応援したいは何のためにだったのかな?

いろいろ応援してもらった経験から

似たような人に出会うと応援したいと思って、応援したら…

なんか思うような結果にならなかった。

と、今書いて思ったのが

どこかで期待だったり、見返りを無意識に求めていたのか?

例えば、感謝されたい。

とか。

それによって、自分の心を満たそうとしたのか?

この無意識というものによっては随分と助かったこともあるけれど、この場合は自分の心のパターンのようなものと向き合うにことなのかもしれない。

あるNPO法人に賛同して、少しの間活動をしていた時にも

賛同するべき内容の対象者の人を最優先かと思ったが

最優先されていたのはその活動をまずは広めることだったようで、

私は最優先すべきはその対象者だと思ったので、しばらくして活動から離れた。

ディーラーさんが定年退職で新しい担当者。

しばらくすると独立。

理由はよくわからないけれど、聞いたところで独立したいのだから。

中高生の子どもが2人。

50歳。

もう、無条件に応援モードになってしまった。

が、しかし、いろいろあって応援から降りた。

たまたま、人を介して出会った人。

離婚して子ども3人を育てていると聞いて

また,勝手に応援モードに。

で、今どうするかを考えている案件に繋がる。

まぁ、こんな事を繰り返している。

この無意識さん。

私に何を教えてくれようとしているのか?

意味のないことは何一つない。

内観しよう。

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