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カノンの「自由学園物語」


はじめに

この文章は、図らずも12歳で神戸の親元を離れ、東京都東久留米市にある自由学園で寮生活を始めることになった次女カノンと送り出す側の僕自身に向けた長めの備忘録です。記憶がとても不得意ですし、そもそも思い出すたびに記憶ってどんどん変化していくそうなので、新鮮なうちに可能な限り、何があって何を感じたのか記録しておこうというわけです。カノンには高校を卒業する前後にでも読んでもらえると嬉しいなって気持ちで書いています。

高田家の子どもたちは3姉妹+長男という構成になっていて、4人ともカメラの名前にちなんでいます。長女はリコ、次女はカノン、三女はライカ、長男は穣多(じょうた)なのですが、「穣」を訓読みするとミノルタになるようになっています笑

基本的には内輪向けの備忘録ですが、いつかの誰かの参考になるとしたら嬉しいのでその辺りもすこしだけ意識して書き進めます。もし良かったらどうぞ〜

入学に至るまでの経緯

【こころの準備ができていない】について

昨晩は朋ちゃんとカノンと「こころの準備ができていない」ことについて話をしました。夜中で早く寝ないといけない時間帯でしたが、とても良い時間になりました。

人生はいつもこころの準備ができていないことが起こります。だけれども踏み出すのです。もしくは、踏み出すというよりも未知の自分と事態がともにやってくると言った方が良いのかもしれません。良い感じで巻き込まれるというか。

流れに乗ると整っていたことを事後的に知ることもあるのです。

カノンには2002年のサッカーW杯で通訳の仕事が舞い込んできたことを話しました。通訳の仕事なんて、こころの準備ができている学生なんていません。

経験ないし、こころの準備ができていないし、無理です。と言うことができます。でも、同時に「(準備できていないのですが)やります。」にも開かれています。いつだってそうです。

その話を持ってきてくださった Nami Narasakiさんにはもしかすると準備ができていると見えたのかもしれませんし、そうでないかもしれません。

でも22年を経てもベルギーのクルーたちとやりとりが時々あるというのは不思議なご縁としか言いようがありません。準備の有無とは関係なくやってくるのです。それでうまく行くときもあればうまくいかない時もあるのでしょうけれど、うまく行ってるかどうかを評価する自分自身がすでに変容してしまっているので見えている景色も変わっています。

既存の評価軸を強制的に手放す経験に巻き込まれるのは悪いことではありません。

今朝はこちらの本に寄稿している坂本龍一さんの文章を楽しんでそのままその先を読んでいたら131ページで突然涙が溢れてきて、この「やってきた」ことをすこし振り返りながら月曜日を過ごしたいと思います。

https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=10231058819870919&id=1143210211
ーーー

上記の通り書いてfacebookにポスト(1月22日)してたのですが、朋ちゃんから削除指令が出て消しておりました笑

今回、高田家の誰もが予想しない出来事がやってきました。カノンが春から東京で寮生活をすることになったのです。

カノンが家にいてくれたのが12年とちょい。それで離れるなんて僕らは大丈夫なんでしょうか…笑

これまで幾度となくカノンに助けてもらったので、これからは僕らのことは気にせず、自由にカノンらしさを発揮してほしいと思います。

それにしてもご縁というのは不思議なものです。

1ヶ月もなかった期間を振り返ると怒涛の日々でこんな展開になるとは予想もしていませんでした。忘れないようにログしておきたいと思います。
各写真にわりと丁寧にキャプションを書いています。


2023年11月4日(土)
三宮で「寮のある高校」の合同説明会に中学2年のリコピンを連れていきました。それはキリスト教愛真高等学校が初参加するからなのです。朋ちゃんが、偶然見つけてくれました。この高校には従姉妹のおはなちゃんが通ってて、リコピンとしては話を直接聞いてみたかったのです。愛信の先生や卒業生と素敵な時間を過ごさせてもらった後、斜め横で「自由学園」がブースを開いていることに気付きました。

「わ、羽仁進*の自由学園だ!」

とすこしテンションが上がった僕はリコピンを誘って、ついでに話を聴きました。そうしたらリコピンのテンションが話聞けて良かったね〜と帰宅。どちらも生活を大事にしているところが特徴でした。

https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=10230674635346546&id=1143210211

*そもそも父の書棚に羽仁進の本が並んでいなければスルーしていただろうと思います。

そもそも妹の娘、おはなちゃんが島根に行ってなければこの合同説明会に行く展開もなかったでしょう。
更に遡れば、24歳になるジョンヨンくんが小3でソウルから星野村へ山村留学していたことが、親の私たちにいつのまにか影響していたかもしれません。

自由学園トピックス


2024年1月14日(日)
リコピンが自由学園のオンライン説明会に参加。そこにカノンもついでに同席(上記リンクのコメント欄にその様子も)
善は急げで20日に見学を予約


2024年1月22日(月)
夜にはニーズカードを使ってカノンとリコピンの気持ちに触れていく。この時点ではカノンが自由学園を受験する予定はなし。その時は、そもそも何故、カノンは芦国受験をするの?という話になる。(僕ら夫婦には受験する必要性を感じていない正直な気持ちも伝える)

たまたま録画してあった、あさイチの番組(私の教育やりすぎ⁈)を見せてから高田家の教育についてリコピン、カノンと議論していった流れでニーズカードに登場してもらいました。

そんなニーズカードのおかげもあって、久々、思春期二人のリアルな気持ちが引き出せて豊かな時間になりました。


2024年1月27日(土)
来年、リコピンが自由学園を受験したいという気持ちがあり、家族みんなで見学に。(元々は20日の予定だったものの大雪予報でリスケ)

神戸を朝の4時に出て9:30くらいに三鷹に着き、星と森と絵本の家を堪能し、マイクロカフェでお昼ご飯を食べたあとに自由学園へ。15分前くらいに到着して、正門で待っていると三宮でお会いした広報のお二人が挨拶に来てくれました。

その後、遅れて英語の渡邉先生が走ってきて、案内を開始してくれました。
渡邉先生は一度企業に就職した後、大学院に行って教職の道を目指すことにしたそうです。

4月に入ったばかりだけれど思いの強い人でした。リコとカノンはどちらも入りたいとノリノリです。

どうなるでしょうか?

カノンは予想外のキャンパスの素晴らしさに口角上がりっぱなし。
そんなに気持ちが昂るんなら「カノンちゃん中学から行ってみる?」って口に出す。この時点で、カノンは突然すぎて頭がバグってたようです。いつもはリコピンの背中を追いかけてきたのに、突然先行者のモデルがいない事態に…


2024年1月28日(日)
自由学園の本棚にあった「本物をまなぶ学校 自由学園」が届き、読み始める。本当に素晴らしい。

受けてみようかなと気持ちが傾いていく

https://amzn.to/49G00wg

この週末は本当にハードで朋ちゃんから以下のLINE

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1/27(土)
朝5時から東京へ
14時〜15時 自由学園見学
17時〜神戸へ

1/28(日)
深夜1時か2時頃帰宅
7時〜9時 なめ敵
10時〜12時 D&I(OTD研修)
12時半〜14時半
昼食済ませて
カノンの絵画を見に神戸っ子アートフェスで
兵庫県立美術館へ
終わり次第
リコピンとライカ自宅送り
エド組を大阪へ送ってもらう。
京セラドームへ
15時半〜Open
16時半〜カラムスコット
17時45〜エドシーラン
20時にはドーム出れるのかな?
そっから帰宅
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リコピンが年始に追加講演を教えてくれて、カノンに勧めなければカノンがエドシーランに行くこともなかったでしょう。


2024年1月29日(月)
カノンが自由学園の受験を決める。受験に必要なカノンの報告書を小学校に依頼
ーーー

担任の先生へ報告書を急遽お願いする際に朋ちゃんが書いたカノンの連絡ノートの文言

先生へ
1/29なだけにイイニクイ急なお願いがあるんですが…から始まるという


2024年2月2日(金)
報告書を受け取りに朋ちゃん六甲山へ
この日からリコピンのクラスが学級閉鎖に
帰宅したあと、リコピン発熱


2024年2月3日(土)
カノン、芦屋国際の受験
リコピンの発熱で京都に宝槻家に会いに行くのを断念…


2024年2月4日(日)
立春の日に始発で私(コーゾー)は福岡へ
PHIJのupdate meeting に登壇
https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=10231131460886899&id=1143210211


2024年2月5日(月)
受験申込書を投函


2024年2月8日(木)
カノン朝起きると発熱。38度。その後39度台まで。自由学園に発熱の件を報告。診断書があれば代替日での受験が可能との回答を得る。
リコピンは早退して帰宅。
朋ちゃんは芦屋国際を受験したカノンの合否発表を見に芦屋まで。結果は不合格


2024年2月9日
リコピンがなかなか回復せず点滴
並行してカノンの診断書を自由学園に提出
2月10日の受験は17日となる


2024年2月10〜12日
なかなかカノン回復せず、家族みんな家でゆっくり


2024年2月16日(金)
5、6年合同の学校行事
ハチ高原のスキーをカノンは断念
ライカのみ参加
下釜のおじいちゃんから、ちょうどカノンの大好きな
プチトマトが届き、ビタミン補給で復活!
夕方には神戸の空に花火が上がる
ようやく、いつものカノンの笑顔が戻ってくる


2024年2月17日(土)
朝4:44に自宅を出発しシャランで東京へ
同行できない朋ちゃんからお守りにと、
下釜のおばあちゃんのハンカチを受け取るカノン
丁度朝、下釜からの定期便もち吉セットが届いたとの報告

牟礼の西友に行き、マイクロカフェで早めのランチをし、星と森と絵本の家ですこしリラックスし、自由学園へ。

13:40から試験。会場は素晴らしい図書館。振替日での受験になったのはカノンと高校部を受ける男の子の2人。

国語と算数。算数をカノンが受けている間に美術と理科の先生に保護者面談をしてもらう。キンチョーした〜

そのあと、カノンの面接。面接の部屋から何度も笑い声が漏れ聞こえてくる。とてもリラックスして楽しんでいる様子。

面接を終えて戻ってきたカノンは満面の笑み。振り返りシートを書き書き。誤字もあるけれど気持ちが伝わってきます。
会場を出たカノンは興奮した様子で「超楽しかった〜」と。
今回の結果がダメでも、またここをチャレンジしたいと言う前向きなカノン。

帰りの車の中ではずーっと爆睡。
病み明け2日後の日帰り受験で、朝も早かったし、これまでの疲れも出たのでしょう。
大津SAでカノンを起こしうどんを食べ、神戸に。
僕はフル運転でしたが、改めて運転補助機能に助けられたなと実感。


2024年2月18日(日)
6:00起きして、7:00からの「なめ敵会」準備
9時過ぎにWebで合否確認。
受かってて何より。
でもジョータはすこし不安そう…こりゃカノンが家を出る時ジョータとコーゾーは泣くな、こりゃw
10:00から16:00までコーゾーはOTDの認定講師の試験
20:00から小学校のオンライン臨時総会

兎に角、
怒涛のひと月でした…

facebook

入学式のこと

2024年4月12日(金)に行われる入学式に向かうため12日の未明1時に車に荷物を乗せ、カノンと奥さん、僕の3人で出発。リコ、ライカ、ジョータの3人はお留守番。(ちゃんと起きて学校行けるかなぁ、とすこし心配していましたが杞憂でした。いない時の方がしっかりしますね)

海老名SAで着替えと休憩で1時間使ったので朝の渋滞に巻き込まれてしまいました。もう少し早く到着する予定だったのですが、自由学園には受付終了の10分前に到着。間に合って良かった・・・。西日本側から向かう場合は7時までに用賀インターを降りられるように行くのが安全だと思います。高速を降りてから着替えても良いわけですし。

運んできた追加の荷物などを一時的に預かってもらい、記念講堂へ。自由学園は今年から共生共学へシフト。

自由学園 第104回入学式

以下の式次第で進行していきました。

  • 新入生入場

  • 聖書朗読

  • 礼拝

  • 氏名点呼

  • 入学宣言

  • 星の貼付

  • 祝辞

  • 歓迎の言葉

  • 校歌「自由をめざして」

  • 新入生退場

入学宣言では更科学園長より

みなさんを、自由学園の名において同志・同学・同行の友として迎え入れることを誓います。

と誓いの言葉が宣言されました。自然体で言葉がスッと入ってくるとても良いvoiceでした。そして104つ目の星が学園旗?につけられたのち、再び学園長が登壇し、在校生の方々と合唱してくださいました。

今まで経験したことのない雰囲気でなぜかよくわかりませんが、込み上げてくるものがありました。あたたかく迎え入れられる安心感なのでしょうか。

学園長のみならず、在校生のみなさんがそれぞれにご自身のvoice を持っているように感じられました。みなさんの声を聴いていて僕は内田先生のブログを思い出しました。

「自分のボイス」を手に入れると、私たちは言葉を操る時に「自在を得る」ことができる。「自在を得る」というのは決して「立て板に水を流すように話す」という意味ではない。まったく逆である。「自分のボイス」は輪郭定かならぬアイディアを語れる声のことであるのだから、「自分のボイス」を得た人は小さな声で話すことができる。言いよどむことができる。口ごもることができる。前言撤回することができる。

 そんな言葉が他人に伝わるだろうかと不安になる人もいると思う。でも、心配するには及ばない。ちゃんと伝わる。そういう言葉は頭に入るというよりは身体にしみ込むからだ。断片的なまま、一義的でないままに、聴いた人の身体のどこかに残る。そして、長い時間をかけて消化吸収され、その人の身体の一部分になる。そして、ある日何かの折に、ふとその人の口を衝いて、「自分が言いたかったこと」として再生されるのである。私たちの多くはそういう時間のかかる、複雑なプロセスをたどって「自分のボイス」を手に入れる。

自分のVoiceをみつける

身体全身で言語化できない何かを受け取るという稀有な経験をして、講堂の外に出ると小雨が降った後だったようで、木々が瑞々しく潤っている感じがとても美しく、つい何枚も写真を撮影してしまいました。

小雨でいっそう潤う新芽
新入生保護者歓迎会(これがまた素晴らしくて)
冬に来た時と違って青々としてきました
小学生たちがエプロン姿で掃除をする姿に心を奪われました
僕らも会場へ遅ればせながら向かいました
淡いピンクがこの日にぴったり
おたまじゃくしが生き生きと
歩くだけで癒される空間
雨が降ると良い天気だねと言いたくなります。しっとり潤います

二○人の婦人たち (愛と希望の記録)


カノンにいつか渡そうと思っている本があります。それは小林秀雄の妹、高見沢潤子さんによる以下の本です。

近代日本を拓いたキリスト者女性、矢島楫子・荻野吟子・若松賤子・津田梅子・羽仁もと子ら20人の生涯と信仰。

想像もつかない周囲の無理解と因習の桎梏の中で、個人と社会の解放のために闘った女性たちの記録。

イーショップ教文館

この中には、カノンが通った青谷愛児園の城ノブさんと自由学園の羽仁もと子さんが名を連ねています。お二人はほぼ同時代を生きているのがわかると思います。

城 ノブ(じょう ノブ、1872年11月18日明治5年10月18日)- 1959年昭和34年)12月20日)は、日本キリスト教徒社会事業家である[1][2][3]。愛称は「愛媛のマザー・テレサ[4]

Wikipedia

羽仁 もと子(はに もとこ、1873年9月8日[1] - 1957年4月7日[1])は、日本における女性ジャーナリストの先駆け[2]。また、自由学園および婦人之友社の創立者。家計簿の考案者としても知られている[3]

Wikipedia

江戸時代が終わり、明治に入ってからの各地の有力者たち(城ノブさんや羽仁もと子さんの親)の子どもたちに未来を託すその想いは如何ばかりだったかと想像をします。時代を画するタイミングで活躍した20名の婦人たちがキリスト者でありながら、人間だけでなく、生命とのつながりを意識した教育を志していたことに今の僕らは深く学ぶ必要があると思います。

あ、そうそう近々発売されるこちらの本も予約したので帰省したときにでも。


祝生歌

吉野弘さんという方の「祝婚歌」という有名な詩があります。とても好きなのでぜひ図書館で借りて読んでみてください。

カノンにこの詩のオマージュを贈れると良いなぁと思ったので、ちょっとChatGPTに詠んでと頼んでみました笑

     生まれてきたことが
     なんて素晴らしいことか
     愛おしいことか
     素直な心で
     純粋に感じるほうがいい
     完璧な子供なんていない
     完璧を求めないほうがいい
     子供が笑っている
     その瞬間に幸せを感じるほうがいい
     つまずきもあるだろう
     それでも一緒にいることに意味がある
     何度でも
     支え合うほうがいい
     親であることの重さを
     時には軽く感じるほうがいい
     親であることの責任を
     愛で包むほうがいい
     子供に教えたいことがあっても
     一緒に学ぶ姿勢が大切だと
     気付いているほうがいい
     成長の一歩一歩を
     大切に見守るほうがいい
     自然の中で
     光を浴びながら
     子供と手をつなぎ
     生きている喜びを感じる
     そんな時間が増えていくといい
     そして
     何が起こっても
     家族であることに
     心から感謝していることを
     忘れないほうがいい

ChatGPT

なんだか、結構良いなぁって思っちゃいました。

いつか読むといいよ

カノンの受験と前後して、このタイミングで出会うことになっていたんだぁと感じている本をすこし紹介します。

こちらはカノンの手元にあるよね?しかも森田真生さんのサイン付きですから、折に触れて自由学園の中で紐解くと良いと思います。覚えていると思うけれど、こちらのイベントでいただいたものですね。

この時の森田さんのトークの中で藻類の話が出てきましたが、その出典がこちら。ビックリするほど面白いので図書館にあればぜひ借りてみてください。

特に下記のあたりに特に痺れました。

藻類が哺乳類や昆虫、あるいはシダ植物や被子植物とは同列に扱えないことを示す、藻類の 「非」 常識をいくつかあげてみよう。 なかなか手強い生物群であるということを想像していただけるだろう。

1. 太陽系の惑星の中で、地球だけが酸素 21%、二酸化炭素 0.036% という酸素に富んだ大気を持っている。原始大気から二酸化炭素を減少させて、酸素を放出して好気的な大気を作り出した主役は藻類である。つまり、藻類は地球環境を不可逆的に作り替えた張本人であり立役者である。

2. 好気的な大気の出現は生物進化に決定的な影響を与えた。 酸素を使って有機物を燃焼する酸素呼吸を行う生物の繁栄を可能にしたのである。つまり、現在の1000万種とも2000万種ともいわれる生物多様性を生み出した原動力は、およそ30億年前の藍藻 (シアノバクテリア)による酸素発生型光合成の発明にさかのぼるといってよい。

3. オゾン層は、有害な宇宙線と短波長の紫外線を遮っている。おかげで私たち動物と緑色植物は陸上で生活することができる。オゾン層を作り出し、生物の陸上への進出を可能にしたのは藻類が30億年の時間をかけて作り出した気体酸素である。

4. 農耕と石器で始まった文明は、やがて鉄の発見と利用によって飛躍的に発展した。現代文明は文字通り鉄に支えられている。その鉄は、18~25億年ほど前の原始海洋で一斉に堆積した鉄鉱床から採掘されている。藻類が放出した酸素によって海水に溶けていた鉄が酸化されて海底に沈降したためである。 鉄道と自動車、航空機の文明は藻類の働きに負っている。

5. 鉄があっても、石油がなければ自動車と航空機の現代文明は起こり得なかっただろう。採掘可能な原油の80%は中東に埋蔵されているが、これは、1~2億年ほど昔の古地中海(テーチス海)で大増殖した藻類とそれを出発点とする食物連鎖に連なる動物プランクトンの死骸が海底に堆積して変性を受けたものである。 現代文明はもとを正せば、25億年前そして1~2億年前の藻類の活動に支えられている。

6. かつて地球大気の主成分であった二酸化炭素の多くは炭酸カルシウムの形で岩に封じ込められている。英仏の境のドーバー海峡にそびえる白亜の断崖、チョーククリフ (口絵12-25)は石灰岩の巨大な固まりだが、その大部分は藻類が作り出したものである。光合成と同時に、藻類は二酸化炭素を石灰岩に閉じ込めてきたのである。

7. 生命を支える水は雨によって供給されるが、雨をもたらす雲を形成するための凝結核を作る主役は藻類である。藻類がいなければ、今ほど雨は降らないし、太陽光を遮ることもできなかっただろう。世界的な大干ばつが発生し、地球環境は異なるものになったに違いない。藻類は水循環と気候制御のキーである。

藻類30億年の自然史: 藻類からみる生物進化 第1版第1刷

あとはこちらかな。文字を使うのが当たり前の社会に生きているけれど、人類の歴史から言えば文字の使用はごく最近のこと。(もちろんごく最近とは言っても5000年ほど前なのだけど・・・)
現代社会を生きていくためには文字の使用が当然視されるけれどもそれほど当たり前ではないってことがわかると思います。グーテンベルクの銀河系に比べてとても読みやすいです。


先ほど、吉野弘さんの「祝婚歌」のオマージュをChatGPTに書いてもらったけれど、ChatGPTをはじめとする大規模言語モデルの射程は人間の言語に限りません。人間以外の生命体の細やかなコミュニケーションを理解していく端緒となる可能性を秘めています。時間があれば読んでみてください。

終わりに

このnoteのタイトルに「自由学園物語」と書きましたが、これはカノンのおじいちゃんの書棚にあった以下の本から借りてきました。

カノンの自由学園での物語はこれからですが、多くの友人に助けられるだろうことを寮を拝見して確信しました。夏休みに帰省したときにでもその物語の一端を聴かせてもらえると嬉しいです。

岐阜でワークショップをしてくださった瀬戸さんは自由学園でもお話しされたことがあるそうです。不思議なご縁ですね。

自由学園を15:30くらいに出たあと、東久留米市役所で転入届などを済ませる余裕もありました。で、買い忘れていた切手やお風呂の小さめのイスをカノンに渡し、自由学園を後にしました。

そして懐かしの三鷹駅へ!カノンのSuicaを子ども仕様から大人への切り替えを多機能券売機で済ませるのは口実で、大好きな定食あさひへ。ここで長い1日を振り返るとともに美味しい定食をいただきました。お味噌汁が沁みました。

定食あさひ

そして落ち着く店内のテレビに流れていたのが自由学園100周年特集本にも寄稿されていた坂本龍一さんの番組。

本物をまなぶ学校

最後までさまざまなご縁を感じる1日となりました。

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