机と椅子と花
冬と春が入り混じったような日々。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。ポカポカと太陽が出て少し気が緩んだところで、また寒くなったり。体調を崩さぬようにしたいですね。
春は待ち遠しいですが、花粉症の方はここからが本格的なシーズンの幕開け。かくいう僕もスギとヒノキがメインの花粉症なのですが、昔より症状は落ち着きつつあります。花粉の話になると長くなるので割愛、また別の機会に。
今日は、ずっと書きたいと思っていた「机と椅子と花」について、色々な観点から追っていきます。
引っ越しとモノ
私事ですが、昨年11月名古屋から福岡に移住しました。
何もない空間。この感覚、とても久しぶり。ここからどんな風にでも作り上げていくことができる、自分だけの場所。夢と希望・理想が渦巻いて、想像が膨らみますよね。
鍵の受け渡しと入居の手続きは済ませたものの、名古屋の家の荷物を片付けて引っ越しが完了したのは年明け1月半ばとなりました。
入居とは逆で退去の際。片付けを進めていて引越しの度に思うのは、モノがないとこんなにも広かったんだ〜、です。
つい最近まで生活があったはずの場所、モノが無くなるとそこには箱(boxという意味ではなく空間)だけが残る。
第三者からすると殺風景だけれど、そこに住んでいた人たちにだけ見える生活の跡。地球上に溢れる居住スペース。その全てにそれぞれの人間の暮らしがあるんだなと思うと、その膨大さに眩暈がします。
はじまり、何もない場所から
鍵受け渡しの日。キャリーケースに最低限の荷物を詰めて。持って行ったのは、数着の着替え、お気に入りのマグカップとお皿、ミルクパン、電気ポット、そしてIKEAのマリウス。スツールを組み立てて置いてみたけれど、本当に何もない。
他に家具は何もないけど、とりあえず座ることは出来る。テーブルはなくても大丈夫、時間に余裕が製作に取り掛かろう!と思っていました(この時は...)
では、ご飯はどこで食べるのか?
椅子があるので、床で食べる選択肢はありません。ということで、残るはシンク横のスペース。記録に撮った一枚があります。
ベッド以外の大きな家具は全て処分することに決めたので、前に作ったダイニングテーブルも手放すことに。
名古屋の家に引っ越した8年前?に完成後、撮った写真です。
このテーブルをDIYした時に、色々と探していて見つけたIKEAの脚LERBERG(レールべリ)
組み立て簡単、これにしよう!と選んだのですが、形状的に足元がどうしても狭くなってしまうのがネックでした。
※捨てるのも処分代がかかる世の中、テーブルはジモティで引き取ってもらいました。感謝。
引っ越したらすぐにテーブルを作る予定で、もう一度作るならシンプルなデザインが良いな〜。ということで楽天で物色し、新居に届くように手配。
バタバタですぐに天板の製作に取り掛かれず、届いたまま壁に立てかけられる重たい段ボール。
そのまま数日。
おやつタイムもシンク横。
フォロワーさんに教えて貰ったパン屋さん、朝買いに行ってブランチに。どれも美味しかったけど、特にベーコンエピが気に入りました。
なんとなくスピーカーを置いてみたけど、結局シンク横に変わりなし。あたたかみ無し。
美味しいものを食べているのに、味気ないという一言ではまとめられない空虚さを含んでしまう。食事をどういう空間で食べるのか。スツールがあるし余裕だなと思っていた自分の浅はかさ(笑)
それに付け加え、シンクだと脚が下に入らないので必然的に斜めを向いて食べることになり体勢も落ち着きません。
物書き
そして、食事だけではありません。
僕は割と色んなことを書き出したい(ノートとかメモ帳とか付箋とか・・・)とにかく、すぐに紙を広げて書きたい。
これ、机がないと割と難しいんですよね。
床でも壁でもシンク横でも可能ではあるけれど、なんか違う気がする。書けるけど、これじゃない感。
ノートと参考書を広げるのも、床だと違う気がする。ちゃんと椅子に座って机に向き合いたい欲があります。机と向き合うことで、思考が進んだり記憶できる事柄があるんじゃないかと思ったり。
そして椅子に慣れているからか、長い時間床に座るのは腰痛持ち&股関節を痛めている自分にはしんどいという問題点も挙げておきます。
物置き
食事も筆記も、テーブルがないとパッとしないのは前述。さらに問題は、収納の棚がない状態において普段使う物をどこに置くのか問題が発生するのです。
ケータイ、文房具、ノート、本、すぐ手に取れる場所に欲しいもの。床に並べて置いていたけど、これも違う気がする。
この記事を読んでいる方は、普段何を机に置いてますか?ティッシュとか、リップとか、読みかけの雑誌とか?他に何だろう。
※普段テーブルには全く何も置いてません!って方もいると思いますが、棚などの収納スペースが全くない場合と仮定してくださいね。
文化的な生活、机と椅子
それからまた数日が経ち、ふと浮かんだのが、スツールだけでは「文化的な生活」ができない。それが自分の中に出た結論です。
そこでふと、いつから人は机と椅子で生活しているのか??という疑問が生まれました。以下、調査結果をシェアします。
どうやら平安時代初期には、座って読者や書き物、写経などをする文机(ふづくえ)が流通していたよう。これは完全に物書き用で、食事用ではないですね。文豪が正座して小説を書いている図が浮かびます。
日本の生活様式は、床に座って過ごす床座スタイル。
平安時代、縁のある角盆(折敷)を食器などの下に敷いていた。平らな状態から脚が付き、衝重(ついがさね)、懸盤(かけばん)へと進化。台に乗った料理が1人づつ出されていました。
そして、そこから銘々膳(めいめいぜん)へと発展したらしい。
今見ると逆に新鮮で、お食い初めや正月の特別な料理感がありますよね。
銘々膳のあと、ようやく昭和の食卓をイメージする卓袱台(ちゃぶだい)の登場です。昔のアニメやドラマでも、父親がなぜか卓袱台をひっくり返すとシーンがあるんですよね。演出に必要だったのかな(笑)巨人の星というアニメのちゃぶ台返しが一番有名なのかな(観たことないので詳しく分かりませんが)
ひとつの食卓をとり囲んで食べる形式を経験しなかった日本人にとっては、卓袱台(ちゃぶだい)の存在が珍しくもあり、魅力的だったそうです。しかし、卓袱台が普及するのは明治に入ってから。しかも東京・大阪などの都心中心で、全国に普及したのは大正中頃から昭和中期になってから。
それはなぜか。
江戸時代の日本では、人間関係はすべて上下の関係しかなく、たとえ家族の中でも必ず厳然たる身分的序列があった。
決して平等ということはなかったので、銘々身分に応じて、それぞれ異なった形の膳を用いる他なかった。ということらしい。
卓袱台自体の存在は長い間あったものの、庶民の間で普及・活用までに、かなりの年月がかかったことが分かりました。
食卓机については上記が簡単な流れです。
では椅子について。
卓袱台からダイニングテーブルに移り変わっていったと思いたかったのですが、どうやらそう簡単ではなさそう。
幕末の黒船来航によって、政治面だけでなく生活様式についても否応なく直面せざるを得なくなったという大人の事情があるようです。
外交交渉を行う場合のしつらえから衝突スタート(苦笑)
欧米側はもちろん椅子座(いすざ)を主張し、日本側は床座(ゆかざ)を主張。そこで、最初は双方それぞれの流儀で座っていたのだけれど、それだと目線の高さが違う。そのため、畳に座っている日本人側が、あたかも西洋人に取り調べでも受けているよう・・・
畳を積み重ねて調整したりしたが、ついには床座は敗退せざるを得なかったらしい。想像しただけで意地の張り合いを感じて笑ってしまいます。
明治に入り洋家具が入ってきて、明治五年には官庁で椅子使用がはじまったよう。
■参考文献 小泉和子(1980)「日本史小百科 家具」近藤出版社 pp88.89 190-200
その後、生活習慣の変化や洋風化指向に伴い、卓袱台からダイニングテーブルへと移り変わりました。今のわたしたちの生活の一部となっている家具の変遷は以上です。
長くなりましたが、もう少しだけ続けますね。ここまで読んでくれているあなた、とても根気がありますね。ありがとうございます。
参考にした書籍、内容が素晴らしかったので興味ある方は図書館で調べてみてください。
食卓と花
取り掛かるまでに時間がかかったダイニングテーブル作り。
作り始めたら簡単、今回はサイズも理想通り。そしてホームパーティーでも6人まで座れるように設計しました!
ライトも付いて、ようやく机と椅子でゆっくりご飯が食べられる幸せを噛み締めます。
この時、テーブルが完成しているのに冷蔵庫がまだありませんでした(結果的に豆腐を山盛りサラダで食べています・・)
念願の、これが待ちに待ったテーブルだ!!と歓喜。一時期ハマっていた素麺の温かさが身に染みる。
充足感に違いはないのだけれど、夜ご飯を食べ進めながら、ふと頭に浮かんだのは、「ここに花を飾りたいな~、花があればもっと最高なのに」という思いでした。
引っ越しに仕事にバタバタで、ようやく落ち着いてのご飯時間。
正直、自分が花を飾りたいと思ったことに少し驚きました。それと同じくらい、忙殺された日々の中で花のことを考えている自分(どこか心に余裕がないと花のことを考えられない)を嬉しく思いました。
それから少し経ち、引っ越し祝いにいただいた花器にクリスマスらしい植物を飾ってみましたよ。
テーブルがあると出来ることも広がる。
ということで、ブーケも束ねて飾ってみました(この時まだ花器が一つしかなく、とりあえずペットボトルを切って代用)
「椅子だけでは文化的な生活ができない」そう思っていた日から、食卓に花を飾る余裕をもつまでは短期間でしたね。
余裕がないと花を飾ろうとは思わないけれど、花を飾ることで生まれる余裕も楽しみたい。ダイニングで夜ご飯を食べながら、気持ちも新たに思いました。
引っ越しも完了し、今はたくさん花器がありますが、1月中旬は一輪挿しも無くて急遽手作りしたペットボトルの器。いびつな流線形が気に入っています。
ずっと自作の透明な花器でも悪くはないのですが、最近とても素敵な一輪挿しを新しく入手しました!!まずは3月のスタートに春の花を飾ろうと思っています。
そうそう、先日いつもnoteを読んでくださっている方から「文を読むと思考の過程が分かります」と言われ嬉しかったです。稚拙な文章ですが、今後も推敲を重ねてお送りします。
今日も長くなりました、相変わらずオチはありません。お花ってやっぱりいいよね、みたいな〆になります。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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