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「播州皿屋敷」(18歳以上向け)

 時は戦国時代。播州(播磨国)の姫路を治めていたのは小寺氏であった。小寺氏の重臣で青山に館を構える青山鉄山は、日頃より主君を謀殺して城を乗っ取ろうと画策していた。
 この謀略に勘付いたのが小寺氏の忠臣、衣笠元信であった。しかし証拠がない。元信は自身の妾であるお菊を女中として青山家に潜り込ませて、計画を探らせた。
 永正元年(1504)、姫路城主の小寺豊職が亡くなり、嫡子の則職が18歳で跡を継いだ。鉄山はこの機に乗じて一気に謀略を実行することを決意した。その春、姫路の北にある随願寺で花見が開かれることとなったが、鉄山はこの時に酒に毒をしこんで、小寺一族を暗殺してしまおうと企んだ。しかし、鉄山の子の小五郎が父を止めようとして言った。
「父上、そのような恐ろしい企てはおやめください」
「おのれ小せがれ。じゃまをするな」
 怒った鉄山は、小五郎を屋敷の牢に閉じこめた。
 これを知ったお菊は、ひそかに牢に忍び込み、小五郎に会うことができた。小五郎は鉄山の企みをお菊に伝えた。お菊は急いでそのことを衣笠元信に知らせたので、元信は即座に機転を効かせ、主君の小寺則職に花見を延期するよう進言した。こうしてすんでのところで鉄山の陰謀はくじかれた。
 しかし鉄山はすでにこの時、小寺氏と対立する大名の浦上氏と内応していたので、すかさず浦上氏の軍勢が姫路城に押し寄せてきた。小寺則職は辛くも逃れ、瀬戸内海の家島に落ちのびた。そして混乱に乗じてまんまと鉄山は姫路城を占拠し、その城主となった。

 暗殺の企みが露見したことを訝しむ鉄山は、家臣である町坪弾四郎に内偵を命じた。そして弾四郎は女中のお菊が怪しいと突き止めた。
 実はこの弾四郎、妻子がある身にも関わらず、鉄山の女中であるお菊を以前より懸想しており、あわよくば自分の囲い者にしようと企んでいた。お菊は年は二十歳で目鼻立ちが整っており、どことなく気高い雰囲気を保っていたので、女中たちの中にあっても他の者とは違う気配を醸し出していた。
 弾四郎はお菊を呼び止め、周囲に人がいないことを確認してから言った。
「お菊、そなたに似た女が以前、衣笠元信の屋敷に出入りしていたのを見たという者がいるが、それは誠か?」
 お菊は平静を保って答えた。
「これは町坪様、異なことを……私は青山様のお屋敷に奉公に出たのが初めてのことでございます」
 弾四郎はお菊の腕に手を添え、自分の方に少し引き寄せながら、ささやいた。
「お菊、俺が悪いようにはせぬ……どうだ、俺の妾にならんか?」
 お菊は弾四郎から身を離して、きっぱりと言った。
「町坪様、おたわむれは困ります。私は仕事に戻りますので、失礼をいたします」
 つれない態度で去っていくお菊の背中を見ながら、弾四郎は暗い怒りと欲望を噛みしめていた。

 お菊は城の中では台所まわりの調度類の管理を取り仕切る役目を与えられていたが、その中には普段は厳重にしまわれている家宝の器や皿なども含まれていた。とりわけ小寺氏の家中で伝世されてきた「こもがえの具足皿」と呼ばれる十枚一組の皿は、高麗時代の逸品として名高かった。弾四郎はこれに目を付け、そのうちの一枚を隠した。
 ほどなく家宝の皿の一枚がなくなっていることが明らかになった。青山鉄山は怒りをあらわにし、刀の柄に手をかけてお菊に迫ったが、弾四郎がそれを押しとどめた。
「鉄山様、それがしにお任せください。お菊めが、皿を割ったのか、それとも盗んだのか、口を割らせてみせましょう」
 鉄山も納得し、お菊を弾四郎に引き渡した。
 弾四郎はお菊を城の矢倉の中へ連行した。矢倉の床は土間となっており、天井はなく、小屋組がむき出しになっていた。元々は兵糧などをしまっておくのに使われていた場所であったが、この時は中には何もなくがらんとしていた。弾四郎には、配下の中間三人が付き従っていた。
 中間の一人に扉を閉めさせ、そこにかんぬきをかけさせた後、弾四郎はお菊を強く引き寄せて言った。
「お菊、俺の女になれ。そうすればお前を助けてやろう」
 お菊は弾四郎をにらみ返して言った。
「すべてはあなたの仕組んだことですね。なんて卑怯な男……決してあなたの思い通りにはなりません」
 弾四郎は平手でお菊の頬を打った。そして中間たちに命じて小袖をはぎ取らせ、襦袢姿になったところで麻の荒縄でその身体をきつく縛らせた。さらに縄を小屋組の梁にかけてお菊の身体を引き上げ、宙吊りにした。
 弾四郎は三人の中間に竹刀を持たせ、代わる代わるお菊を打たせた。竹刀の乾いた音がするたびに、お菊の悲鳴が薄暗い矢倉の中に響いた。
 しばらくしてから弾四郎は中間たちに打たせるのを止めさせ、お菊に近付いてきて言った。
「お菊、今一度聞く。俺の女になるか」
 髪の毛は乱れ、顔は汗と涙で濡れて苦悶の表情を浮かべていたお菊であったが、うなだれていた顔を起こし、弾四郎に向けてはっきりした口調で言った。
「あなたには従いません」
 弾四郎は怒りをあらわにし、腰の刀を抜いた。そしてお菊を吊るしていた縄を切ると、お露の身体は土間に叩きつけられた。
「中間ども。この女、お前たちの好きにして良いぞ」

 一刻(2時間)ほどの時間が過ぎた。弾四郎は唐櫃に腰かけ、三人の中間たちが代わる代わるお菊を犯す様子を眺めていた。
 はじめの半刻ほどは、お菊も必死に抗おうとした。しかし襦袢をはぎ取られ、手首を荒縄で縛られ、二人がかりで両脚や身体を抑えられてはなすすべもなかった。男たちがお菊の芯を突くたびに、お菊は悲痛な声を上げた。男たちの肉棒に貫かれながらも、縛られたままの両手や頭を振って抗ったが、そのたびに男たちはお菊を平手で打ったり、竹刀で叩いたりした。そのうちお菊も抗うことを止め、無表情で虚しく上を見ながら、その身体が男たちに蹂躙されるがままにしていた。
「大人しくなったはなったで、いまいち張り合いが出えへんなあ。まるで人形を抱いているみたいや」
「そうか、わしはこっちの方がええで」
 二人の男が、もう一人の男がお菊を犯している様子を見ながら、まるで世間話でもしているかのように話した。
「はあはあ、ああ...…いくっ!」
 お菊を犯している男が、精を彼女の奥に放ったようであった。男はしばらく余韻に浸っているようだったが、やがてゆっくりと肉棒を引き抜くと、立ち上がって膝頭を軽く手ではたいた。
 お菊はぐったりとしたまま土間に横たわっていた。その脚の間からは血と精液が流れ出していた。その全身は赤く腫れあがり、あちこちに擦り傷もあって血が滲んでいた。美しく端正な顔も、何度も男たちに殴られたためにできた内出血のために凄惨なありさまとなっており、さらに汗と涙と男たちの唾液や精液のためにその表面は汚されていた。
 その様子を弾四郎は、唐櫃に腰かけたまま黙って見ていた。弾四郎にしてみれば、これまで何としても自分の手で抱きたいと思っていたお菊であったが、今では卑しい中間たちに犯されてぼろきれのようになっている彼女の姿を見ることに、暗い快楽を覚えていた。
「ざまあみろ、お菊……お前がつまらぬ意地を張るから、このような目にあうのだ」
 弾四郎は心の中でつぶやいた。
 さきほど二人で話していた中間のうちの一人が、桶に入った水をお菊に勢いよくかぶせた。そしてお菊の身体にまたがると、
「おい、少しは鳴いてくれへんと、わしも高まってこうへんやろ」
と言って、平手でその顔を二回、叩いた。お菊は言葉にならないうめき声を上げたが、男はそれで満足したのか、すでに怒張していた肉棒で彼女の身体を貫いた。
 他の二人の男たちは立ち話を始め、弾四郎も引き続きその様子を黙って見ていたが、しばらくしたところでお菊が、
「ああっ!」
とこれまでになく大きな声で叫ぶと、全身の力が抜けたようにぐったりとした。
 さきほどまでお菊を犯していた男は身を離し、また平手で一回、彼女の顔を叩いたが、もう何の反応もなかった。別の男が桶の水をかぶせたが、やはりぴくりとも動かなかった。
「……こいつ、ついに事切れてしもたわ」
 弾四郎は立ち上がり、お菊の首元に手を当てて、その脈が完全に止まっているのを確認した。そして中間たちに命じて、その骸をむしろで包み、さらに荒縄で上から縛らせた。そして中間たちに運ばせて、城の二の丸にある、今は使われていない古井戸にお菊の死体を投げ込ませた。

 お菊の無惨な最期のことを知っているのは、弾四郎とその配下の三人の中間、そして弾四郎の主人である青山鉄山の五人だけであった。しかしお菊が殺された日の夜から、二の丸の古井戸から女の声が聞こえるようになった。それは、一枚、二枚、と皿の数を数える、まぎれもないお菊の声であった。その声は、城の夜の警備に就いた侍たちや、住み込みで働く女中たちも耳にしたため、その噂話は瞬く間に広まった。
 さらにお菊を犯した三人の中間たちも、立て続けに不審な死を遂げた。まず一人目は、城の三国堀と呼ばれる水堀に溺死体となって浮かんでいるのが発見された。それから間もなくして、もう一人の中間が錯乱して三人目の中間を斬り殺した後、自ら首を突いて死亡した。この頃になると、お菊なる女中が町坪弾四郎らに責め殺されたということも、誰からともなく語られるようになった。
 張本人である弾四郎は、それ以来お菊を投げ込んだ二の丸の古井戸には近寄らないようにしていたが、城下にある自分の屋敷で眠る時であっても、お菊の声の幻聴を聞くようになった。そのため弾四郎はみるみるとやつれていった。

 こうしたことが人々の噂になって広がっていくのに合わせて、人々の心もまた城主の青山鉄山の一党から離れていった。もともと姫路の人々は、謀略で城を奪い取った鉄山を心良く思っていなかったが、下剋上の世にあってこうしたことは珍しくないと、半ばあきらめてその状況を受け入れてきた。しかし城で怪異が起こるようになると、いよいよ鉄山一党は神仏にも見放されたものと、人々の中には公然と彼らを批判する者も現れ始めた。
 そうした中、家島に逃れていた小寺則職は、忠臣、衣笠元信らの尽力によって力を蓄え、いよいよ姫路城を奪還すべく兵を上げた。青山鉄山の軍勢は士気も低く、たちまちのうちに散り散りになって全滅した。小寺則職は城を奪い返し、鉄山は自分の元の居城であった青山の城へ落ちのびる途中、土民の手によって討たれ、首を取られた。鉄山の子の小五郎は、父の所業を恥じて自害して果てた。
 城に残っていた町坪弾四郎は、ぬけぬけと自分が隠した皿の一枚を戻すと、十枚一組のその家宝の皿を手土産に、小寺氏への帰順を願い出た。しかしお菊の無惨な最期の噂は小寺氏側にも届いていたので、逆に捕らえられ、打ち首となって鉄山とともにさらし首にされた。
 衣笠元信は、自分の愛する人に危険な任務を命じ、死に至らしめてしまったことを悔やみ、涙を流してお菊の霊に詫びた。小寺則職はお菊の忠節を讃えて、城下の十二所神社の境内に社を建立し、お菊大明神として彼女の霊を祀った。
 お菊が亡くなった翌年の同じ季節、姫路の地ではイモムシが大量に発生した。これらは蛹になった後、一斉に羽化して黒い蝶となった。蝶は麝香のような香りを放ち、姫路の町は瞬く間にこの妖しくも美しい蝶の大群に埋め尽くされた。人々は、これはお菊の生まれ変わりであると語り合った。

【注釈】

・ 本作は三大怪談のひとつとされる『皿屋敷』を下敷きとしたものであるが、いわゆる『皿屋敷』の物語には様々なバリエーションが存在し、代表的なものは江戸を舞台とした『番町皿屋敷』と、播州姫路を舞台とした『播州皿屋敷実録』がある。いずれも物語の主要なプロットや登場人物はほぼ同じであるが、前者は江戸時代、後者は戦国時代と、時代背景は異なる。本作は戦国時代の姫路を舞台とした後者を下敷きとした。

・ 小寺則職(1495-1576)は戦国時代の武将で、姫路城主。『播州皿屋敷実録』では永正元年(1504)に18歳とされるが、実際の生年とは合わない。なお則職とその息子の政職(1529-1584)に仕えたのが、後に豊臣秀吉の軍師として活躍した黒田官兵衛孝高(1546-1604)であるが、この物語の時点ではまだ生まれていない。

・ 小五郎が父の鉄山に逆らった動きをするのは、彼が小寺則職の妹である白妙姫と恋仲になっていたというサイドストーリーがあるからである。本作ではこのくだりは割愛した。

・ 浦上氏は、元々播磨国浦上荘を本拠地とした豪族で、赤松氏の重臣として守護代をつとめていたが、後に備前国や美作国にまで勢力を広げた。浦上宗景(生没年不詳)の代に最盛期を迎えたが、家臣の宇喜多直家(1529-1581)によって追放され、浦上氏は滅亡した。

・ 「こもがえの具足皿」の「こもがえ(=こもがい)」とは、高麗茶碗の一種で、釜山に近い港である「熊川(コモガイ)」から積み出しされたのがその名の由来である。また「具足皿」とは、元々仏具として使われる金属製の香皿のことであり、花弁を表現した形状をしているが、ここでは見込みに花弁の装飾が施された陶製の皿を表現したものと考えられる。

・ 「矢倉」は「櫓」とも書き、特に後者は近世城郭のものを指すが、本作の時代設定は戦国時代であり、近世城郭の櫓や天守といった建造物がまだなかったため、ここでの矢倉は兵器や兵糧を納める蔵のような建物を想定している。近世の櫓には床や天井が張られたものが多いが、ここでは土蔵のように床も天井もない構造となっている。

・ お菊の最期については、拷問で責め殺されたというもの、古井戸に身を投げて自害したものなど、物語によっていくつかのバリエーションがある。本作のものは、ピーター・グリーナウェイ監督の映画『ベイビー・オブ・マコン(The Baby of Mâcon)』(1993年)で主人公の「娘(the Daughter)」(配役:ジュリア・オーモンド)が208人の市民軍の男たちにレイプされて死亡するシーンを念頭に置いている。

・ お菊が投げ込まれたとされる井戸は、姫路城の二の丸の東に隣接する上山里丸に所在する。しかしこの井戸は近世城郭として整備された現存の姫路城にともなうものであるため、本当にお菊と関係があるものかは疑わしい。一説によるとこの井戸の底には城外に通じる抜け穴があり、その秘密をカモフラージュするために怪異伝説と結びつけたのではないかともいわれている。

・ 青山鉄山の軍勢が「散り散りになって全滅した」という表現は奇異に思う人もいるかもしれないが、軍事用語では部隊一つが大きな損害を受け組織戦闘力を喪失した状態を指すので、必ずしも兵の全員の命が失われたことを意味しない。一般的な軍隊では数割から半数の兵員が死傷するような状態になれば全滅と判定される。

・ お菊大明神を祀ったお菊神社は、十二所神社の末社として姫路市内に現存している。

・ お菊の生まれ変わりとされた「お菊虫」は、アゲハチョウの一種のジャコウアゲハ(Byasa alcinous)と考えられる。その蛹の形態が、お菊が後ろ手に縛られた姿を思い起こさせることから関連付けられたといわれている。ジャコウアゲハは時に大量発生することが知られている。

 

 
 
 


 
 


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