思ってたよ」

笑わせてくれる
あんたは いまも青年だ
そうか、本の中で生きて老いたのは
オレだけじゃないんだ

たたき売りのワゴンでも
これ 誰かが集めてた本がまるごと出てる
と 気づく時がある
その誰かは
たぶん死んでなくても老人ホームとかだ
人生賭けて集めた本が
まとめてワゴンセール

若い人が聞いたら 陰気な話かも知れないが
ほほ笑ましいエピソードのつもりだ

オレの集めた本も
いつか秋晴れの空の下

散っていけ! いろんな人のところに……

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