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コロナ禍の旅行系スタートアップに何が起きていたのかをケーススタディ風に書き残しておこうと思う

少し前のことですが、2023年7月、ボーダー株式会社は、約1.2億円の資金調達を発表しました。

はじめに会社のことを紹介すると、ボーダー株式会社は、出張管理システム(BTM)という事業領域に属し、法人に対して出張の手配と管理を一体的に提供するサービスを展開しています。
https://border.co.jp/

前回のラウンドは2020年1月でした。事業も順調に伸びており、調達も完了、ここから一気に伸ばすぞというタイミングで新型コロナウイルス感染拡大が始まりました。その後は、みなさんご存じのように、2年以上もの間、出口の見えない日々が続きました。

見えない出口を模索する中、精神をすり減らす日が続きました。周囲の友人も言葉には出さなかったけど心配してくれている様子が伝わりました。

今回の増資は、前回のラウンドから大幅にスケールアップした調達ではなく、成功事例と呼べるものではない段階ではないです。しかし、未曽有の事態を乗り越えたことは事実であり、今頑張っている起業家の皆さんやこれから起業したいと思っている方々に対して、少しでも役に立つ活動ができればと考え、ドキュメントを作成しました。

ドキュメントを作成するにあたっては、ビジネススクールのケーススタディを意識しました。事実のみを記載し、この行動が良かった・悪かったなどの評価は行っていません。また、設問も用意してみました。シリーズAより前のスタートアップの方々には是非、自分達だったらどうするかを考えていただけたら嬉しいです。

※著作権者からの許可無く、本資料の商用目的で利用することを禁止します。

設問

1. 「5 事業計画の見直し」において、ボーダーは、開発ペースを落とさず、営業を継続するという方針を選択しました。仮に、出張需要の回復まで1年を要するという見立てがあった場合、あなたならどのような方針を取りますか。

2. ボーダーは、新規事業に取り組んだものの、目立った成果を上げることはできませんでした。あなたなら新規事業に取り組みましたか。また、取り組む場合は、どのようなメンバー構成で取り組みますか。

3. 「8 再度の事業計画見直し」において、ボーダーは、既存事業に留まり、市場の回復を待つ選択をしました。あなたなら既存事業の継続と新規事業の模索のどちらを選択しますか。

それでは本編をお楽しみください!


ボーダー株式会社 コロナ禍での選択

1 創立

 ボーダー株式会社は、2014年8月、細谷智規氏によって設立された。
 細谷氏は、大学院修了後、株式会社日本総合研究所に入社。約6年間、官公庁向けのコンサルティングに従事した後、アメリカのロサンゼルスにあるUCLA Anderson School of Management(MBA)に入学した。同大学院で過ごす中、テクノロジーやスタートアップに関心を持ち、大学院修了後、ボーダー株式会社を設立した。

 アメリカ留学中、様々な事業を調べていく中で法人出張事業に関心を持った。その背景には、海外留学を通じて、Made in Japanのビジネスがグローバルに普及してほしいという気持ちが強まったためである。また、当時、米国では、Navan(旧TripActions)という出張管理システム(BTM)が急成長をしていた。日本の企業もこれからますますグローバル化が進み、その過程で出張管理ニーズが発生すると考えた。そこで、法人出張の事業領域でサービスを展開することにした。

 ボーダー株式会社が現在のサービス「BORDERhttps://border.co.jp/)」にたどり着いたのは、2016年7月である。BORDERは、出張管理システムであり、出張者はシステム内で航空券やホテル予約を行うことができる。管理者は、出張者が予約した渡航データをリアルタイムで確認することができる。

 BORDERの特徴の一つとして、チャットを通じた手配がある。出張では日程の変更が頻繁に起こるため、出張者との素早いやり取りを求めている。それまでの法人出張では、緊急時は旅行会社に電話で相談することが一般的だったが、電話を取れないことがあり最適な手法とは言えなかった。また、やり取りをテキストで残せないことから証拠が残せず、認識の齟齬が発生した場合などにトラブルとなりがちだった。一方、チャットは、スピーディかつテキストベースでやり取りができるため、出張手配に最適な手法として評価された。

2 資金調達

 BORDERはサービスリリース後、順調に顧客を伸ばした。2019年末の段階で導入企業数は約400社に達した。顧客は、株式会社メルカリなどを代表にIT系企業による利用が多かった。顧客の増加に伴い、旅行取扱高も増加したボーダーは、2020年1月に約1.5億円の第三者割当増資を実施した。

 増資を終えたボーダー社は、事業の更なる成長を目的に積極的に事業へ投資した。まずはサービスの認知度向上を目的に総務関連メディアへの出稿や展示会への出展準備を開始した。続いては、人材の獲得である。求人媒体やエージェントを活用し、エンジニアや営業人材の獲得に向けた採用活動を展開した。さらに人員が増えることを想定し、増床を目的としたオフィス移転の準備を開始した。

3 新型コロナウイルスの報道開始と人々の移動制限

 2020年1月16日、日本における新型コロナウイルスへの最初の感染確認が報道された。感染が世界各地に広がり、2020年1月下旬になると日本のメディアでも頻繁に取り上げられるようになってきた。

 新型コロナウイルスの感染拡大により、企業は出張を中止した。また、予約済の航空券や宿泊施設については取消が相次いだ。そして、2020年4月7日、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に緊急事態宣言が発令(4月16日に対象を全国)されると、人々の移動はほとんどなくなった。

 人々の移動制限に関しては、その後も緩和と制限を繰り返した。業務渡航の件数は、移動制限に対する制限・緩和の影響により多少の変動はあったが、ほとんどない状況が続いた。

4 旅行会社の動向

 旅行事業は、新型コロナウイルスの影響も最も受けた事業の1つであり、新型コロナウイルスの感染が拡大してからは本業である旅行業を継続することは難しかった。そのため、多くの旅行会社は、2020年4月に特例措置がなされた雇用調整助成金を活用し、一時的に店舗の営業を停止した。また、大手旅行会社の中には、グループ企業や取引のある企業へ従業員を出向させる企業も多く見られた。

5 事業計画の見直し

 ここでボーダー社に話を戻す。新型コロナウイルスの感染拡大に関するニュースを受け、増資時に画していた事業投資を停止した。直ちにオフィス移転を中止した。一方、メディア出稿や展示会参加については契約締結後であったため、取りやめることはできなかった。その後は、ランニングコストの圧縮を図った。

 続いて行ったのが金融機関との調整である。キャッシュフローを確保するために、新型コロナウイルス感染症特別貸付を活用し、日本政策金融公庫より追加融資を実行した。また、金融機関からの既存融資については、新型コロナウイルス感染症特別利子補給事業を活用して借り換えを行った。

 キャッシュフローの整理を終えると、事業計画の見直しに着手した。はじめに、2003年に感染拡大したSARS(重症急性呼吸器症候群)の感染状況と海外渡航者のデータを参考に、新型コロナウイルスに伴う出張需要の停滞がどの程度続くかを予測した。SARSは、感染拡大がはじまってから人々の移動が通常時に戻るまでに約300日を要していた。そこでボーダー社は、出張需要の回復までに一年かかることを想定し、事業計画の見直しを図った。

表1 SARSの患者数と日本からの出国者数前年比(ボーダー社作成)


 当時、ボーダー社の従業員は、フルタイムが14名、旅行手配のパートタイムが11名の計25名であった。増資直後ということもあり、売上が立たなくても、約20カ月は生存できる状況であった。

 フルタイムメンバーは、開発・予約手配・営業の3部門に分かれていた。開発部門に関しては、出張再開時、顧客に進化したサービスを提供できるよう稼働を継続することとした。予約手配部門は、2020年4月以降は、未稼働に近い状態ではあったが、海外赴任者の一時帰国など不要不急ではない人々の移動があったため、運営を一時停止することは難しかった。そこで、必要最低限の予約手配スタッフをアサインして顧客対応にあたった。

 難しかったのは営業部門の方針である。既にメディア出稿や展示会参加が決まっており、メンバーの意欲は高かった。競合が営業しない今こそ顧客獲得のチャンスと考えることもできた。最終的には、稼働を80%程度に抑えつつ、営業活動を継続するという方針に定まった。

図1 新型コロナウイルス感染拡大直後のボーダー社の活動方針


6 新規事業

 新型コロナウイルスの感染拡大が進むと、事業をピボットする旅行系のスタートアップも出てきた。ボーダー社も既存事業は再開できるように準備しつつ、第二の軸となる事業を模索することにした。

 新規事業の検討にあたっては、社内からアイデアを募った。その中から今後伸びる可能性を感じたサブスク型のオンラインレッスン事業に取り組んだ。事業は、細谷氏と予約手配部門のスタッフ、若手エンジニアで行い、2020年11月よりサービス提供を開始した。同サービスは、二ヵ月で会員数100名を超えるなど一定の成果をあげたが、競合環境の厳しさや自社内での拡大が難しいと判断し、2021年5月に事業譲渡した。

図2 ボーダー社が取り組んだ新規事業


7 終息の見えない新型コロナウイルスの感染と弱まるモメンタム

 新型コロナウイルスは、日本での報道がはじまってから一年が経った2021年1月になっても終息の気配は一向に見られなかった。引き続き、出張の手配依頼はなく、営業活動を展開しても顧客獲得にはつながらない状況だった。

 唯一の好材料は、官公庁の調査・検証事業の受託だった。経済産業省から二か年に渡り、「旅費関連申請・外勤費精算業務の効率化に向けた調査・検証[i]」事業を受託し、官公庁導入の糸口を作った。

 しかし、会社全体の状況を盛り返すほどの影響は与えられず、退職者が出始めた。スタートアップに集まる人材は、急激に成長する環境に身を置くことで自身を高めたいという意欲を持つ人が多いため、モメンタムが弱まれば必然的に別の機会を求めていく形になる。最終的に社員は、新型コロナウイルス前の半数近くになった。

8 再度の事業計画見直し

 長引く新型コロナウイルスの影響を受け、再度、事業計画を見直すこととなった。テレワークやWEB会議が浸透し、人々の働き方は大きく変わった。出張需要はその影響を受け、縮小することが予想された。

 しかし、元々が巨大な出張市場は、仮に市場が半分になっても引き続き大きなマーケットであった。それに対し、クラウド型の出張管理システムを提供している競合企業は多くない。また、今回の件を受けて撤退した既存プレイヤーもおり、サプライ側も減っている状況であれば、テクノロジーで差別化を図ることで当初想定していた事業規模まで成長できると考え、既存事業を継続することを選択した。

 そこで、出張再開時期までに注力すべき活動を明確にし、それ以外の時間は休業することで雇用調整助成金を活用することとした。新型コロナウイルスの影響により顧客獲得コストが上がっていた営業活動も一時的に停止した。その代わりに出張再開時に相談してくる顧客を獲得できるようインバウンドマーケティングを強化した。また開発に関しては、顧客から要望が高まっていた国内出張市場のプロダクト強化に注力した。

9 出張再開の兆し

 2022年に入ると世界各国で水際対策緩和措置が取られるようになった。日本でも2022年3月1日に、ワクチン接種者に対する入国後の隔離免除が発表された。

 これらの報道を受け、BORDERを通じた出張手配の依頼が戻ってきた。さらに、2022年6月1日には、世界の国・地域をリスクに応じて3つのグループに分け、最もリスクの低いと分類された国・地域からの渡航者に対しては、ワクチン接種の有無によらず入国後の検査と待機を免除することになった。入国規制の緩和が進むと出張依頼は更に増えていき、2022年6月ボーダーの月間出張手配件数は、コロナ前の同月を超えた。

表2 BORDERにおける出張手配件数の推移


10 再度の資金調達

 2022年6月以降、BORDERはコロナ前の数値を上回った。また、出張再開に伴い、出張の手配方法を見直す企業が増えた結果、BORDERへの問い合わせが急増し、2022年の下半期以降は、コロナ前同月の130-150%近い数値を計測した。最終的に2023年3月期の旅行取扱高は過去最高値となった。

 出張市場はまだまだ回復の途中だが、プロダクトの優位性を訴求することでシェアが取れることが分かったため、ボーダー社はプロダクト強化を目的として、2023年7月に資金調達を行った。今後は、再度人員体制を強化し、法人企業の更なる獲得を目指す予定である。


設問

1. 「5 事業計画の見直し」において、ボーダーは、開発ペースを落とさず、営業を継続するという方針を選択しました。仮に、出張需要の回復まで1年を要するという見立てがあった場合、あなたならどのような方針を取りますか。

2. ボーダーは、新規事業に取り組んだものの、目立った成果を上げることはできませんでした。あなたなら新規事業に取り組みましたか。また、取り組む場合は、どのようなメンバー構成で取り組みますか。

3. 「8 再度の事業計画見直し」において、ボーダーは、既存事業に留まり、市場の回復を待つ選択をしました。あなたなら既存事業の継続と新規事業の模索のどちらを選択しますか。


最後まで読んでくださった方へ

最後に宣伝です。ボーダー株式会社では、現在、採用を強化しています。この記事をご覧になって、ボーダー株式会社に興味を持ってくださった方は、是非、ご連絡くださいませ。

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