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オーストラリアとニュージーランドで広がるオンラインで遺贈寄付を残せるプラットフォーム:3万件の遺言の分析レポートから

2023年2月、オーストラリアの非営利団体Fundraising & Philanthropy(F&P)が開催したウェビナー「Analysis of over 30,000 wills to inform your Gifts-in-Wills program 」に参加しました。

登壇者は、2018年に設立されたオーストラリアとニュージーランドで手軽に遺言を残すことができるオンライン・プラットフォームおよび関連サービスを提供するSafewillの創設者兼CEOのAdam Lubofsky氏とチャリティパートナーサクセスの責任者のCleo Faul氏、そして事例共有としてLeukamelia FoundarionのシニアフィランソロピーマネージャーのEmma Dwyer氏。 

このウェビナーは、自社のプラットフォームを通じて30,000人の利用者を分析したレポートの発行にあわせて開催されたとのことです。本記事では、そのウェビナーとレポートの内容をまとめてあります。

Lubofsky氏は、2018年に友人が急逝し、遺言がなかったことで遺された家族が諸手続きに非常に苦しんでいたことを見て心苦しさを感じていました。遺された家族が諸手続きで苦労するプロセスは、避けることができるものだと考えた同氏は、法的にも有効である遺産計画を手頃な価格で、簡単にアクセスしてつくることができるプラットフォーム「Safewill」を創業することを決意しました。

Safewillの特徴的なポイントとして、プラットフォーム上で提出された全ての遺言が提携している法律事務所によってレビューされ、それらが法的に有効な遺贈かどうかを必ず確認する体制を整えている点です。
実際、レビューされた遺言書の約四分の一が、遺言書に含まれている情報が間違っているか、プラットフォームでは許可されていないことをしようとしているか、または遺言書が法的に無効になる可能性のある誤りがある等の理由で、遺言執筆者に戻されているそうです。

Lubofsky氏は、他の遺言書を作成するプラットフォームでは遺言書のフォーマットが設けられているだけで、あとは遺言執筆者に全てお任せ状態になっており、Safewillの提携の法律事務所によってレビューされた遺言書の四分の一が受領不可と判断されている点からも、法的に有効な遺言書を作成できることがSafewillの優位性であると語っています。


用語説明

遺贈寄付の推進を行っている全国レガシーギフト協会にも確認をしたところ、本記事執筆時点で記事内に出てくる用語が、日本語で該当する言葉・用語が無いため、用語説明を最初にさせていただきます。

※1:Residuary Gift:税金などが支払われ、遺言によって指定された具体的な財産の分配が行われた後に残る財産のこと。

※2:Primary Residuary Gift:上記のResiduary Giftsを、誰が相続するかやどこの非営利団体に寄付するか等を予め指定しておくことを指す。アメリカやイギリスの法体系で使われる法律用語。

※3:Backup Residuary Gift:上記のPrimary Residuary Giftの受益者が生存しないか、または遺贈を受け入れない場合に、遺贈を受け取る受益者を他に指定しておくことを指す。予備的な遺贈としての機能であり、Primary Residuary Giftが実行できない場合に備えて設定されるもの。アメリカやイギリスの法体系で使われる法律用語。

Chat-GPTやGoogle検索の結果、Safewillのウェブサイト上の説明文をもとに筆者作成

オーストラリアの状況

Safewill Annual Gift in Will Report Australia 2023では、2023年1月1日から12月31日までの間に、Safewillのオンライン・プラットフォーム上で提出された3万を超える遺言書からの調査結果を分析し、遺言者の年齢、居住地、家族構成などの主要属性が彼らの寄付パターンにどのような影響を与えるかが分析されています。

概況

オーストラリアの遺贈寄付の概況は以下の通り。

Safewillでのオーストラリアの遺贈寄付の概況(Safewill Annual Gift in Will Report Australia 2023より)

・見込み総収入は、400万豪ドル以上(約3億9200万円以上)
・遺贈寄付者の年齢の中央値は、48歳
・レビューされた遺言は、3万件以上
・Residuary Giftの平均は、15%
・遺贈寄付の件数は、4800件以上
・Primary Residuary Giftの割合は、44%

上記の「Safewillでのオーストラリアの遺贈寄付の概況」を筆者意訳

下記のグラフは、オーストラリアの年齢別人口に対するSafewillのプラットフォーム上で提出された遺言を表しています。薄緑が提出された遺言の年齢別の割合、紺色がオーストラリアの年齢別人口の割合を指しています。40~49歳を筆頭に、30~39歳と50~59歳の層がボリュームゾーンとなっています。

人口に対する年齢別の遺言の提出状況(Safewill Annual Gift in Will Report Australia 2023より)

全体のうち24%の人達が、複数の非営利団体に遺贈寄付を残しました。 支援者が複数の非営利団体に寄付したいという想いを実現するため、Safewillでは遺贈寄付者は自分が関心を持つ活動を選択し、遺言書で複数の団体を支援することができるようになっているそうです。

Safewillのレポートでは独身者はより高額の遺贈寄付を残す傾向があると記載されている一方で、全体の遺贈のうち半数以上(60%)は、パートナーがいて子どもがいない人、子どもがいてパートナーがいない人、または子どもがいてパートナーがいる人からとなっていたとのことです。

遺贈寄付者の配偶者と子どもの有無ごとの遺贈寄付件数(Safewill Annual Gift in Will Report Australia 2023より)

活動分野別の遺贈寄付の状況

非営利団体の活動分野ごとの寄付傾向も興味深い状況で、寄付者の間で明確なパターンや優先順位を見られたとのことです。Health(健康)の24.3%が全体で突出していて、次いでAnimals(動物)の16.94%とEquality(平等)の15.66%、Community(地域活動)の14.78%、Children(子ども支援)の10.8%という状況となっています。

遺贈寄付先の活動分野(ウェビナーより)

各分野の詳細を見てみると、Equality(平等)の分野では、配偶者や子どもを持たない人々からの遺贈寄付が多かったそうです。
Health(健康)の分野は、遺贈寄付先として選ばれることがもっとも多い分野となっています。
Environment & Animals(環境および動物)の分野では、高齢の遺贈寄付者が多く中央値の年齢は48歳となっていました。
Children(子ども支援)の分野には、遺贈寄付者の年齢の中央値は42歳で、他の分野よりも低い傾向がありました。チャリティと関連性のある小さい子どもを持つ親は、遺贈寄付プログラムをつくろうとしている子ども支援団体に親しみを持ちやすかったり、潜在的な遺贈寄付者になり得ると考えられるようです。

活動分野ごとの遺贈寄付の詳細①(ウェビナーより)

First Nations(アボリジニ等の先住民)の分野では、配偶者はいるが子どもはいない人達からの遺贈寄付が44%ともっとも多かったとのことです。
Community(コミュニティ活動、地域活動)の分野では、2023年は1013件の遺贈寄付が確約されました。
Education(教育)の分野では、単一の団体への遺贈寄付者をより惹きつける傾向が見られ、遺言執筆者のうち、複数の団体に遺贈寄付をする意向を示した人は、わずか8%でした。
Sport(スポーツ)の分野では、Safewillのチャリティパートナーの団体によるキャンペーンから直接流入してきた遺贈寄付者が多かったようです。

活動分野ごとの遺贈寄付の詳細②(ウェビナーより)

Free Wills Week

2024年3月のFree Will Weekのバナー広告(インターネット検索より)

2022年9月から、Safewillが主導してFree Will Week(無料遺言週間)というキャンペーンを年間2回(9月、3月)で行っています。直近の2023年9月の実施の際には、Safewillのチャリティパートナーの非営利団体に対して、わずか1週間で約10,000件の遺言書が提出され、1,948件の遺贈が約束されました。

この結果となった要因として、Safewillとチャリティパートナーの各非営利団体との協働での努力が挙げられています。非営利団体側はメール配信、SNS、ダイレクトメールの郵送などを通じて自団体の支援者にFree Will Weekを積極的に宣伝。 Safewill側は、オーストラリアとニュージーランド全体で520万人以上にリーチできたとしています。このキャンペーンは、オーストラリアのChannel 9やChannel 7の夕方のニュース番組等の国民的な放送局で特集され、主要な新聞やウェブメディア(Herald Sun、Courier Mail、news.com.au、The Daily Telegraph、The Hobart Mercury等)でも取り上げられました。また、様々なラジオ局(Rhema、LifeFM、2GB、3AW、4BC等)においても特集されたとのことです。

2023年の2回の(Free Will Week)の結果、チャリティパートナーの非営利団体の見込み収入額は130%増加。遺贈の数も95%増加し、平均のResiduary Giftsは約14%となったとのことです。

また、Safewillのメッセージ戦略の一つとして、資産の1%という控えめな遺贈であっても非営利団体に持続的なインパクトをもたらすことを伝える「1%ルール」が効果的であったとレポートでもウェビナーにおいても語られていました。データからも有効性が示唆されていて、慈善活動への寄付目的のResiduary Giftsを選択する個人の意識が高まっているとレポートでは述べられています。

Leukamelia Foundarionの実践

Leukameliaとは「白血病」の意味で、Leukamelia Foundarionは白血病の当事者だけでなく、血液がんの当事者サポートを行うオーストラリアの非営利団体です。

同財団は、2023年3月のFree Wills Weekに参加し、同年9月のFree Wills Weekで本格的なキャンペーンを団体として実施しました。
キャンペーンのターゲット層は、過去に遺言で寄付を遺すことに興味を示したことがあるが、何らかの理由で確定していない人々としました。ただし、これだけではターゲティングとしては抽象的過ぎるので、既存の継続寄付者等の5つの支援者セグメントを設けたそうです。

Leukamelia Foundarionのコミュニケーションとしては、Safewillとのパートナーシップを紹介し、無料で遺言を残せる機会の提供について知らせました。そして、Leukamelia Foundarionのキャンペーンにおける目標は、遺言に同財団への寄付を残すことを検討するように求め、財団(の取組み)を支援する素晴らしい選択肢があることの世間に認知させることでした。

そこで有料のデジタル広告を実施するだけでなく、財団への遺贈寄付と遺贈寄付者を紹介するSNSコンテンツを投稿しました。その広告は、65歳以上の人々と25歳から54歳の人々を対象にしたものとで分かれていて、年配の人達には将来の贈り物を強調した広告を、若い人達向けの広告にはFree Wills Weekのタイミングと無料の遺言の提供に焦点を当てた広告を出したそうです。また、5つの支援者セグメントには3つのEDMを送信したとのことでした。

キャンペーン時のSNS広告とEDMの例(ウェビナーより)

キャンペーン期間中、10人がLeukamelia Foundarionへの寄付を遺言に含めることを選択したそうです。そのうち5人が私たちと連絡先の名前と詳細を共有することに同意し、その5人のうち3人が新規の方々だったと言います。財団へのまとまった遺贈寄付希望者を獲得できたことは非常に良い結果と捉えていて、2023年9月のキャンペーン期間中に得られた将来の遺贈寄付による見込み収入は、投資の53倍という費用対効果だったとのことです。(具体的にかかった費用は明かされませんでした…)

また、EDM全体の購読解除率も低く、2つのEDMの購読解除率が0%で、1つのEDMだけ0.23%の購読解除率だったそうです。

キャンペーン中、何人かの人々が自身のストーリーを共有し、財団の寄付キャンペーンや寄付者コミュニケーションでの活用を望んでいることを自ら知らせてくれた方々もいたそうです。基本的に、そういった方々をキャンペーンの広告や掲載ストーリーで使用しているため、新たに掲載希望者が出てくることは本当に良い状況だとDwyer氏は語っていました。

2023年9月のLeukamelia Foundarionの遺贈寄付キャンペーンの成果(ウェビナーより)

ニュージーランドの状況

Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023では、2023年6月1日から12月31日までの間に、Safewillのオンライン・プラットフォーム上で提出された2,000を超える遺言書からの調査結果を分析し、遺言者の年齢、居住地、家族構成などの主要属性が彼らの寄付パターンにどのような影響を与えるかが分析されています。

概況

ニュージーランドの遺贈寄付の概況は以下の通り。

Safewillでのニュージーランドの遺贈寄付の概況(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

・見込み総収入は、28万ニュージーランドドル以上(約2520万円以上)
・遺贈寄付者の年齢の中央値は、51歳
・レビューされた遺言は、2000件以上
・Residuary Giftsの平均は、11.21%
・遺贈寄付の件数は、500件以上
・Primary Residuary Giftsは、51.5%

上記の「Safewillでのニュージーランドの遺贈寄付の概況」を筆者意訳

下記のグラフは、ニュージーランドの年齢別人口に対するSafewillのプラットフォーム上で提出された遺言を表しています。薄緑が提出された遺言の年齢別の割合、紺色がオーストラリアの年齢別人口の割合を指しています。オーストラリアと年齢層のボリュームゾーンはほぼ同じですが、異なる点として、30~39歳がもっとも多く、次いで40~49歳と50~59歳の層が多い状況となっています。

人口に対する年齢別の遺言の提出状況(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

全体のうち、17%の人達が、複数の非営利団体に遺贈寄付を残しました。Residuary Giftの平均サイズについては、子どもやパートナーがいない人々の方が多い傾向があるそうです。また、パートナーがいて子どもがいない人や、子どもはいるがパートナーがいない人々、子どもとパートナーが両方いる人々からの遺贈がオーストラリアと同様に全体の61%を占めていました。

遺贈寄付者の配偶者と子どもの有無ごとの遺贈寄付件数(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

活動分野別の遺贈寄付の状況

多くの項目で、Community(コミュニティ活動、地域活動)への遺贈寄付が高い数字という結果となりました。

主要項目で最も高い数字とその活動分野(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

Health(健康)の分野では、135件の遺贈寄付がありました。注目すべきは、単一の非営利団体への寄付者をより惹きつけ、遺言書提出者のうちわずか11%が複数の非営利団体に寄付をすることを選択したことです。この分野における将来の見込み総収入は、470万ニュージーランドドル。遺贈寄付者の年齢の中央値は、49歳でした。

Health(健康)分野への遺贈寄付の概況(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

Education(教育)の分野への遺贈寄付者は、最も高い平均年齢の52歳でした。 遺贈寄付を含む提出された遺言書の大部分は、チャリティパートナーの非営利団体によるキャンペーンを通じて提出されたとのことです。これは、支援者を特注のキャンペーン経由で誘導することが、寄付率を高めることを示しています。

Education(教育)分野への遺贈寄付の概況(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

Children(子ども支援)の分野は、非営利団体によるキャンペーンを通じて受け取った遺贈寄付の割合が最も高い88%で、そのうちの56%がPrimary Residuary Giftsだったそうです。 遺贈寄付者の年齢の中央値は45歳で、他の分野よりも低く、オーストラリアと同様におそらく子どもに関連する事前活動への早期の関心や親しみを示唆していると、レポートでは述べられています。

Children(子ども支援)分野への遺贈寄付の概況(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

Environment(環境)の分野では、38件の遺贈寄付がありました。 チャリティパートナーの団体によるキャンペーンを通じて、51%の将来の見込み収入が得られたそうです。また、Residuary Giftsの平均は14.2%。これは、環境問題に対する個人の関心を示しているとレポートでは述べられており、中央値の遺贈寄付者の年齢は51歳と、年齢層が高めの傾向となっています。

Environment(環境)分野への遺贈寄付の概況(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

Animals(動物)の分野の非営利団体に遺贈寄付を遺した人達は、全ての分野の中で最も低い中央値の年齢(42歳)でした。この分野では、Residuary Giftsの平均が15%と、大きなサイズの遺贈寄付もあったとのことです。また、遺贈寄付者のほとんどがペットを飼っていました。

Animals(動物)分野への遺贈寄付の概況(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

Community(コミュニティ活動、地域活動)の分野では、他の分野よりも平均のResiduary Giftsが9%と低い一方で、全ての分野の中で最も多い212件の遺贈が残され、中央値年齢が53歳と高齢の遺贈寄付者が多くなっています。 また、この分野では、複数の非営利団体に寄付を残す個人が最も多い14%で、これはコミュニティ活動、地域活動を行う非営利団体の支援者が、富を複数団体に分配したいと考える傾向を示唆しているとレポートでは言及されています。

Community(コミュニティ活動、地域活動)分野への遺贈寄付の概況(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

Equality(平等)の分野では、将来の見込み総収入は240万ニュージーランドドルに上りました。多くの遺贈寄付は、38%の子どもやパートナーを持つ人々からでしたが、最も高額のPrimary Residuary Gifts(15%)を残したのは子どもやパートナーを持たない人々でした。

Equality(平等)分野への遺贈寄付の概況(Safewill Annual Gift in Will Report New Zealand 2023より)

いかがだったでしょうか?

本記事の執筆時点で、1年半に渡るオーストラリアでの生活実感として、行政への提出物などの様々な諸手続きがデジタル化されているので、遺言を残せるオンライン・プラットフォームも浸透しやすい土壌があったように思います。参考として、日本のキャッシュレス推進協議会が発表した「キャッシュレス・ロードマップ2023」によると、オーストラリアにおけるキャッシュレス決済は72.8%の割合に上っているとのこと。

本レポートは、下記リンク先から名前やメールアドレスを登録すれば、誰でもアクセスできるようになっていますので、興味のある方はご参考ください。

記事をお読みいただき、ありがとうございました!もしよろしければ、サポートいただけると日々の活動の励みになります!これからも日本の非営利活動のお役に立てるように、様々な機会に参加して得た海外のソーシャルセクターの情報や知見を発信していきますので、今後ともよろしくお願いいたします!!