病気の名前(歌壇時評)

 以下は、短歌結社誌『水甕』2020年7月号に掲載した「歌壇時評」です。執筆したのは2020年4月です。

 COVID-19の脅威が一〜二年で去るとは考えにくくなってきた。むしろ諸姉諸兄がこの時評をお読みの頃には、私がCOVID-19か貧困で死亡している可能性だってあるのだ。
 さて、私が表記したように世界保健機関(WHO)がCOVID-19と命名した病気は日本では「新型コロナウイルス感染症」で知られている(四月現在)。COVID-19を日本語風に読めば「コビット・ナインティーン」とか「コビット・じゅうきゅう」となるはずだが、マスメディア、特にテレビ放送では使わないようだ。

冷蔵庫の電子音のよう響いたり潜めたりするコロナウイルス
                      カン・ハンナ「名のないお昼に」

 朝日新聞四月二十二日夕刊掲載の作品。カンは二〇一一年に日本に単身で移住してした韓国人だ。日本語を使いこなし、歌人としてのキャリアもあるが、家族と離れて外国で昨今の状況に耐える心情は察するに余りある。
 コロナウイルスはCOVID-19の原因となるSARS-CoV-2も含めて七種類が見つかっており、〈コロナウイルス〉という書き方は本来は不適当だ。しかし「新型コロナウイルス」では長すぎるし、「SARS-CoV-2」の名称は国内では浸透しておらずそもそも読みにくい。この病気がどう表現されるか、総合誌や結社誌に注目していきたい。掲出歌では〈響いたり潜めたりする〉という表現に、ウイルスそのものだけでなく社会への不安が感じられる。〈冷蔵庫〉という生活感のあるキーワードと併せて、日常を侵食する透明な恐怖を連想させる。
 WHOは地名や特定の文化などを連想させないように病名を決めている。「エボラ熱」のように最初に病気が確認された場所の名前が用いられたことで、地名が病気のイメージと結び付いてしまった例があるからだ。地名による病名は土地にルーツのある人々への迫害を引き起こし、医療に対する誤解を生じさせ、病気を予防するどころか拡大させる。そうした歴史を理解せず、一部の人間は「武漢肺炎」などという名称を用いたがるようだ。諸氏の中でこの名称を用いて作歌された方がいらしたら、その歌は潔く捨てていただきたい。
 詠みにくい病名で歌人泣かせでもあるが、この感染症と長く付き合うことを覚悟しよう(死なない限り)。最後にカン・ハンナの作品を再度引いて、人間を諦めないその姿勢に倣いたいと思う。

高熱が長引く母の眠れぬ夜を代わりにください 孤(ひと)り月(づき)さま
五日ぶりにおしゃべりをしてくれたのは佐川急便の佐藤さんです


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