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【小説】Out Of The Cage【ショートショート】

朝、目が覚めると、冷たく固まった弟の体が、俺のとなりに転がっていた。俺は、突然やってきたこの出来事が、まったく意味も分からず受け止めることができなかった。

震える体でベッドから飛びのいた俺は、水をひと口飲みながら、おちつけ、おちつけと心の中で繰り返した。昨日まで、弟は元気に俺とこの部屋で遊んでいた。そうして一緒にこのベッドでひっついて寝たじゃないか。

なぜ?そして、どうしたらよい?大人でない俺には、どうしたらよいか分からない。そうだ、大人を呼ぶんだ。


俺たちには親がいない。いや、いたのだろうが、その記憶がない。かわりにこの部屋で、弟とふたりでこれまで生活してきた。

そして小さい俺たちの世話をしてくれたのが、ひとりの大人の人だった。
名前は分からない、教えてもらったことがないからだ。彼はこの部屋に食事をもってきてくれる。この間もふたりで寒さを我慢していたら、あたたかい毛布を持ってきてくれた。おかげで俺たちは、この部屋で元気でいられたのだった。

ただ、俺たちはこの部屋から出ることが許されないらしい。前に、扉が開いたすきにふたりで外へ出ようとしたら、すぐに捕まえられて部屋へと戻されてしまった。本当は外の世界に出てみたいけど、どうもあきらめた方がいいようだった。俺たちは、なぜかわからないが、ここにずっと閉じ込められていなければならないようだ。

・・・と、それより、あの人に気づいてもらわなければ。俺は必死になって、開かない扉を叩いたり押したりした。扉が開かなくても、せめてこの音に気づいてくれたら。


やっと気づいてもらえたその時、彼は見たこともない怖い顔をして部屋の扉を開け、そうして悲しそうに弟の体を何度かさわった。いまだ混乱したままの俺は、何も話すことができず、ただ部屋のすみに小さく座っていたのだった。

しばらくの間、音のない時間が流れた。

そうして彼は、両手で弟をもちあげて、部屋の外へと連れて行ってしまった。

俺はこうして、ひとりとなった。


弟がいなくなった悲しさすら、ちゃんと受け止められずにいた俺は、しばらく窓から外を見ていた。この部屋は、外の様子がよく見えるのだった。それだけに、外の世界に出ていきたいとずっと思っていたのだった。だけど今はもう、どうでもいい気がしていた。

ふと見ると、弟をかかえた彼が、外に出ていることに気が付いた。俺の弟をどうするのか、そう思っていると、彼は地面を掘って穴をつくった。そうして、俺の弟を小さな花と一緒に、その穴の中へ入れ、埋めた。

弟は、外の世界に出ることができたんだな。
そう思った瞬間、悲しさや寂しさや不安やらが、一気に俺の心にわいてきて、どうしようもなくなって、そのまま部屋で泣きながら、ひとりで寝た。


目が覚めると、やはり部屋には俺ひとりだ。水を一口飲む。急に腹が減っていることに気が付き、すでに部屋に用意されていた食事を、口の中いっぱいに詰め込んだ。

と、部屋の外で人の声がするのに気付いた。

「トーミン?・・・ハムスターって冬眠するの?えっ、じゃあもしかして・・・」

トーミンが何かは分からなかった俺は、少し広くなった部屋で、大きくなったほっぺを揺らしながら、弟が大好きだった回し車をカラカラとひとり回した。

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