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第59話 友人の話-福の神

コデラくんは警備員をしていたことがある。
仕事先は、古い商業施設で、巡回とトラブル時の対応が主な仕事だった。

「基本的には暇でしたね」

面倒なのは、テナントで万引きがつかまったときくらい。
ほとんどの時間は詰め所にいて、定時に巡回するだけ、という楽な仕事だった。

ただ、冬に入って、少し事情が変わった。
テナントからのトラブル対応要請が増えたのだ。

「浮浪者がウロウロしてたわよ」

苦情を受けて探してみるが、立ち去った後なのか、それらしき人物は見つからない。

数日後、また同じショップから、同じ苦情があった。
丹念に調べてみたが、やはり浮浪者とおぼしき人影は、館内にはなかった。

思いついて、監視カメラの録画映像を再生してみたが、浮浪者らしき人物は映っていない。

思い違いでは?
ショップの女性オーナーにそう伝えてみた。

「たしかに見たんだから!」
腹を立てた彼女は、管理会社に電話するという。

まだ新しく入ったばかりのテナントで、どうやら施設が思ったより古いことなど、いろいろと気に入らないことがあったらしい。
電話で話す剣幕も、相当のものだった。

その日の夕方、実際に管理会社の担当者がやってきた。

「ニコニコした中年のおっちゃんでした」

おっちゃんは慣れた感じで女性オーナーをなだめると、コデラくんのところにやってきた。

怒られるか、とも思ったが、そんなことはなかった。

「見える人やねんな、あの人」
ニコニコ顔を崩さず、おっちゃんはいった。

聞けば数年前、深夜に暖を求めて入り込んだ浮浪者が凍死する、という事件がその商業施設であったらしい。

以来、「見えるテナント」から、ときおり同様の苦情が上がるようになった。

「どうすればいいんですか?」
「特に悪さをするわけやないから、放っておけばええよ」
「お祓いするとかは?」
「金がかかるやろ」
「あのオーナーにもそういったんですか?」

おっちゃんの笑みがニイッと広がった。
「いや、店のどこか見えないところに、水と陰膳を供えておくように、っていっておいた。そうすれば、むしろ店を守ってくれる。ここで繁盛している店は、みんなそうしてる、ってね」

「え? すごいな、そんな福の神みたいな幽霊なんですか?」
「そんなわけないやろ。ただの浮浪者やねんから。でもさ、そういう期待があると、次からは見かけても怖くないやろ」


コデラくんはいう。
「金のことを考えてる大人って怖いなぁ、って思いました」

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