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独りよがりコミュニケーション

最近すごく感じていること、それは、自分のコミュニケーションがとっても「独りよがり」だなぁということです。

私は我ながら「コミュ力高い方」だと思って生きてきたんだよね。

老若男女、どんなタイプの人とでもそれなりにスムーズにコミュニケーションがとれるし、それが自分の強みだと思ってた。

だけど、最近その自信が若干打ち砕かれていて、「あれ?なんかコミュニケーションうまくとれてないな自分」と思う場面が増えてきたんですよね。

なんか自分ばかり話しすぎちゃったかな、とか、思ったリアクションが返ってこないな、とか、うまく場に馴染めてなくない?、とか思うことが前と比べてすごい多くなってきた。

目に見えた失敗をしてるわけではないんだけど、なんとなく相手から返ってくる反応とかが微妙だったりして、漠然と自分のコミュニケーション力に対する不安が募ってきてたんだよね。

それでなんとかその「漠然とした不安」を言語化しようと考えてみた結果、最近の自分のコミュニケーションはすごく独りよがりなのかもしれない、という気づきに至りました。

「自分が盛り上げないと!」「この人はきっとこういう話をすれば喜んでくれるだろう!」「自分の話もたくさんして自己開示しないと!」「相手が望む話をしないと!」

そんなことばっかり考えて人と話してる。

コミュニケーションって双方向で作られるもののはずなのに、勝手に相手のリアクションとかまで見通して自己完結したコミュニケーションをとってる。「自分」が主語になるコミュニケーションばかりになってる。

だから、どうしても話し過ぎたり、自分語りしすぎたり、自分が会話の主導権を握ろうとしすぎたり、相手からのリアクションに一喜一憂しすぎたりしているんだと感じたんだよね。

全然「傾聴」できてない。
相手に主導権を握らせないコミュニケーションばかりしている。

もともと「盛り上げる側」で会話に参加することが多かった人間ではあるけど、以前はここまで独りよがりではなかったと思うんだよね。

で、なんでここまで独りよがりになっちゃったのかと思い返してみると、ぱっと2つ原因が浮かびまして。

1つは、話し合いをする場面で「自分以外に会話の主導権を握ってくれる人がいない」「自分が進めないといけない」みたいなことが割とあって、最初は良かれと思って自分がリードしていたものが、徐々に「自分がリードしなければならない」「自分はどんな時でも盛り上げ役だ」「他の人はそれができない・苦手だ」みたいな偏った固定概念が染みついてしまった。

もう一つは、社会に出てから自分が一気に無個性で目立たなくなってしまった気がして、それから抜け出したくて自己アピールのために「自分」が主語の話をたくさんするようになった。

他にもいろんな要素が絡み合って今現在の自分のコミュニケーションの取り方に影響を与えていると思うのだけど、特にこの2つが自分の中で徐々に大きくなってきた気がしてる。

なので、この認知の歪み(自分が会話の主導権を握らなければならない・他の人はみんなそれが苦手である)の改善と、自己肯定感の向上(会話でアピールしなくても自分の良さは見てる人には見てもらえている)を目指しつつ、意識的に相手にフォーカスしたコミュニケーションを取らないと、と思ってます。

沈黙になってもいいし、面白くない人間だと思われてもいいから、相手の発話を待ったり、全体の流れに身を任せたりしてみる。自分で流れを作ったり、相手の発話を無理に促したり、自分の話で場を繋ごうとしない。

よく話して盛り上げることができるのは、十分素敵な自分のスキルだから、今度は聴くスキルを身に付けてみる。

2023年もあと1か月で終わるけど、2023年最後のチャレンジとして、ちょっと頑張ってみようかなと思っております^_^

なんだか最近少しゆっくりとした時間がとれるようになって、質の高い悩みが持てて嬉しい。

ちゃんと自己対話しつつ改善の道を冷静に考える余裕があって、悩みは尽きないけど、すごい良い状態だなぁ~と自分のこと俯瞰してる最近です✌

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