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ろくを愛してくれてありがとう

2023年5月12日 1:45am ろく永眠。6月で18歳を迎えるところだった。

筆が進まない。でも頑張って書く。

埼玉県川口市出身のスコットランド人(猫)男性(雄)。6匹兄弟の末っ子。6番目に生まれたからろく。R社時代に同僚だった友人宅で生まれ、生後4ヶ月くらいでうちの子になって18年。一番長く連れ添ってわたしの男歴を黙って見守って来たbuddyだ。

当時のわたしはまだ自転車に乗り始めたばかりで、ホノルルセンチュリーライドに行くために多摩サイを玉川兄弟の像まで走ってよし練習した!というレベル感の頃(帰り道で立ちごけし骨折するというアクシデント付き)。
その後、自転車仲間も増え、SNSが最高潮を迎え時代はmixiからTwitter、Facebookへ。ろくはSNSで知り合ったお友達にたくさんかわいがってもらった。みなさん、本当にありがとう。ろくは本当に幸せだったと思う。

ろくは基本的に健康でスコティッシュフォールドとしては頑丈野郎だったと思う。18年生きてきてお腹を壊したのは4月の終わり頃の一度だけ。1歳の時に去勢した後で尿路結石の軽いのをやったけど、風邪も引かない健康な子だった。

2022年の夏の終わりに今まで見たことのないほどに体調を崩し、病院へ駆け込んだ時には腎不全の末期であと数日の命と宣告され、もうその時が来てしまったのかと泣きながら過ごしていた。

奇跡の復活から何事もなかったかのように半年が過ぎた。けど、日に日に食が細くなって来ていて足取りも(特に後ろ足が)軽やかさは無くなってきていた。
それでも気づいたら部屋の中で一番高いところでのんびり休んでいたりして、飼い主を驚かせることもあって、わしはまだまだ上下運動できるんじゃ!としれっと訴えているのかなと思ったりしたものだった。

4月も下旬の頃。
口をすごく気にする仕草が多くなって口臭も強め、口の中が痛いせいでフードを食べなくなったので病院へ行った。診察してもらったけど、気になる事項が多く精密に検査をしないことにははっきりとわからない、ということだったけど、もう腎臓が悪いのはわかっていて根本治療をするのはあまり意味がないとも思っていた。獣医師にもそれを伝えると理解をしてくれて、点滴で目先の治療だけしてくれることになった。とりあえず口の中の炎症が治ってくれればまたご飯が食べられる。

点滴をするために少し通院した。すると薬が効いてまたカリカリを食べるようになりひと安心。
けど、GWの後半からまた調子を落として来て再び通院。
先生と話す内容は、前回と同じでいいですということだけ。あとは家で介護します、と。もう覚悟は決めた。

少し回復したように見えたけど、5月4日頃からウエットフードも口にしなくなった。何も食べなくても水は飲んでいたけど、5/9頃からは水も口にしなくなった。
それでも部屋の中をいつものように動きたがる。帰宅すると玄関まで迎えに来ているし、わたしがトイレに行くと一緒に付いてくる。お風呂に入っているとドアの外で待っている。洗面台で歯を磨いていると背後で見守っている。

飲まず食わずの状態で1週間も持つだろうか。その期待に意味はないだろ、と自分に言って聞かせ現実を見なければとろくの最期の準備を進めた。悲しかった。

足が踏ん張れずに立ち上がることができないのに、立とうとするろくを見て、本当にかわいそうで悲しくなった。それからほぼ横になっていて、その日の夜はわたしもろくの横に毛布を敷いて一緒に寝た。

最期を看取れてよかった。
目を閉じてあげて、体と顔を綺麗に拭いてあげて用意していた箱に入れニャンモナイトの形にし、箱をベッドの横に置いて少しだけ寝た。


思い出の写真。
たくさんあるけど、ろくの実家の飼い主さんであるひろみさんが送ってくれた写真がほんと懐かしくて。まだ小さいろく、本当にかわいい。

生後2ヶ月頃
どれがろくでしょう
はあ若い笑。この子はろくのお姉ちゃん。唯一の女の子、長毛。
引き取りに行った日。ひろみさんが手形(肉球形?)を取っている。左に写っているわたしは肘の骨折中だった。
近年のろく。砂の岬(桜新町のスパイスカレー店)にあったリサラーソンの猫の置物そっくりで笑った記憶。
まるとは仲がいいのか悪いのか結局わからなかった。けどシンクロ率高し。
なぜかこういうシーンが多かった。あの、大丈夫ですか〜?と毎度確認していた。
平和を象徴する猫。まるが絶対にやらないポーズ。
やっぱり仲良しだったのかな。ろく安らかに。

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