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老人ホームの居室に監視カメラをつける夫④

尿閉、という状態だった。
何らかの原因で尿が排出されない状態だ。本当なら尿道カテーテルを入れて機械的に尿を体外へ排出させる事が必要で、泌尿器科に受診するようになってからはそこの医師もカテーテルを入れる事を勧めた。

しかし夫は様々な理由をつけてカテーテル挿入を拒否し続け、神経因性膀胱薬だけで対応していた。しかし内服だけでは尿は出ない。
施設に対しては、「カテーテルを入れる事は治療にはならない。治療でないことはやりたくない。かえってリスクがある。」と言い、後で発覚したのだが泌尿器科の医師には「入居している施設はカテーテルを受け入れていないから無理だ」と説明していた。(施設がカテーテルを受け入れている事は夫も承知済みである)

Aさんの膀胱には常に尿が溜まり、パンパンに膨らんでいて、長ければ12時間以上も排尿がなく、わずかに漏れて出てくるような状況が続いていた。

下腹部を手で圧迫して排泄させる方法も、軽い圧迫では効果がなく、強く長く押せば出ることもある、という程度の効果になっていた。
しかし下腹部を圧迫する事は膀胱から腎臓に逆流したり、膀胱が破裂するリスクがあり推奨されている訳ではない。腎不全や腎盂腎炎からの敗血症が起こる最悪の事態が、近い将来に起きるかもしれないのに解決策が見つからない事が、ケアマネジャーや看護師を不安にさせていた。

ケアマネジャーと夫は、主にメールでやりとりをしていた。夫からのメールは、Aさんの病状について「ネット上で調べたような医学的見解」を披露し、だから施設は自分の指示に従うべきだと繰り返した。
例えば、最近Aさんに血尿が見られていると画像を送っても「尿の成分がパッドと反応してそのような色に見えるだけ」と一蹴するような対応だったり、どこから引張り出してきたのか分からない論文を引用し、都合よく解釈して「そこの看護師の理解はどうなっているのか」等とモラハラ気質をうかがわせる返信を重ねた。

また監視カメラから観測したデータを表にしたものが添付されて来たり、データをまとめたいから、排泄の記録を詳細に書けだのと要求してきた。尿閉が重篤な状況に繋がるかもしれないという時に、夫はまだ自己満足のために観測しデータを集めているとしか思えなかった。

強引に病院の救急外来にAさんを連れて行き、尿道カテーテルを入れて貰うことも選択のひとつだとケアマネジャーと看護師で話し合ったが、夫の承諾なく処置をして貰うのは可能だろうか。

今日もAさんの膀胱はパンパンである。生命の危機が近い事を伝えても、その件についての内容は返信されず今日に至る。

続く


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