スピーチの原稿(2)人見街道の女(怪談)

東京は不思議なところです。それは、生と死が背中合わせに同居しているからです。私たちは日々の忙しさのためにそんなことに気づかずにいるかもしれませんが、この世とあの世の境界になっている場所が、ところどころにあります。

そんなことを教えてくれる本がこれなんです。博物学を極めている学者、荒俣宏の著作の「日本妖怪巡礼団」。一節を紹介すると「池袋とか、渋谷とか、新宿とか、かつての界隈ーつまり境界地域は、墓地や寺や練兵場だった。そこには多くの死者が集められ、埋められた。そこが今や繁華街となって雑踏の中にある。『つまりね、寂しい場所をにぎやかな場所とする最もオカルティックな条件は、そこが死者と亡霊の土地だということだよ』死者や化けものが呼んでないところは、繁華街にならないのだ!」

例えといえば、池袋のサンシャインのすぐそばにある、巣鴨プリズン跡A級戦犯慰霊塔、渋谷、区役所のすぐ近くに、2.26位霊観音(処刑場跡)、そして新宿では四谷駅前は、岡田亜希子飛び降り現場があったり、そんなところがたくさんあるんです。

みなさんは、なんか嫌な雰囲気を感じるところってありませんか?

薄気味悪い感じとは思ってしまうところってありませんか?

それは、私たちの五感に何かが訴えているんですよ、近寄るなって。そう、それは私たちじゃない何か、妖怪とか霊とかいろいろ言われるものが、そこがこの世とあの世の境界線だったと伝えているんです。まあ、異界への入り口といえばいいのでしょうか・・・間違ってそこ超えちゃうとな・・・行ったきりになるんです。

そういう妖気を保持するのが実は土地なんです。というのは、その上物なんかは時代とともに変わってきているのですが土地は基本変わらないわけです。

荒俣氏に言わせると「土地は、もちろん生きているわれわれのものだ。けれど同時に、ここに生きた先祖の死者たちのものでもある。特に地名は、そうした地元の死者たちすべての記憶を保存している。その土地の<戒名>みたいなものだ。」

そんな東京を中心とした関東に住んでいると、どんなに忙しくともふとそんな境界の世界に触れてしまう時があるものです。今から紹介する話は、土地、というかある街道にまつわる話です。

人見街道。東京都心から、府中へいく裏道です。細い、曲がりくねった

薄暗い道でのこと・・・

話は遡ること、わたしがまだ30歳とちょい超えた頃、まだ独身時代です。

わたしが転職した会社の本社は高田馬場、そして住んでいた独身寮は、府中にありました。はい、刑務所のすぐ近くです。5分ぐらいで刑務所の壁に突き当たります。わたしは建築材料のメーカーで、マンションのような建物を調査する日が続いていました。毎日毎日、現場直行、会社に戻り、報告書まとめで残業。それで、機材を積んだバンで先輩と府中に帰る、そんな生活です。

実はその先輩、というか正しくいうと、会社では6ヶ月先輩、人生ではわたしが6年先輩という関係です。わたしたちは同じチームなのでほとんど同期のような関係でした。

彼のことをSくんと呼びましょう。実は、Sくんにはちょっと変わった能力がありまして・・・見えるんですよ。人には普通見えないものが。まあ、もちろん、わたしはそれを検証しようがないですよ。そんなものは見えないので。

彼はよく一緒にいると「ほらあそこ!」とか「こっち!」とか、いきなり指差して、どんな「人」がいたかを逐一教えてくれるんです。だからね、人見街道って細い裏道を、車でそのSくんと一緒に帰ると、いちいち教えてくれるのが、なんとも気味が悪いわけです。

「言わなくていいから・・お願いするよ」っていうんです。

「わかりました」なんていいながら

「あのね、大嶋さん、言っちゃダメですか?」なんていうんだよ。

「またなんかいたの?」

「そうなんです、でも言わない方がいいですよね」

「おい、そんなふうに言われたらきになるから、言ってよ」

「じゃおからないでくださいよ。いいますよ」

 その話は、過ぎ去る家の2階の窓に入っていた女性がいたとか着物を着た男の人が電柱の影に隠れて手招きしていたとか。わたしが車を運転していて、その横でそんなことを言うんです。特に裏道で、細い街道ですから、夜になると何が潜んでいるのかよくわからないところがあります。

 そんな彼といつもと同じように残業して、いつもと同じように遅くなっていつもと同じように車に乗って帰っていました。そしていつもの人見街道です。

 その時は、いきなりSくんがこんなこと言うんです。

「大嶋さん、最近なんか女の人に恨まれたりしてないですか?」

「えっ、なんだよいきなり。女の人に恨まれること!ないよ!」

「そうなんですか。おかしいですね」

「なんなのよ」

「大嶋さん、言っていいですか?」

「おい、またかよ、言うなっていいたろ!」

「どうしても気になるんですよ」

「じゃ言えよ!」

「本当にいいんですね!」

「おい、勿体ぶるなよ!」

「じゃ、いいますよ!」

「大嶋さん、左の肩に女の人の顔がずっとありました」

 わたしは思わず急ブレーキを引きそうになりました。

「怒るぞ!」

「本当ですって!」

さて、その話はこれで終わりです。別に誰かに恨まれることはしてないし、女性にひどいことをしたわけでもありませんでした。

ただ、その街道は、人見街道って言います。人が見ているんですね。誰が誰を見ているのかわかりません。過去、それは江戸時代かもっと前か、何かその場に自縛してしまった女性の思いが私たちの車に入って来たのかもしれません。

多様性が必要だと言われる世の中でが、それは単に人間だけの話ではないでしょう。日本では、昔から妖怪、霊とか、ましてや死者の残した思いなどと共存してきています。現代になってわたしたちはそんなことを忘れてしまい、気づかないでこの世とあの世の境界線を通っているかもしれません。あなたもそんな経験があるんじゃないですか?覚えていたくないので忘れているだけでね。

もし、嫌な予感とか気分が悪くなる場所があったら、悪いことは言いません、そこを避けることをお勧めします。ましてや、あなたが変なものが見えない人ならば余計に神経質になることをお勧めします。

この怪談をトーストマスターズの例会で語りました。その時、録画したものです。ラジオという想定にしていたので音声だけです。ご興味がある方は音声も楽しんでもらえますよ。


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