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雑感2 橋本多佳子の俳句

俳人・橋本多佳子(1899-1963)は、量と質を兼ね備えた信頼できる女性アーティストという点で、ジョニミッチェルや荒井由実と似ていると思う。
三作目の句集「紅絲」(こうし。1951年発表)を読んでいると、バキバキに凄い句が並んでいて驚く。ちょっと十句を書きぬいてみる。

①凍蝶も記憶の蝶も翅を欠き
(イテチョウモ/キオクノチョウモ/ハネヲカキ)
②雪はげし抱かれて息のつまりしこと
(ユキハゲシ/ダカレテイキノ/ツマリシコト)
③拠るものゝ欲しけれど壁凍るなり
(ヨルモノノ/ホシケレドカベ/コオルナリ)
④木こりいて冬山こだまさけびどほし
(キコリイテ/フユヤマコダマ/サケビドオシ)
⑤鷄しめる男に雪が殺到す
(トリシメル/オトコニユキガ/サットウス)

⑥寒月に焚火ひとひらづゝのぼる
(カンゲツニ/タキビヒトヒラ/ヅツノボル)
⑦百姓の不機嫌にして桃咲けり
(ヒャクショウノ/フキゲンニシテ/モモサケリ)
⑧木瓜紅く田舎の午後のつゝ゛くなる
(ボケアカク/イナカノゴゴノ/ツヅクナル)
⑨枕せば蚊ごゑ横引くひとの家
(マクラセバ/カゴエヨコヒク/ヒトノイエ)
⑩一ところ暗きをくゝ゛る踊の輪
(ヒトトコロ/クラキヲクグル/オドリノワ)

角川ソフィア文庫『橋本多佳子全句集』より

②は「ダカレテイキノツマリシコト!」の「絶叫感」が異様であるが、別の読み方をすれば静かに記憶を辿っているようにも見える。
③は「壁凍る」という状況(そう感じ取った作者の感覚)の怖さが凄い。
⑦は「百姓」「桃」という言葉から与謝蕪村や炭太祇の雰囲気を感じた。ちょっと楽しい。
⑧は、色と時間がずーっと並んでいる。
⑨は、(どの句もそうであるが)音読するとまず気持ちがいい。カゴエヨコヒクヒトノイエ。
⑩は私が最も好きな俳句の一つである。「暗きひとところ」が目に見えるし、祭りの喧騒が聞こえてくる。そこをくぐる時の若干の不安。踊りの輪は延々と回り続ける。
祭りでの踊りを詠んだ橋本多佳子の句では、
「かの老婆まためぐりくる踊りくる」も凄く良い。老婆という状態になった人間が持つ「怖さ」という側面を、うまいこと伝えていると思う。

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