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第71話 友人の話-結婚祝い

「霊より人の方が怖い気がします」

ナガセさんは一昨年の春、勤め先を寿退社した。
県内では名の知れた機械部品メーカーだった。

広報で少し責任のある仕事を任され始めた矢先だったので、周囲には惜しむ声もあった。

「先輩の女性陣からは特に」

せっかく育ててやったのに、ここで辞めるのか。
責任のある地位を女性になかなか回してもらえないのは、あなたのような人がいるから。
そう責める人もいた。

とはいえ、結婚はタイミングのものだ。
仕事場で知り合い、付き合うようになった彼とは、いろいろな面でとても合う。
プロポーズされた機会を逃すつもりはなかった。

「もちろん、批判する人は少数派でした」
笑顔でお祝いしてくれる人の方が圧倒的に多い。
いわゆる「お局様」で、ナガセさんが一番危惧していた女性社員もその一人だった。

結婚のお祝いに、と彼女はアンティークものの置き時計をくれた。

骨董品店で見つけたブランドものだという。
ズッシリと重い木枠はいかにも時代物らしく黒ずんでおり、吊り手には繊細な装飾が施されている。

一目見て気に入ったナガセさんは、リビングのサイドボードにそれを飾った。

インテリアにも凝ってみたので、雰囲気のあるその時計は、とても貴重なアイテムだった。
3日に1度、ゼンマイを巻いてやらねばならないが、それさえ忘れなければ、しっかり正確に動く。

ただ、しばらくしてその時計に異常が出始めた。

深夜、気まぐれに鐘が鳴るのだ。
毎日ではない。
だが雨が降る日など湿気が多い夜は、深夜2時過ぎになると、ボーン、ボーンと時を告げる。

故障だろう。
修理に出したかったが、アンティークものを直すとなると、かなりの出費になりそうだ。

結婚式、新婚旅行、新生活の準備とお金を使ってきた直後なので、できれば後回しにしたい。

悩んでいるうちに、お金が要る別の事情ができた。
深夜、夫がいきなり喘息の発作を起こし、救急車で運ばれたのだ。

もともと持病として持っていたものだが、夫によると発作が起きたのには理由があるという。

「女の霊に襲われた」

その夜、夫は人の気配に目を覚ました。
枕元に真っ黒な人影がいた。

「黒く焦げたような女だった」
その女は彼の顔に口を近づけ、真っ黒な煙を吐いた。

実は新居に住み始めてすぐ、夫は金縛りに遭うようになったらしい。
ナガセさんは気づかなかったが、深夜、人影がウロウロするのを見たり、足音を聞いたりすることもあった。

ナガセさんに告げなかったのは、怖がらせたくなかったからだという。

「時計の前にうずくまっている女を見たこともある」

深夜に時報が鳴ることといい、時計になにか因縁があるのでは?
捨てた方がいい。
夫はそういうが、ナガセさんは幽霊など信じていない。

時計は先輩がプレゼントしてくれたものだ。
厚意を無にするのは、心苦しい。

「結局、修理に出してみることにしたんです」
変な時間に鳴ることがなくなれば、夫も気にしなくなるのでは……。
そう思ったのだ。

「これ、動くの?」
持ち込んだ時計屋は、手を取って眺めながら、ナガセさんに訊ねた。

もちろん動く。
動いた上で、妙な時刻に鳴るのが問題なのだ。

「火事に遭った時計だよ」
時計屋は眉間にしわを寄せた。

外枠の黒ずみは、時代を経たせいではないらしい。
強い熱にあぶられたせいで、半ば焦げているのだという。

中を開け、さらに難しい顔になった。
「歯車はかみ合っていないし、動くわけないよ」

しかも鳴るわけもない。
ナガセさんも見せてもらったが、内部には音を鳴らす仕掛けなどなかった。

結局、ナガセさんは時計を近くのお寺に持ち込み、供養してもらった。

「どうやってあんなの見つけたんでしょう」
先輩がどれほどのモチベーションであんな忌まわしい時計を探し、見つけたのか。
それを考えるのが一番怖い、とナガセさんはいう。

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