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いちばん長い旅(1)

”あなたの人生の中でいちばん長い旅は?(What is the longest journey in your life?)”と、ぼんやりと聞いていたオンラインセッションで突然訊かれた。何でこんな質問をしてきたのだろう、と思いつつも今までにしてきた旅を思い出した。

子供の頃に旅行をした記憶があまりない。唯一覚えているのは東京と横浜に住んでいた親戚に家族みんなで会いにいったことくらいだ。そして大学生の頃に友人といった関東周辺、九州や東北の街。就職前に慌てていったヨーロッパ旅行。

就職してからは、スクーバダイビングで訪れた日本や海外のどこまでも広がる青い海や島。登山で訪れた日本の山々やそのふもとの街や温泉。バックパッキングで訪れた、カラフルで雑然とした東南アジアの国々。

日本を離れてからは、家族や友人に会うために訪れる日本が、私にとっての旅行先に加わった。もしかしてこれが私のいちばん長い旅なのか、とも思った。ふわふわと昔訪れた場所や、その風景の思い出に浸っていた私の目の前に、ひとつのQuoteが現れた。

“The longest journey you will ever take is the 18 inches from your head to your heart.” - Andrew Bennett

簡単に訳すと”あなたの人生の中でいちばん長い旅は、あなたの頭から心への18インチの旅だ。”といったところだろうか。
私はAndrew Bennettという人を知らないけれども(Googleによると英国の政治家らしいがそのAndrew BennettのQuoteかは不明)、このQuoteを目にして私の心はざわついた。

小さい頃から、周りの考えていることや期待していることがなんとなくわかった。だから、周りの人の気分をよくしたり害さないように気を遣い、当たり障りなく人と接する生活してきた。そうすると取り敢えずは波風が立たず、集団の中で生きていきやすかった。自分の考えや本質的に合わない事には、黙っているか、聞いていないふりをしていた。

私の幼少の頃は、日本ではまだ、詰め込み、画一、スパルタ教育を信じて何の疑いも持っていない頃だった。だから一人一人の考えや思い、個性といったことよりは、どうやって集団に溶け込んで上手くやっていくか、ということの方がもてはやされていたように思う。今から振り返ってみると、当時の学校生活で、私の思いや考えを自由に表現するようなことは、読書感想文と日記ぐらいだったように思う。

小学生の頃は、毎日図書館から本を借りてきて、ジャンルを問わず片っ端から本を読んでいた。その中で見たこともない世界に想いを馳せたりするのが楽しかった。そしてその想いを、感想文や日記として外に出してゆくのが、唯一自分の思いを自由に表現できることだったように思う。

やがて中学生になり日記や読書感想文を書くことはなくなり、部活や受験勉強、試験に追われるようになった。そしてそのまま高校、大学と進学するにつれ、勉強やサークル、友人と出かけたりということに時間を費やすことで日々が過ぎていき、自分の思いや考え、自分の心の声は隅の方に追いやられていた。当時は誰かが作った雛型がありとあらゆるものにあったから、とりあえずその雛形から大きくそれなければ、集団のなかで生きていくことはできた。

就職してからは、仕事や遊びでぎっしり詰まったスケージュールをこなす日々が続いた。ただこの頃から、このまま雛型に沿って、何となく先行きが読める人生をこのままずっと送るのだろうか、と思うと怖くなった。そしてなんとなくこのままではいけないような感じがしていた。でも自分の心と向き合うことをあまりしていなかったから、何を怖いと思っているのか、何をしたいのかもよく分からなかった。

そんな頃にふとしたきっかけで、スクーバダイビングと登山をするようになり、自然の中を彷徨う時間が増えていった。水の揺らぎに身をまかせたり、木々のざわめきや高い空から見る雲を眺めながら、自分の思いに向き合う機会が増えた。そうしているうちに、”広い海や限りなく広がる空の向こうには、どんな世界が広がっているのだろうか?” と思うとともに自分がそれまで住んでいた世界が、本当にちっぽけなものに思えた。

秒刻みできっちりと運行している東京の街を仕事帰りに彷徨いながら、
”安全で便利で何でもあるこの生活に何で疑問を持っているんだろう?”
”そんな心地よさと引き換えにしてまで、欲しいものって何なんだろう?”
”見たことも行ったこともない、誰も知らない世界にどうしてそんなに惹かれるのだろう?”
”そんなところで上手く生活をして行けるのだろうか?”
”でも、何か変えなくちゃ、このままではいけないような気がする”。
いろんな思いがこんこんと湧いてきて、とうとう私の心から溢れ出していった。そして私はそれまでに住んでいた世界を離れる決意をした。

(続く)

Photo by Jack Krzysik from Pexels


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