走る前の

写真を頼まれた。

自分ではさほど思わないがありがたいことに見た目を褒められることがある。異性から交際を申し込まれることもある。どう反応するのが良いのか分からないので断ることが多い。上手に断らないとカドが立つ。問題だ。自分が蒔いた種ではなのだ。「好きだ」と言われ、好きでないから断ると、「調子に乗っている」と悪く言われる。悩ましい。


今回も、そんな話かと思ってしまった。「モデルになって」と言われた。街角スナップみたいなことは言われたことがあった、断ったけど。「黙ってればカッコいいからさ」ん?今までとは違っていた。見た目を褒めてはいるのだが、褒め言葉じゃない。ムカついた。闘争心をかき立てられた、のかな。


スマホで撮る写真に慣れているから、ああいう、カメラって感じの存在感あるカメラに気圧された。写真を撮るという目的には使われなさそうな、大仰なサイズ。何かしらの武器に見える。シャッターと同時に砲弾が飛びかかってくる気がする。轟音を伴って、瞬間で襲われる。そんな感覚だ。やられた。


「ねえ、ちゃんとして」ちゃんと、ってなんだよ。カメラという兵器で削られた体力は戻らない。爆風で、体の一部がもっていかれた感覚。心からの笑顔とやらから、えらく遠くにいた。ああもう。


下ばかり見ていたから、靴紐がほどけているのに気付いた。「ちょゴメン」返事を待つ間もなく膝を折った。ゆっくりと編んでいく。崩れた形を、組み直す。一つずつ、積んでいく。
「まだ?」かがんだまま、カメラを見た。自然と目線が上がったのか、視界の大半を塗っていた青があった。青だった。吹っ切れた。


出来上がった写真を見せてもらった。かがんだままだった。走り出すよりも前。準備万端ではない。準備を始めたところだ。これからだ。

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