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アブダクション(仮説推論) 『系統樹思考の世界』

この本は、系統樹思考と分類思考の対比から見て取れる科学哲学や科学史が取り上げられています。

系統樹は「時間的変化」の重要性を表現する方法で、ある意味,現代において「分類することで決定する」神格化されてしまった「科学」を改めて考えさせられます。

私がこの本を読んで感じた重要な論点としは,

「論理学・心理学でいうアブダクション」

「進化生物学・統計学でいうアブダクション」

の意味の違い、系統樹思考と分類思考の違いと人の認知特性があぶり出されてきました。

1. 論理学・心理学と進化生物学・統計学のアブダクションの意味の違い

論理学・心理学でいうアブダクションはどちらかといえば「発想法」に近いものではないでしょうか.
私の解釈が間違っていなければ,アメリカの哲学者,チャールズ・サンダース・パースが言っている「アブダクション (Abduction)」は

1.「ある驚くべき事象に出会う」
2.「その事象の原因についての仮説Hを立てる」

という二段階のプロセスにあります.

この「仮説を立てる」推論は,他の言葉で「遡って考える推論」や「Retroduction」などと言い換えてもいます.論理学や認知科学で言われているようなアブダクションはこれに相当するもので,(アメリカプラグマティズムを元にしている学問でもあるため)内容やプロセスについての説明はほとんどありません.
私が読み切れていないだけかもしれませんが,「アブダクション」自体を分析する(つまりより多くの語彙で言い換える)のではなく,「アブダクション」に相当する種類の推論事例を紹介するものがほとんどです.

考えだした哲学者がチャールズ・サンダース・パースによって、モーダスポネンスで説明できる,帰納推論(P,Q | P→Q)や演繹推論(P→Q, P | Q)といったもののもう一つの種類として,(P→Q, Q | P )といったものもあるのではないか?というこれもまた仮説から生まれたのではないでしょうか.

ただ,進化生物学や統計学でいうアブダクションはこうした論理規則のものとは異なります.

彼らは

「いくつかの仮説の中で尤もらしいものを選ぶ」

という考え方がアブダクションだとしてその推論規則を活用しています.

この本のなかでも取り扱われていましたが,「系統樹」という組み合わせ爆発が起こってしまうネットワークを取り扱うことや,「進化過程」という現時点では実験できない事象を取り扱う上では過去のデータから仮説を複数立て,その中で尤もらしいものを選択するしか方法はありません.

統計学においてのアブダクション,明確にキーワードが出てくるのは「AIC, 赤池情報量基準」を使ってモデル選択を行う方法です.多変量解析を行う上で,どのモデルが尤もらしいか,を自由度(つまりパラメータの複雑さ)の罰則をつけた最大対数尤度を使い,「相対的に」どのモデルが尤もらしいかを判断するのです.

ここで,認知科学,統計学が系統樹思考という一つの言葉で繋がります.アブダクションは人の思考プロセスの中でも,複数の仮説が意識下で処理され,アブダクティブにその内の一つが選択されているのではないか,というふうに妄想が広がります.

2. 系統樹思考と分類思考の違いと人の認知特性

また,人の認知特性には分類思考,本質思考があるとこの本では述べられています.

人が言語を学習していく過程の中では,例えば「赤」ということばを学習するためには「排他性バイアス」や「対称性バイアス」を使って学習していきます.つまり「消防車」と「リンゴ」が二つ並べられている時に「お母さんが赤いねー」と言ったとします.そのとき,こどもはそれぞれの共通点から「赤い」ということばが「それぞれの物体のある光のスペクトルのある部分」を示していることに気付きます.

また,名前を付ける,ということは「消防車」と「リンゴ」という言葉を知った時に起こります.沢山の消防車をみた時に消防車という言葉を獲得することで,リンゴと消防車の境目を創り,分類することができます.

これらのプロセスを経て人は言葉や概念を獲得してゆくのです.

系統樹思考はそれとは全く異なる概念です.

系統樹で考えるということは,ある時点(t)における個体(i)がどこから来ているか,共通祖先はなにか,ということを考えていくことです.つまり,「時間変化」が入り,結果よりもプロセスを重視した分析になります.

時間変化の概念が入ることで「変化」を捉えることができます.

認知科学で研究されている「人の学習」や学習科学・教育学で研究されているような「人の学習」の多くの研究は「プレテスト・ポストテスト」の違いによって研究されています.(例えば、小学校で英語の授業を受けた生徒と,受けていない生徒で授業の前後に受けたテストの点数の変化を比較するような方法)

ですが,それでは本質的な人の学習プロセスを捉えることはできないのではないでしょうか.人の知識構造を捉えるためには【ダイナミック】な知識の変化のプロセスを捉える必要があります.その一つの方法として系統樹的な方法で,科学論文のまとまりが解析されたり,学習ログの解析を行う研究が進められています.

単純にどちらがよい,悪いという二項対立の分類思考や本質思考ではなく,なぜその結果になったのか,プロセスはどこで変わったのかを見ていくことで人の学習を捉えることができると思います.

是非,興味をお持ちの方は読んでみてください.参考とした本をいくつか挙げておきます.


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