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連載③“あのとき“言葉があった ープレゼントは“晩ごはん”ー

【言葉が支えている】
「プレゼントは“晩ごはん”」

何気ない日常会話の中でのたった一言が思いがけなく相手を喜ばせることがあります。今回は私の友人から聞いた「ご高齢のお母さんがある一言でイキイキとした」話を紹介します。

子どものころは誕生日に親が選んでくれるプレゼントをもらうのが楽しみでした。小学生くらいになると「自分の欲しいもの」をプレゼントしてほしくなります。大人になって自分の欲しいものがある程度自分で買えるようになると、今度は“プレゼントそのもの”よりも「自分のことを思ってくれた気持ち」に対して喜びを感じるようになります。
喜びには3種類あると言われます。1つ目は「してもらえる喜び」、2つ目は「自分でできる喜び」。3つ目は「してあげる喜び」。プレゼントに当てはめて考えると、子どものころは「してもらえる喜び」、そしてそこから「自分で買える喜び」です。そして次に「自分のことを思ってもらえる喜び」に移ります。3つめの「してあげる喜び」はプレゼントを渡す側が感じる喜びですね。

少し昔になりますが、友人から興味深い話を聞きました。友人は当時50代半ばで80歳を過ぎたお母さんと二世帯住宅でいっしょに暮らしていました。お母さんは自分のことはほぼ自分でできるので日常の生活は別々にしていました。友人は会社を経営して成功を収めており経済的には余裕があるようでお母さんにも十分に親孝行をしているように思えました。

ある日、友人の誕生日が近づいてきたころ、お母さんがやってきて言ったそうです。
「もうすぐあなたの誕生日だけど、なにか欲しいものはある?」と。
母親から誕生日のプレゼントなどもう長い間もらったことはなかったので友人は驚いて
「今さらどうしたの?! 母さんから欲しいものなんてないよ。母さんに長生きしてもらうことが俺にとってはいちばんのプレゼントだよ。だからそんなこと考えなくていいからずっと元気でいてくれよ」ととっさに答えたとのこと。するとお母さんは「そう……」と言って少しさみしそうな顔をして部屋に戻っていったそうです。その姿を見て友人は「悪いことをしたな」と思い一晩考えました。そしていいアイデアが浮かびました。翌朝、お母さんにこう伝えたそうです。
「誕生日のプレゼントはいらないから、来週から毎週金曜日に俺に晩ごはんつくってくれない? ごちそうじゃなくていいよ。昔つくってくれていた普通の晩ごはん。そしたら俺、金曜日は仕事早く終わらせて帰ってくるから」
するとお母さんは「そんなことでいいの?」とすごくうれしそうな顔をしたそうです。そしてそれから毎週金曜日になるお母さんは張りきって晩ごはんをつくってくれるようになったというのです。
「おふくろ、すごく喜んでね。ごはん食べているあいだもいろんな話を楽しそうにするんだよ。俺もそんな姿を見ていることがどんなプレゼントもらうよりうれしい。おやじがなくなっておふくろは自分のことだけすればよくなったから家事を頼むなんてかえって考えてなかったんだよ。でも晩ごはんをつくることで『母親の尊厳』が戻ったのかな。もう少し気を遣っていたら良かったんやな」と笑いながら話す友人もうれしそうでした。

「マズローの5段階欲求」をご存じの方も多いでしょう。ざっくり言うと人の欲求は5段階に構成されていて低層の欲求が満たされると上層の欲求に満足を求めるという理論です。簡単に言えば①生理的欲求(食べたい、寝たいなど)②安全欲求(安心、安全、健康など)③社会的欲求(家族、仲間、帰属など)④尊厳欲求(承認、尊厳など)⑤自己実現(創造的活動)の5段階です。
 友人のお母さんの場合、足は少し不自由であるものの「②安全欲求」までは満たされていました。しかし二世帯住宅でふだんあまり接点のないなかで「家族とともに暮らしている」という「③社会的欲求」の実感が少なかったのかもしれません。そして「妻」「母親」という役割も終えて自分の存在価値も薄れ「④尊厳欲求」が満たされにくくなっていたのではないでしょうか。そこで息子との接点を取り戻そうと誕生日プレゼントのことを思ったのではないでしょうか。そして帰ってきた答えが「晩ごはんつくってよ」でした。
これはうれしかったはずです。ごはんをつくるというのは「創造的活動」であり「⑤自己実現」です。かつて子育て時代には子どもたちは母親のつくるごはんを楽しみにしていましたはずです。食卓を囲んでいろんな会話もされたはずです。そんな食事の場面に母親として「いきがい」もあったことでしょう。

「母さん、晩ごはんつくってよ」という一言がお母さんの心の扉を開く鍵だったのです。「高齢のお母さんに何か頼みごとをするなんて申し訳ない」と思うのはこちら側のある意味「勝手な思い」かもしれません。頼みごとでなくても「昔あんなことがあったね、あのときは楽しかったよ」とか「〇〇してくれたことがうれしかったんだ」といった素直な気持ちを言葉にするだけで自分の存在価値を感じてもらえるのではないでしょうか。

プロフィール
●松井貴彦(まついたかひこ):Tomopiiaアドバイザー。国家資格キャリアコンサルタント。同志社大学文学部心理学専攻(現心理学部)卒。リクルート、メディカ出版、会社経営を経て「ライフキャリアコンサルタント」としてナースを主とした医療従事者、シニア世代のビジネスマンのキャリアコンサルティング、研修、カウンセリングを行う。また大学講師として「キャリアガイダンス」「経営学」「社会学」の教壇に立つ。著書に「家で死ねる幸せ」(どうき出版)「正しい社内の歩き方」(ベストセラーズ)「よくわかる部下取扱説明書」(文香社)など。

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