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【ハーモニカ仁義】高原でハーモニカを演奏するの巻【仲村哲也】

山登りなどで標高が高くなると、大気圧が下がり空気の密度が下がって、チョッと歩いただけでも息切れしますヨネ。そういう状況でもハーモニカを吹かなければならない時もあります。

以前のロード(演奏巡業生活)で、最初にコロラド州へ行った時、アスペンという名のデンバーからおよそ車で約3時間半を要する街を訪れました。
到着したらすぐステージへ。
旅行気分はありません。
我々は、時差まで移動時間に費やします。

アスペン(Aspen) は、コロラド州の西部、ロッキー山脈の山中に位置する都市で、北米きってのスキーリゾート地ですが、夏場は様々な音楽イヴェントも開催され、それに出演した時のことです。

会場は、スキー場の広場に設営された野外特設ステージで、「到着後すぐにサウンドチェック」の時から、少々息苦しさ感じておりました。
それを見ていたステージクルーが、酸素吸入ボンベを用意して下さり、私のアンプの後ろへソ~っと設置してくれました。
標高およそ2,405mですからやはり、その土地のクルーは流石に心得ていますネ。
しかしながら私的には必要ないだろうとタカを括っておりました。
しかし、いざ本番となり数曲演奏した頃、段々と息苦しくなって来ました。

当時の我々の興行は、ダンスや振り付けしながら演奏しておりましたので、ホント、ショーセットの半ばまで来ると、呼吸困難に陥り、やむなく酸素ボンベにすがりつきました……。
しかし、音楽は続いていますので、充分に呼吸を整える間もなく演奏し続けます。

モーその後は、ソロの合間のブレスのタイミングで酸素吸引、そしてソロ→酸素吸引→ソロの繰り返しでなんとか乗り切りました。
モー死ぬかと思いましたネ。
しかしながら、翌日にはその薄い空気にスッカリ慣れて、2日目のショーは、全く酸素吸入は必要ありませんで全力投球出来ました。

いや~、やっぱ、人間の順応性ってスゴいですネッ。
終わり。

(2024.1 ハーモニカライフ103号に掲載)

仲村哲也 (TEX NAKAMURA)
-Profile-

1980年代始めまで、自己のバンドでエレクトリック・ベースを担当していたが、1950年代のサウンドに取り憑かれ、アップライト・ベースに転向。
1983年に、FENから流れてきたJ ガイルズ・バンドの「ワーマージャマー」に衝撃を受けハモニカを手にする。
妹尾隆一郎氏に師事し基礎のテクニックを収得。その後は、「F.I.H.ハモニカコンテスト」入賞、アポロシアターのアマチュアナイト・チャンピオンシップに出演(日本人初)するなど、数年の間にトップクラスのハーピストとして活躍する。
以後国内でスタジオミュージシャンとして数多くの録音に参加。1992年渡米。
西海岸人気ファンクバンド「WAR」にリーオスカーの後釜として抜擢され、年間平均100本ワールドツアーに13年間参加。Tex NakamuraやWeeping Willow(咽び泣く柳)の名で、現在も米国ロサンゼルスを拠点に幅広い音楽性と美しい音色で活動中。

●オフィシャルWebサイト
http://blueslim.m78.com/nakamura_tetsuya.html